森林探索
お待たせしました。
「すごーい! 植物でいっぱいだよ、カズト!」
「アキナ、あまりはしゃぐと躓くわよ」
「大丈夫だよ! 躓いたくらいで転んだり、ってひゃあああ!?」
森と聞いて、もっと鬱蒼としているのかと思いきや、初めて目覚めた開けた森に似ているところだった。適度に伐採されて見晴らしの良い道がしばらく続いている。
僕たちが出発してからはまだ間もない。アキナは今のように興奮してはしゃいでは木の根や転がっている石に足を取られて躓いていた。幸いにして地面は乾いており、来ている服が泥で汚れることはなかったのだが、何度も躓くと腕や足に掠り傷が目立ってくる。僕自身このような森の中を歩き慣れていないこともあり、アキナ程ではないが結構転んでいた。
「ううー、痛い……」
「アキナ、もうちょっと落ち着いて歩こう。僕も人の事を言えないけど、何回も転んでると到着するのに時間が掛かっちゃうから」
「はーい……」
近くの切り株にアキナを座らせ、傷の治療をしていく。心配のしすぎだとはおもうが、傷口から菌などが入ると後々面倒なことになるので軽い傷は素早く治してしまいたい。
「ノノさん、今何時か分かりますか」
「太陽の位置からまだ昼前だろう。出来ればもう少し進みたいな」
「分かりました」
アキナの傷を治し終わると、僕たちは再び歩き出す。しかし、アキナは何度言っても落ち着きなく歩き回るし、途中からノノさんも生えている薬草集めに奔走している。
「お、少年、珍しい薬の素になる植物が群生しているぞ!」
「ノノさんも採集に勤しまないでください!」
「これって食べれるの?」
アキナが言いながらノノさんが集めている草を毟って口の中に放り込む。
「む、この植物は副作用で睡眠を促進させる作用があるのだが」
「それを先に言ってくださいよ!」
「すー…………」
ノノさんがあっけらかんと言う。既に効力が発揮されてアキナは夢の中だ。仕方なく僕がアキナを背負い進みだす。ちょっとづつ道は悪くなり、道には次第に苔が生え倒木が転がりだす。こんなので本当に辿り着けるのか……? 不安要素しかない。唯一普通に歩いているアルカネが居るのが救いだ。
そんな調子で進み続け夜になり、引火する物がない所を探して歩いている時だ。アキナが何かを見つけたのか走り出した。後を追うと、危険物を持って戻って来た。
「カズト、こんなのが生えてたよ!」
アキナが手に持つのはカラフルなキノコ。ダメでしょうに。色鮮やかなキノコは毒キノコと相場が決まっているんだ。絶対に食べさせちゃいけない。
「はむっ」
今変な音がしなかったか? まるで何かを食べるような……
「カズトー、これ美味しくないよ……」
「なんで食べるの!? それ絶対危険なやつでしょ!」
食い意地張り過ぎぃ! さすがのノノさんも吐き出させようと背中を叩いているが、すでに飲み込んでしまったらしく「痛いよー」と喚いている。はあ、面倒なことになる。
今日一日ずっとこの調子だ。アキナが何かに興味を持っては食べたり手を出したりして面倒事に巻き込まれている。道中では魔物化した巨大な食虫植物にちょっかいを出して、近くに居たアルカネが呑み込まれ救出するのに手間取ったのだ。
これは一度ミーティングを開く必要性がある。ノノさんもそうだが、アキナの暴走を止めないと何時まで経っても目的の100km先にはたどり着けない。
それから1時間ほど。木や草の少ない広めな場所をようやく見つけることができた。急ごしらえのテントを張り、魔力で毛布を出す。既に此処は森の奥地だ。2人ずつ交代で見張りをすることにして、僕とアルカネが先に見張りをすることになった。今は11時、3時になったらノノさんとアキナを起こせばいい。
あと、アキナの食べたキノコはやっぱり毒キノコだった。時間がかかったけどちゃんと解毒は済ませてます。ノノさんってよっぽど危険なものじゃない限り黙って見てるんだよなあ。ノノさんのことだから「見ていて楽しいからだ」とか言いそうだけど。
見張りと言っても周囲の警戒をするだけで、基本的には立ちっぱなしで歩くだけだ。話すことも無く、無言のまま時間だけが過ぎていく。ノノさんから渡された時計を覗き込んでも、起こす時間まではまだ3時間もある。微かに吹く風が木々を揺らし、快晴の空に浮かぶ月明かりは、葉を用いて影絵のように地面に模様を絶え間なく作り出す。
「ねえ、カズト。ちょっと訊いていい……?」
「ん、どうしたのアルカネ?」
弱弱しい風の音と、テントの中で眠る2人の寝息さえもはっきり聞き取れる静まりかえった闇の中、小さな、掠れて消え入りそうな声でアルカネが話し掛けてきた。なんだろうか。
「今からするのは仮定の話。もし、もしも、カズトの探す永遠が見つかって一緒になれたら……カズトはどうするの? 元の世界に変える方法が見つかったら、カズトは戻っちゃうの……?」
唐突に振られた話題。 ……どうだろう。結局のところ全て仮定でしかない。永遠と合流できる事を前提としても、日本へ帰る方法が見つかる保証なんてどこにもない。
それにあの世界に戻って何を為せる? まずあの世界で僕たちは生きているのか? 事故に遭いボロボロになったあの身体はどうなっている。仮に戻った場合負った傷が完治して歩き出すのか? それともまだ生きていて病院に運ばれているというように事実が改変されているのか? また何かしたいという明確な意思を持たず、のうのうと生きて学校に通い、何となく生きていけば良いのか?
