村長は
お待たせしました。
「少年、見えてきたぞ」
ノノさんの声に身体を起こすと、遥か視界の先に建物が見えてきた。沢山の木造の家が立ち並んでいる。もうすぐ拠点にする村に着きそうだ。
既に出発して3日。初日の魔力をはたいて出した乗り物のおかげで、予定していた期間より早く村に到着することができた。入ってみると結構広い。人も多いし、あちこちに木材が積まれている。森が近いから、林業が盛んなんだろうか。とりあえず泊まれる場所を探そう。なかったら村のどこかで野宿をすることになるが、寝具は用意できるし大丈夫だろう。
空地のような所に荷車を止めてみんな降り、アキナとノノさんペア、僕とアルカネのペアでそれぞれ宿の捜索を始めた。僕も手始めに近くにいた女性に声を掛けた。
「すいません、この辺りで泊まれる所ってありますか?」
「えっと、もしかして旅人さんですか?」
旅人、まあそうなのかな。頷くと、女性は困ったような顔をした。
「ここには宿屋とかは無いんです。村に立ち寄る人なんてほとんどいませんし、いたとしても商人や住んでいる人の親戚とかですから」
これはもしかして野宿に決定か? まあ森を探索すると何日も村から離れることになるだろうし、野宿の方が他の人に心配をかけることもないかもしれない。
既に村に泊まることを諦めて野宿の方向で今後の予定を組んでいると、何かを思い出したように女性が手を叩いて言った。
「ちょっと待っててください! 村長のソルトさんなら泊めてくれるかもしれません!」
そのままこちらの反応も確認せずに走って行ってしまった。どうしようか。行ってしまったし、取りあえず戻って来るのを待とう。
「ねえカズト、あの人村長って言ってなかった?」
アルカネが小声で耳打ちする。
「え、言ってたけどどうかしたの?」
「この村、一回来たことがあるの。お父さんと旅をしてた時にね。確か人は良いんだけどすっごい変わり者だって聞いたことがあるわ」
マジですか。変わり者って一括りに出来ない人が多いからなあ。一応心の準備をしておこう。
しばらく女性が戻って来るのを待っていると、どこからか子どもが走ってきた。
「おにーちゃんどこからきたの!?」
「おねーさん胸おおきいねー」
「おかしちょーだーい!」
身長で判断するなら年齢は約7~8歳、人数はたった3人だが騒がしい。さらっと問題発言をしている少年もいるがそこは無視しておこう。元気なのはいいんだけど対応に困る。僕がオロオロしていると、遠くから別の少年が走ってきた。背が他の子どもたちより高い。150くらいかな。
「キラ! どこに行ってたんだ! 探したんだぞ!」
「あ、おにーちゃん! 今ね、旅人さんが来てたから見に来たんだ!」
少年の声に反応したのはアルカネの胸を凝視していた子どもだった。走ってきた少年に駆け寄ると、ピョンピョン飛び跳ねながら興奮した様子で捲し立てている。
「はいはい、分かったから取りあえず落ち着いて。リタとヒューラも家に戻るよ。みんなここから自分のお家まで戻れるか?」
「戻れるよ! 私もう子供じゃないもの!」
「おかしちょーだい!」
見ていて微笑ましいものの、やっぱり子供だからか会話が成立していない子がいる。
「よし、じゃあ3人でだれが早く帰れるか競争だ。ヒューラも大丈夫だ。お家には母さんが焼いたばかりのクッキーがあるよ。着いたらちゃんと手を洗って食べるんだぞ。早く着いたらいっぱい食べられるけど、転んだりして怪我をしないように」
「「「はーい!」」」
「じゃあ3人とも並んで」
少年が手を叩くと子どもたちが一列に並び、思い思いにスタートの合図を待つ。
「位置について……よーい、どん!」
大きく声を出すと元気な声を上げながら子どもたちが駆けていく。まるで嵐のようだ。ある程度距離が開き、子どもたちが走っていくのを見送ると、少年がこちらに振り返った。
「うちの子どもたちがご迷惑をお掛けしました。僕は村長の息子のアテムです。先ほど村の女性から旅人が来ているとお伺いしましたので駆けつけました」
自己紹介をすると、アテムと名乗った少年がお辞儀をする。なんて礼儀正しいんだろう。
「僕は一宮和人です」
「私はアルカネよ」
「他にお二方いらっしゃるとお聞きしていますが、どちらに向かったかご存知でしょうか?」
僕達も自己紹介を済ませると、アテム君が聞いてきた。ノノさんとアキナだろう。見つかんないってどこまで遠くに向かったんだ? 首を横に振ると、「そうですか」と呟いた。
「では先にお二人を自宅へご案内します。先ほどの息子たちが居ますが、どうか遊んでやってください」
ん? そのまま家に向かうの? 泊まってOKなのかな?
