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ソルト一家と

お待たせしました。

「ほら父さん、ちゃんと挨拶して。ちゃんと目を合わせて会話をするんだって意気込んでたでしょ」

「ああ、分かってる、分かってるんだ。だからもう待ってくれ。どうしても家族以外とは目線が合わせられないんだ……」


アテム君の肩を借りてよろよろと立ち上がるソルトさん。顔色は悪いし汗も凄い。無理をしているのは明らかだ。目を合わせることが苦手なんだろう。


「ソルトさん、無理はしなくても大丈夫ですよ。僕たちを泊めてくれることにお礼を言いたかったんです。僕は一宮和人です」

「私はアルカネ」

「アキナだよ!」

「ノノだ、よろしく頼む」


三人も僕の後に続いて名前を名乗った。


「急に来たにもかかわらず、泊まる場所を提供してくれてありがとうございます」


言いながら僕は頭を下げる。ソルトさんは僕たちの声を確かめるように聞いて、しきりに頷いていた。


「よし、君たちの声は覚えた。気にしないでくれ、どうせさほど使われない部屋だ。使えるのなら有効活用した方がいい。どれくらいここに滞在するんだ?」

「まだ具体的には決まっていません。ここに来た目的は人探しなので、見つかり次第、といった感じです」

「そうか。まあゆっくりしていってくれ。久々の来客で息子達も大はしゃぎだ。無理にとは言わないが、よければ遊び相手になってくれ」

「分かりました。しばらくの間、よろしくお願いします」


はっきりとした声でソルトさんは話す。よく通る力強い声はアテム君の言った立派な父によく合っていた。

挨拶もほどほどに、部屋を後にしようとすると、ソルトさんに呼び止められた。


「カズト、と言ったか。君と少し話をしたいのだが、時間はあるか?」

「ええ、大丈夫ですよ」

「出来れば二人で話したい。済まないが、他の方は席を外してくれないか」


それほど秘密にしたい話なのか。この世界には盗聴器や隠しカメラなんてないだろうし、周囲の警戒はしなくてもいいかな。


「分かったわ。じゃあ先に部屋に戻ってるわね」

「うん、お願い」


アルカネ達が部屋を後にし、僕とソルトさん以外は誰も居なくなる。


「さて、突然すまないね」

「いえ、お構いなく。それで、わざわざ人払いをしてまで話さなければいけないことは何ですか?」

「それほど重要な事ではない。だが知っておかねばならないことだ。森の深部には近づかないでほしいんだ」

「無理です」


即答した。森の浅い所に僕たちが探す永遠、または異世界人がいる可能性は限りなく低い。いるとしたら深部しかないだろう。例え危険でも奥に進まないと、いつまでも永遠を見つけることは出来ない。


「そうか、なら止めはしない。君たちの旅路を邪魔する権利は私にはないからな。ただ一つ覚えておいてくれ。私がこうなってしまった原因が森の奥には眠っている。触らぬ神に祟りなど起きない。森の奥へ向かうときはくれぐれも注意してくれ」

「分かりました。ご忠告ありがとうございます」


これでソルトさんの言いたいことは終わったかな。アルカネ達の所に戻ろう。


「最後に一つ、聞いてもいいかな?」


席を立って戸へ向かう僕をソルトさんは呼び止めた。もう話は終わったとばかり思っていた。呼び止めたソルトさんを振り返ると、拳を強く握り、震えながら僕の目を見ていた。


「君からは不思議な力を感じるんだ。人の声と気配に敏感になってからは、人の特徴がある程度読み取れるようになったんだが、君は何か違和感を感じるんだ。その原因が何かは分からない。もし良かったら、君が何者なのか教えてくれないか」


それは僕に対する質問。きっと僕がこの世界の人間でないことを、ソルトさんの直感が示してくれたのだろう。バラしても特に影響は無さそうだけど、異世界人であることだけ黙っておこう。


「僕は姿を消した幼馴染を探しているんです。アルカネ達のように探すことに協力してくれる仲間もいる、ただのお人好しな幸せ者です」

「……そうか。答えてくれてありがとう。改めて、何もない村だがゆっくりしていってくれ」

「はい」


ソルトさんとの会話を終えて部屋へ戻る。まだ夜になるまでは時間があるし、村でも回ってみようかな。

外に出て村を一人でぶらぶらとしていると、アルカネ達が家の脇で何かをしていた。近づいて見ると、アキナが魔法を展開していた。お風呂に乱入してきたときに展開していたものと同じだ。