それを今ここで考えても答えは出ない。今考えていて、戻りたいという故郷への心残りもさほど残っていない。ただ、共にいた永遠に会いたいという気持ちだけが、今の僕を突き動かしているのかもしれない。いや、父さんや母さんに謝らないといけないか。心配をかけてごめんなさい、と。子が親より先に死んでしまうのは大罪だろう。もし生きて帰れたのであればそうするのかもしれない。
「…………よく分からないや。少なくとも今は、決めることはできない。向こうの世界にも大切な人たちがいるけど、飛ばされたこの世界でも大切な人が沢山できた。きっとこれからも増えていくと思う。だから、今はただ目の前の現実を見るよ」
「そう……」
心なしか少し明るい声で、アルカネはそう答えた。僕の勘違いかも知れないけども。
「なら私は、――――――――に入ってる?」
「え? 今なんて言ったの?」
「……ううん、なんでもない。見張りに戻りましょ」
最後にアルカネの言った言葉が気になるが、それを追及する余裕はない。まずは自分の役割を果たさなければ。周囲に気を配り、敵の姿や気配がないかを確認し続ける。
途中草むらが揺れたりもしたが、出てくるのは兎や蛇で さほど危険な動物や魔物は現れなかった。
時間になり、寝ているノノさんたちを起こしに行く。
「ノノさん、時間ですよ」
「ふぁああ……、待て、すぐ 起きる」
声を掛けただけでノノさんは目を覚ました。そのまま枕元に置いてあった武器を身に着けるとアルカネと交代した。
「アキナ、交代の時間だよ」
「うう……もうキノコはこりごりだよ……」
さすがに毒キノコを食べたことは堪えているようだ。疲労も溜まっているだろうし、 寝かせておこう。
「アルカネは休んでて。僕はこのまま見張りを続けるから」
「でもアキナと交代でしょ? 休まなくても大丈夫なの?」
心配そうにアルカネが問いかける。
「心配してくれてありがとう。でも、今日はアキナが大変な目に遭ってたから休ませておきたいんだ。それにぐっすり眠ってるところを起こすのは忍びないし」
「カズトが大丈夫っていうなら任せるけど、無理はしないでね。カズトが倒れちゃったらみんな心配するんだから。疲れたらちゃんと休んでね」
「うん、分かってるよ。お休み、アルカネ」
「お休み、カズト」
見張りに戻ると、ノノさんが不思議そうにこちらを見つめている。
「少年は先程も見張りをしていただろう? 共に見張るのは竜の巫女だったはずだが」
「気持ちよさそうに眠っていたので、起こすのも可哀想だと思ったので、そのまま寝かせることにしました」
アキナを起こさなかった理由を話すと、ノノさんは大きなため息を吐いた。
「全く少年は……。では今回の保護者として命令する。少年も眠れ」
「なんでですか?」
「徹夜など無駄でしかない。人間、適度な睡眠を取った方が全てに置いて効率が上がるのだ。寝ぼけた頭で見張り、ましてや森の行軍など危険すぎる。今すぐ眠れ」
ノノさんは言いながら僕の口の中に何かを突っ込んだ。あれ、これって昼間の植物……?
気が付くとノノさんの膝の上だった。時間を訊けばもう昼近く。自分でも気付かないうちにかなり疲れていたようだ。ノノさんに強制的に眠らされた僕は日が出ても目覚めなかったらしく、テントや毛布を片付けようにも片付られなかったらしい。
「どうだ少年、寝て正解だっただろう?」
ノノさんは一言も話さなかったが、表情がそう語っていた。
目が覚めた以上ここに留まり続けるにはいかない。きちんとお礼を言ってテントや毛布を消し、再び目的地への進行を開始した。目的地への距離は現在残り約70km。出発前にアキナに注意をし、止まることなく進めばすぐに着くだろう。
「あれ?」
「どうしたのアルカネ」
「いえ、今誰かが通り過ぎていったような姿が見えて……」
人の姿と聞いて周囲を見回すが、人どころか動物の姿も見えない。
「多分気のせいだよ。進もう」
「うん……」
僕は特に気に留めることなく進む。 アキナが寄り道をしないおかげで進行速度が段違いだ。この調子で早く着きたい。
森の中を、僕たちは突き進んでいった。
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「何か、近づいてくる……」
伝令が侵入者の接近を告げる。
「ちゃんと、見てきて……」
伝令は飛び去り、再び侵入者を見張りに行った。
杖を一振り、巨大な大樹の元、守護者が次々と生みだされる。
「誰も信じない……。此処は誰にも侵させない……」
深き森の奥、一人の少女はポツリと呟いた。




