今度は3人で
今回も2話投稿です。読み飛ばしにご注意下さい。
涼しい風を感じる。僕の記憶は浴場でアキナとアルカネに抱き付かれ、そのままお湯の中に沈んだところで途切れている。意識が戻ると、僕たちが借りていた部屋のベッドの上だった。横を見やると、アキナが扇でパタパタと僕を仰ぎ、アルカネは反対側のベッドに腰かけてしょんぼりしていた。
「あ! アルカネ、カズトが起きたよ!」
「ホント!?」
アキナの報告にアルカネが駆け寄ってくる。
「ごめんなさいカズト。また迷惑かけちゃったでしょ? あのとき私が抱き付いたらカズトの顔が真っ赤になってそのまま沈みそうになってて、大変だって思ってここまで運んできたの」
なんとみっともない姿を。恐らくのぼせてしまったのだろうが、結構長くお湯に浸かっていたし時間管理を出来なかった自分のせいだ。うん、アルカネのせいじゃない。むしろお礼を言いたいくらいだ。思わず本音が漏れてしまいそうだったので深呼吸して落ち着いてから話した。
「そんなに気にしなくても大丈夫だよ。かなり長く浸かってたからのぼせたんだと思う。アルカネのせいではないから、そんな落ち込まないで。笑ってる方が何倍もいいから」
「……ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい」
恥ずかしそうに笑うアルカネ。うん、やっぱり笑ってる方がいい。皆落ち込んだ顔なんて似合わない。楽しく笑っている顔が一番だ。
「じゃあすぐ着替えるから、ちょっと待ってて」
「ええ、それじゃ下で待ってるわね」
アルカネが部屋を出ていったあと、着替えを探すが見当たらない。そう言えば買ってなかったけ。割と着替えとか用意されてばっかりだったからなあ。魔力創造で代用とかできるのかな。
実験がてら、試しにこの世界に来た時と同じ高校の制服をイメージしてみた。結果は案の定と言うべきか、制服が上下一着ずつ出てきた。この力すごい便利。消えろとイメージするとすぐに消える。記憶にあるものなら出そうと思えばすぐに出せる。あとで色々試してみよう。
取りあえずさっきまで着ていた服の新品を出して着ることにし、急いでアルカネ達のもとへ向かった。
「お待たせ。どこに行く?」
「これといったところは決めてないわね。お昼だし、露店の辺りにでも行きましょう」
「そうだね。細かいお金持ってたっけ」
「大丈夫よ。ちゃんと用意しておいたから」
アルカネが袋から中銅貨を取り出して見せる。十数枚入っていたので露店で食べ歩くには十分だろう。
露店と聞いて、ちょっとお世話になった串焼きおじさんを思い出す。おじさん、元気にしてるかな。今のおじさんの近況が気になってきたので、アルカネから中銅貨を2枚受け取り、アキナを連れて駆け足で串焼きおじさんの露店へ向かった。
「さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい、串焼き始めて20年、熟練の技は衰えることを知らず! 美味いぞ、やばいぞ、美味しいぞー! 圧巻の串捌きをご覧あれー!」
おじさんの露店はすぐ見つかった。発見できた理由としては、今のよく分からない宣伝が聞こえたからだ。やはり前と比べてまた人が増えている。だいぶ繁盛しているらしく、行列の長さと太さが他と比べて桁違いだ。大人しく並ぼうとしたのだけど、周囲がざわつき始めた。
「おい、あれってもしかして……」
「ホントだ、本物?」
「こんなとこで見れるなんて……!俺もう悔いは無いや……」
「ねえカズト、この視線何? ちょっと怖いよ……」
ああ、アキナが怯え始めた。そのうち敵だと勘違いして襲いそうで怖い。
「気にしなくていいよ、敵意がある訳じゃないから。ほら、並ぼう」