「あ、カズト! 森に居る異世界人の方向を確認してたの!」


僕が戻って来たことに気付き、魔法陣の展開をやめてアキナが駆け寄ってくる。


「方向はどっちだった?」

「あっちだったよ!」


元気良く指さした方向は日が高く上る方角。南の方角だ。


「因みに距離は100kmほどだ。辿り着くまでには少なくとも2日はかかるぞ、少年」

「100km!?」


ノノさんがアキナが喋らなかった情報の補足をする。100kmなんて想像が付かない。1km歩くのに10分と仮定して、1000分かかる。1000分は時間に換算すれば16時間と40分。森を警戒しながら行軍するとなれば更に時間はかかるだろう。

これ日帰りじゃ済まないじゃん! 


「今日の出発は無理そうね」

「そうだね。今日の内にしっかり準備しておこうか」


アキナたちが情報収集をしてくれたので、目的地までの移動距離と方角は分かった。その場で話し合いをしていると、うっすらと日が暮れ始めていた。そろそろソルトさんの家に戻ろう。


中に入り、玄関からリビングに差し掛かる辺りで食欲を誘う香りが漂ってきた。匂いをたどると、ミィさんがキッチンで晩ご飯を作っている真っ最中だった。ソルトさんもアテム君を含めた子どもたちも全員集まっている。


「お母さんご飯まだー?」

「もう少しで出来ますから、待っててくださいね」


こうして家族の会話を聞くのも久しぶりだ。この世界に来てまだひと月くらいしか経っていないと言うのに、日本にいたあの頃が遠い昔のように感じられる。それでも、全く別の世界だというのに何一つ変わることはない。温かい家庭もあって、少しだけど話し合える仲間もいて、恵まれた環境だ。日本にいた時はこうだっただろうか。永遠がいて、普通に家族がいて、学校に通っていて……。こんな普通の日々が幸せだと感じたことがあっただろうか。


「何か悲しそうなお顔をなされていますね」

「わっ!」


後ろから声を掛けてきたのはミィさんだった。


「ご飯はもう出来上がっていますよ。何か思い詰めた顔をなさっていたので、心配して声をお掛けしました」

「あ、いえ、ちょっと考え事を……」

「ふふ、考え事も良いですが、ご飯が冷めてしまいますよ。頑張って作りましたから、ぜひ食べてくださいね」


ミィさんが自分の席に戻る。視線を下に降ろすと、ほかほかと湯気を立てたシチューがあった。サラダに小麦のパン、それをおいしそうに食べる皆の姿もよく見える。向かいに座っているのはヒューラって名前の子だったっけ。僕の食事を物欲しそうに見ている。すでにヒューラの容器は全部空になっていた。


「お兄ちゃん食べないの? 食べないならヒューラにちょうだい!」

「はは、全部はダメだけど、少しならいいよ」


器を差し出そうとすると、ミィさんが声でそれを制止した。


「大丈夫ですよカズトさん。ヒューラ、お代わりはあるからカズトさんのを取っちゃダメよ」

「はーい」


ヒューラの器にシチューが追加され、待ちわびたとばかりに口に掻き込む。食べ盛りの子の食べっぷりは見ていて気持ちがいい。


「僕もそろそろ食べようかな」

「ええ、お代わりはまだありますから、どんどん食べてください!」


ヒューラの食べっぷりを見て食欲が刺激されたのかお腹が鳴る。小さな子どもに元気を貰った僕は、ヒューラに負けまいと、シチューを口いっぱいに頬張った。


食後は子どもたちと仲良く遊んだ。僕の食欲を煽ってくれたヒューラは食べ終わるとそのまま寝てしまった。キラが叫んだり揺すったりしてもピクリともせず、規則正しい寝息だけが聞こえていた。

アルカネたちはお風呂に入った後にミィさんとずっと話をしていた。何を話しているのかは分からないが、僕があの中に混じるのも野暮だろう。子どもたちと遊んでその日は終わった。


次の日、身支度をして家の前に僕たちは集合した。今日から森の探索を開始するのだ。異世界人の居場所はアキナが捕捉してくれているのでその後を追うだけだ。かなりの長旅になる気がするが、危険を感じたら即座に撤退する手筈になっている。しばらくは森の道を覚えることに時間を割くことになりそうだ。


「それでは、お気をつけてください」

「はい。しばらく戻ってはこないと思いますが、ちゃんと帰ってきます」


ソルト一家に挨拶をして、僕たちは葉の生い茂る森の中へと進みだした。

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