「あの、それって、家に泊めてくれるってことですか?」
「はい。父さんや母さんがよいとのことでしたので。キラたちも喜ぶでしょうし、僕も賛成です」
キター! ありがたい! 帰る場所があるって素晴らしい! 表情は冷静に、心の中ではハッスルダンスを踊っている状態だ。アテムさんも荷車に乗ってもらい、自宅まで案内してもらう。
荷車はけっこう邪魔だし消してもいいんだけど、消したら中に積んである薪やら毛布やらが地面にまき散らされることになるので、アテムさんの自宅の近くに運ぶことになった。数分進むと他の家よりも一回り大きい木造の家が見えてきた。あれがアテムさんの家だろう。
「見えてきましたね。荷車は自宅の脇に止めてください」
「了解です」
到着してから荷車を止め、中に入る。案内された客間に進むと、さっきの子どもたちがいた。
「遅かったな、少年」
「あ! カズトにアルカネ! このクッキーとっても美味しいよ!」
ノノさんとアキナもいた。いつの間に来たんだろうか。アキナは子どもたちとにぎやかに遊んでいる。ノノさんに聞いた方が速いかな。
「ノノさん、いつここに来たんですか?
「なに、泊まれる所が無いか聞いて回っていたら、話を聞きつけた村長の妻がこちらへ案内してくれたのだ。少し仕事の手伝いをするだけで良いと言っていたぞ」
ノノさんの話を聞く限り、あまりに好条件過ぎて少し疑わしくなるレベルだ。まあ小さな子供もいるし、本当に親切な人たちなんだろう。
「残りのお二人もいらっしゃいましたか」
「はい。次は部屋の案内をすればいい?」
「ええ、そうして。お願いね、アテム」
「はい、母さん」
客室にいた僕たちの前に現れたのは、品のある女性だ。この人が村長さんの妻でいいのかな。
「初めまして、私はミィと申します。アルトノリアからこのような辺境の村にお越しいただきありがとうございます。何もない所ですが、ごゆっくりしていってください」
「では、お部屋にご案内します」
ミィさんが挨拶をすると、アテム君が二階へ向かう。後を追うと、広い4人部屋に案内された。ベッドも4つ、仕切りなども用意されている立派な部屋だ。
「この部屋しかお貸しすることができず、申し訳ありません。本来ならば男女を分けるべきなのですが……」
ごもっともなことをアテム君が言う。僕としても毎回同室なのは何か気まずい。個人的にも別室がいい。同じ年頃の女の子と一緒に居るって何か落ち着かない。可愛い子なら尚更だ。
「カズトとなら平気よ。気にならないわ」
「わたしカズトと一緒の方がいい!」
「まあ少年なら大丈夫だろう。私も別に構わんぞ」
その配慮される側は全く拒否する素振りを見せない。アキナに至っては一緒の方がいいと言っている。
……僕って男として見られてないのかな。心の中で何かが音を立てて崩れていく。
げんなりしている僕を余所に、アテム君はアルカネ達に説明を続ける。僕は聞いているようで聞いていない。後でノノさんにでも聞こう。
「……後は、森へ向かう際は一言お声掛けください。魔物は深くまで行かなければいませんが、よく注意して探索をしてください」
「分かったわ。ところで肝心の村長さん、あなたのお父さんはどこにいるのかしら。まだ挨拶をしてないし、泊めてくれるお礼も言わないと」
アルカネが言うと、アテム君は黙り込んだ。今は居ないのだろうか。もしかしてマズいこと聞いちゃった?
「……分かりました。今ご案内します。ついてきてください」
村長さんの居る部屋へ向かう間、さっきとは違い僕たちには緊張が満ちている。変わり者の村長さんってどんな人なんだろう。
家の中なのでさほど時間も掛からず、その部屋の前には着いた。
「父さん、今日から止まるお客様 連れて来ました」
アテム君がドアをノックしながら言うと、微かに返事が返ってきた。
「は、入ってくれ……」
「では、どうぞ」
アテム君が中に入るように促す。恐る恐る戸を開けて中に入るが、ベッドと机が置いてあるだけで人の姿は見えない。
「ああまた、ほら父さん、出てきなって」
アテム君が机に近寄り椅子を引く。そこにある何かを掴んで力いっぱい引っ張ると、男の人が出てきた。
「ひいいいっ! 止めてくれ! そんな塩を見るような目で私を見ないでくれえっ!」
そのまま頭を抱えて日の当たらない部屋の隅へと避難していく。皆ポカーンとその一部始終をただ見ていた。
「はあ……。代わりに僕が紹介します。今のが僕の父で村の村長を務めているソルトです。このように少々代わっておりますが、それ以外は立派な父です。どうぞ、よろしくお願いします」
……アルカネ、ちょっとどころじゃなくて、相当変わってない?
多分次は村長とお話しします。