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大樹の守り手

ちょっと遅くなりました。

「アキナ、あとどれくらい?」

「うーんとね、あと10kmくらいかな? かなり近くなってるよ!」


村を出発してから4日、のはず。かなりの距離を僕たちは進み、異世界人の元へ着実に近づいていた。

この森の奥に永遠がいるのであればそれでいい。永遠でなかった場合はどうする? 向こうからすれば、突然現れて人違いでしたなどと言われたら揉め事の種になりそうだ。


起こりうる事態を想定しながら、ゆっくりと進む。

さっきから何かの視線が気になるが、こちらに近づいてくることもないしどこにいるかも分からない。敵かもしれないが、それ以上気にすることはなく僕たちは進み続けた。


その日も到着しないかと思われたが、日が暮れ始めた頃、木々が減り開けた所が出てきた。


「すごく、大きいね……」


アキナがポツリと呟く。

そこには神話にある聖域とでもいうような光景が広がっていた。

目前には天まで届きそうな程高い大樹がそびえ立ち、見る者全てを圧倒している。ゲームとかのイメージが強く、個人的には世界樹を連想させる。


その麓では動物達が仲良くじゃれ合っている姿もある。今までの険しい道のりからは想像もできない光景だ。

もしここに詩人が訪れたなら何と言うだろうか。語彙力のない僕にはただ綺麗だったとしか表現できないだろうけど。


草花が咲き誇る中、奥には家が一軒建っている。人が住んでいる証だ。家主が恐らく異世界人だろう。


また、僕たちの周囲には無数の狼がおり、牙を剥き出してこちらを威嚇している。奥には人の形をした小さな木がこちらに向け弓を構えている。僕たちには勿体ないくらい手厚い歓迎だ。

いつの間に囲まれていたのかはわからない。アキナが騒いでいるし、後ろにも同数の敵が待ち構えているだろう。


「さて、どうしましょうか」

「下手に動けば死ぬだろうな。問答無用ということはそうないだろう。君の探す異世界人がここにいるのなら話程度はするはずだ」


しばらく待とうか。奇襲されないよう警戒しながら待機すると、遠くから少女が一人歩いてきた。手には長い木の杖を持っている。幼さが残っているが端正な顔立ちをした少女は、ワンピースのようなひらひらした格好をしていた。ただし、彼女から発せられているのは敵意であり殺意だ。友好的な雰囲気は全く感じられない。


「貴方達……誰?」


杖を突き付けながら彼女は言う。鋭い視線が刺さり思わず唾をのみ込む。何を話せばいい? まずは自己紹介をした方が良いのかな。


「僕は一宮和人、幼馴染を探しに来たんだ。彼女たちは探すのを手伝ってくれている仲間だ」

「アキナだよ! よろしくね!」

「私はアルカネ」

「ノノだ」


半ば定型句と化した自己紹介。彼女は眉一つ動かさない。


「分かった……。目的はそれだけ?」

「それだけだ。ここに幼馴染がいるかもしれないって情報があったから、それを頼りにここまで来たんだ」


僕たちの間に長い沈黙がおりる。彼女は一言も発さず、ただ僕たちの事を見つめていた。


「今すぐここを立ち去って。ここは私の住処、誰にも侵されることの無い安息の地。これから森に用があるならこの場所に近づかないで。私に用なら無駄。日本人に話すことはない」

「分かった。僕たちは今すぐここから立ち去り村へ戻る。それでいいんだね?」


彼女は頷く。ならすぐに撤収しよう。ここに永遠が居ないことは分かった。あの子も同じ異世界人だという事は分かっているが、これ以上関わる必要もない。アキナの指し示す次の異世界人のいるところに向かおう。


「皆、村に戻ろう。永遠じゃないことは確認できたし、次の異世界人がいるところに向かおう」

「了解した。ところでこの可愛い君の動物たちをどかしてくれるかな、大樹の守護者。これでは帰り道が塞がれて戻ろうにも戻れないのだが」


ノノさんが彼女に向けて言うと、後ろにも陣取っていた狼たちが散開していく。


「感謝する」


ノノさんがお礼を言い、僕たちは大樹の立つ森を後にする。今日は夜も近い。しばらく進んだら拠点を張ろう。

それから数km進み、テントを張っているときだ。近くの茂みから物音がした。単体ではない、複数の音が。


「何!?」


皆即座に戦闘態勢になる。音の聞こえ方からしてまた囲まれているようだ。だが音は続けど姿をなかなか現さない。銃で牽制しようにも、魔物でなかった場合を考えるとおいそれと撃つことはできない。


(出るなら早く出てきてくれ……!)


緊張が高まり体が固まりだす。一旦落ち着こうと深呼吸をしたとき、ついに動き出した。


茂みから3匹、先ほどの狼とは違う、出発初日に襲撃を受けた狼型の魔物が飛び掛かってきた。僕は大きく後ろに下がりながら右手にPDWのP90を出現させ、魔物の着地地点に向かって引き金を引いた。ほぼゼロ距離で発射された5.7×28mm弾は、着地しようとした魔物達に着弾し、体内の組織を破壊して行動不能に至らしめた。


「魔物だ! 狼型、数は分からない!」

「こっちも戦ってるわよ!」


僕への攻撃が皮切りとなったらしく、アルカネ達の方も交戦中のようだ。


「それっ!」


アキナの軽快な声。一緒に鈍い音が聞こえ、森の奥へ魔物が飛んでいくのが見えた。アキナの方を見やると、近づく魔物を拳で殴り飛ばしたり足で蹴飛ばしたりしている。どの魔物も首の向きがおかしかったり横たわって呻いている。このドラゴン少女はかなり武闘派のようだ。