アキナの手を引いて行列の最後尾に並ぶ。かなりの長さがある行列は東京の延々と進まない行列と違いどんどん進む。僅か10分程で自分まであと4人になった。その4人もすぐに串焼きを買っていくと、ほんの数日しか経っていないのにすごく懐かしい感じのするおじさんと対面できた。
「よう兄ちゃん、最近元気にしてたか? なんだか有名になったらしいじゃねえか」
「そうみたいですね。肝心の本人が全く自覚がないんですけども」
「気ぃつけろよ、最近兄ちゃんのファンクラブ的なものができているらしいからな。俺もついさっき並んでた客から勧誘されたんだ」
何それ怖い。となるとさっきこっちを見てきたのはそのファンクラブの人か。そんな大したことはしてないと思うんだけどな。
「まあいいです。今日はおじさんの串焼きを買いに来たんです」
「そうか。何本だ?」
「アキナ、どれくらい食べる?」
「いっぱい!」
両手を目いっぱいに広げるアキナ。さすがにそこまで買うことはできない。後ろによる並ぶ人が買えなくなってしまう。
「今日は40本でお願いします」
「あいよ!中銅貨2枚だ」
アルカネから受け取った中銅貨を渡し、おじさんが串焼きを焼いていく。相変わらずすごい手捌きだ。40本の串焼きがすぐに焼き上がってしまった。
「はいお待ち! 味わって食ってくれよ!」
「ありがとうございます」
植物の葉に包まれた串焼きを受け取ると、露店を後にする。後ろからたくさん人が付いてくるけど全力でスルー。ファンクラブの設立者を見つけたら文句を言ってやろう。
さて、待ち合わせ場所を決めてなかったから合流ができないな。前に集まった広場で良いかな。人混みを避けていくと、テーブルに甘味をズラリと並べ、それを口いっぱいに頬張るアルカネを遠目で確認した。
「お待たせ。遅くなっちゃった」
「私もついさっき来たばかりだから大丈夫よ。あ、またそれ買ってきたのね」
「え、ああ、これね。美味しいし、あのおじさんに会いたくなるんだよね」
なぜかは分からないけど。串焼きに目を落とすと、40本あった串焼きは半分ほど姿を消している。あれ、どこかで落としちゃったかな。
消えた串焼きの所在を確かめようと後ろを振り返ると、アキナが左手に何も刺さっていない串を、右手にまだ肉が刺さっている串を持っていた。その内の1本を根元から食らいつき、一口で食べていく。犯人はアキナだった。
(まあいいか。楽しみにしてたみたいだし)
満面の笑みを浮かべながら食べる姿を見ると、怒る事もできなかった。食べるものが無くなったら実験をしよう。上手くいけば日本の料理が食べられるかも知れない。
しばらく露店で買った物を仲良くつまみ、もう殆ど残っていない状況になったころ。作戦決行の時間だ。
「よし、やってみよう」
「やってみようって、何をするの?」
僕の宣言に聞き返すアルカネ。突拍子もなく言い出したのだから当然だろう。
「ちょっとした実験だよ。魔力創造で食べ物を出せるのか試すんだ」
「それって上手くいけば食費がかからずに済むんじゃないかしら?」
その発想はなかった。僕はただ日本食が食べたい一心で考えていた。そこで僕は先にアルカネが好きそうなショートケーキをイメージした。魔力が手に集まり、テーブルの上にショートケーキを形作っていく。30秒と長い時間を掛け、ショートケーキは完成した。食べるのに必要なフォークも。
「すごい、ホントにできちゃった。食べてみていい?」
「いいよ。味もちゃんとしてればいいけど」
アルカネがショートケーキを口に運ぶ。答えは幸せそうな笑顔だった。よし、これでいつでもどこでも白米が食べられる!
「カズト、他のケーキもあるの?」
「うん、覚えてる物なら」
「全部! 全部出して! もっと食べたい!」
「私も食べたーい」
僕が出したショートケーキは、アルカネの中に潜む底なしの食欲を目覚めさせてしまったらしい。
結局その日一日は、アキナとアルカネにケーキを提供し続ける事になった。女子の食欲ってすごい。
そんな賑やかで楽しい休日はあっと言う間に過ぎていった。