「アォォォォォォォ…………」


森の奥から響く狼の遠吠え。弱まっていた魔物達の攻撃が一層激しくなり、僕たちは徐々に押されていた。


「くそ、どれだけいるんだ!?」

「このままじゃキリがないよ!」


悪態を吐くとアキナが呼応する。その通りだ。倒しても倒してもキリがない。さっきの異世界人が罠に嵌めたんじゃないかと疑いたくなるレベルだ。


「少年、話を聞いてくれ!」

「何ですかノノさん!」

「普通の群れにしては数が多すぎる、どこかに群れを集めた主犯が近くにいるはずだ。それを見つけ出して叩いてくれ! この攻勢も弱まるはずだ!」

「了解です!」


群れを統率するリーダー、それを探し出せば良いのか。魔物達の相手はアルカネ達に任せ、僕は木々の中へ躍り出た。一人離れた僕を魔物達が見逃すわけもなく、茂みや木の上など死角から次々と襲いかかってくる。僕も剣で迎撃するが、少しずつ傷が増えてきた。


もう相手にするのも面倒だ。身体強化で振り切ろう。魔力を足に集め、全力で加速する。木々の隙間を縫って森を疾走すれば、いくら狼の魔物でも追ってこられはしない。2~3分走れば、僕のことを追ってくる気配は無くなっていた。


さて、リーダーはどこにいるだろうか。アルカネ達のいるところからかなり離れてしまった。一旦引き返して距離を図りながら探そう。魔物に注意をしながら慎重に、かつ迅速に探索を進める。


少し歩いたところで、遠くに人影が見えた。あれが指揮官か? 物音を立てないようにゆっくりと近づく。人影は近づくにつれ明確な姿が見えてくる。しかし、ぼろぼろの外套を羽織っているせいで顔や服装が確認できない。その時、人影がこちらを振り返った。


(気付かれていた!?)


すぐに木の幹に身を隠す。ここから100m以上距離があるのにどうやって僕に気づいた?


「自分のことくらい知ってて当たり前だろ?」

「え?」


聞こえるはずのない人の声。顔を上げると先程まで遠くにいた人が目の前にいた。外套で表情は読み取れない。痩せ細った体と声から男だと判断はできた。同時に僕の腹部に衝撃が襲いかかる。痛みと吐き気で地面に蹲ってから殴られたのだと遅れて気づいた。


「やはりまだ弱いな。これがスヴェラ様の期待に添えるかは分からないな。決行は明日か、すぐに終わりそうだな」

「誰だ、お前……! それに、自分のことって、一体」

「まだお前が知る必要はない。魔物は引かせる、眠れ」


無慈悲に言い渡された命令と共に、僕の視界に火花が散った。途絶え行く意識の中、男が嗤う姿だけが見えた。

_______________


「……ズト、カズト、起きて!」

「んあ……?」


呼びかける声に、間の抜ける声が口から出た。目を開けると、僕の顔を覗き込むようにしてアキナとアルカネがいた。呼びかけていた声の主はアルカネだった。


「良かった! どこか痛むところはない?」

「ないけど、魔物達は?」

「戦っていたらいつの間にかいなくなったのよ。今ノノさんが朝ご飯を作ってるから待っててね」


横たえられた体を起こすと、ノノさんが小さな鍋で何かを煮込んでいた。こちらに気付くと、笑顔で手を振った。


「そういえば、どうしてここで僕は横になってたの?」


目覚めてから思っていたことを聞くと、アキナから答えが返ってきた。


「魔物がいなくなってからカズトを探してたらね、頭から血を流して倒れてたの。アルカネが大慌てで叫んで、ノノさんがカズトを手当てしてあげたんだよ」


手を頭に当てると、ガーゼのような感触がする。少し湿っていて、それをを嗅ぐと鉄の臭いがした。あ、あいつ!


ようやく状況を理解する。僕が何かで殴られて気を失っている間にアキナが僕を見つけてくれたんだ。あの男が言っていた決行とは何なのか。嫌な予感しかしない。早くソルトさんのいる村に戻ったほうがいい、そう僕の勘が告げている。勢いで立ち上がろうとしたが、目眩がしてそのまま倒れてしまう。ヤバイ、血が足りてない。すぐ近くには、僕が流した血溜まりの乾いた後が見える。


「少年、何やら急いでいるようだが、まずは食事を摂ってからだ。傷はそれほど大きくない、少年の力ですぐに治るはずだ」

「わ、分かりました」


言われるがままののさんからスープの入った器を受け取る。干し肉がゴロリと入っている。てかそのまま。相変わらずの絶妙な塩加減で飲みやすかったけども。主役がスープじゃなくて干し肉になっている気がする。


ご飯を食べて一息ついたところで、殴られる前に起きた出来事を包み隠さずアルカネ達に話した。男の事、何か仕掛ける準備ができていることを言うと、アキナが声を上げた。


「お父さんが言っていた特徴とそっくりだ! お父さんがああなった原因の人とカズトが話した人の特徴がおんなじだよ!」

「ああなった原因って、僕を殺そうとしたこと? それの原因だった人と特徴が一緒だったの、アキナ?」

「うん。痩せた体にぼろぼろの格好、殆ど一致してる」


僕が接触した男はかなり重要人物のようだ。


「今は無理だと思うけど、その男についても情報を集められたら集めよう。まず村に戻って態勢を整えないと」

「うむ、そうだな。では片付けをしてすぐに向かうとしようか、少年」


片付けを終えると、ノノさんに背負われる。結局傷は自分で完治させたものの、立ち上がることはできても歩くことはできなかったのだ。僕はアルカネ達に交代で背負われながら村に戻った。


その時の僕はまだ知らない。知ることなど出来やしない。


既に呪いは始まっていた。

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