湯船
今回も2話投稿です。時間はまだ未定です。でき次第上げます。
「あったかい……」
目覚めてから2時間後、僕たちは全然泊まっていなかった宿屋の浴場を借り、お風呂に入っていた。よくよく考えればお風呂に入ったのはこっちの世界に来てから初めてだ。
朝方にアキナが「体洗うの忘れてた!」と言い出したのが始まりだった。
アキナやアルカネはともかく、僕は自分で体を洗った記憶がない。アキナに殴り飛ばされ意識がなかった時はアルカネが体を拭いてくれていたらしいが、一度もお風呂には入っていない。衛生的に、人としてあまりよろしい事ではない。 ということで、今日の午前中はお風呂に入ることになった。
浴場はアルトノリアでここしかないらしく、宿屋の女の子に掛け合ったところ快く承諾してくれた。何でも僕はアルトノリアの兵士を救った英雄として助けた兵士たちを中心に崇められているようで、その話が周囲の住民にもジワリジワリと広がり、ファンクラブなどという訳の分からないものが出来ているらしい。
そこで僕たちが泊まったと宣伝すれば儲かる、との理由で貸し切ることができた。
久々に体と頭を洗いすっきりした状態で湯船に浸かっていたところ、男湯の浴場の戸が開く音がした。誰か来たのかと振り向いたところ、入ってきた人物が僕めがけて飛んできた。
「カーズトーッ!」
「ちょ、何でここにっ!?」
僕が聞き返すも先に浴槽にダイブするアキナ。派手にお湯が飛び散り、湯船のお湯のかさが目に見えて少なくなる。幸いにしてアキナは水着を着けており、ハプニングが起こることはなかった。徐々にお湯が足されていく中、アキナはさっきの僕の質問に答えてくれた。
「何でって、一緒に入りたかったからだよ? でもアルカネがダメだって言うから、水着を着たら入っても良いって聞いたら許可が下りたの! だから近くのお店で買ってきたの! 私はカズトを守るのが役目なんだから一緒にいないといけないでしょ?」
「アキナ! 勝手に行動しないで! 宿のご主人に迷惑がかかるじゃない!」
遅れて、もう一人入ってくる。アルカネであることは予想がついたが、振り向いたときに僕は言葉を失った。僕にとってアルカネの格好はとても直視出来るものではなかった。
アルカネは身体にバスタオル一枚を巻いただけの格好で入って来たのだ。アキナに水着ならいいと言ったのは何だったのだろうか。自分よりもやや際どい格好で入ってきたアルカネに、アキナから疑問の声が上がる。
「アルカネは何で水着じゃないの?」
「な、何でって、べ、別にいいじゃない。アキナが裸のまま突撃しようとしたから私は止めたのよ」
ナイスアルカネ。あなたの活躍が無ければ今頃この男湯は大混乱でした。心の中で感謝を述べ、刺激が強すぎるアルカネの姿を視界に入れないようにしながら話す。
「ね、ねえアルカネ。午後はどうする?」
「そうね、取りあえずこれからの予定を考えましょう。トワはここの辺りに居なかったことが分かったから、別のところに向かわないといけないでしょうし」
それは確定事項だけど、ここ以外にはどんな所があるのだろうか。まだアルトノリアとその周辺しか知らないので、また未知の冒険が始まるのは少し不安でもある。
確かアキナは僕と同じタイミングでこの世界に来た異世界人を探すことが出来るはず。ちょっと聞いてみよう。
「アキナ、僕以外の同じタイミングで来た異世界人は何人いるか分かる?」
「ちょっと待って。今確認するね」
アキナの眼が輝きだし、アキナを中心に魔法陣のようなものが展開される。アキナの巫女の力は詠唱を必要としないものなのかな。やがて浴場全体を魔法陣が埋め尽くすと、辺りが薄暗くなっていく。
「示せ、力を持つ者たちの行方を、果て無き世界の果てまで!」
アキナが呟くと、暗闇の中に微かに光る点が4つ現れた。そのうち3つはそれぞれ別の方向を向いて光っている。残った一つの光は、僕の目の前で光っていた。そんな状態がしばらく続き、ぼーっと眺めていると魔法陣が消えていく。同時に浴場も本来の明るさを取り戻していった。
「確認終了。今回来た異世界人はカズトを含めて4人、けっこうみんな遠い所にいるみたい。一人は森。もう1人はお城の部屋みたいな所。あと一人は真っ暗で分からなかった」
1人は森。森って地図で見ると狭いけど実際探すとなると広大で危険だしなあ。お城の方はどっかの大きな国の方を探せばいいかな。真っ暗ってどこなんだろ。閉じ込められているとかかな?
「アキナ、真っ暗ってどういう状態?」
「文字通りよ。私が見ることが出来るのはその異世界人の視界。どこにいるかはその視界から見えた所で判断するの。それとさっき光が見えたでしょ。使ってる本人でも分からないけど、いる方向もさっきの光が示してくれる。それで見えたのが光一つ無い真っ暗なところなの。閉じ込められている可能性が大きいと私は思う。死んだら反応は無くなるから」
なんか面倒なことになりそうだ。その3人のうちの誰かが永遠ということになる。森やお城にいるのが永遠だったらまだ何とかなりそうだが、ここからの方向しか分からない異世界人が永遠だったとしたら苦労しそうだ。
「アキナ、ありがとう。助かった」
「ほんと!? 私カズトの力になれて嬉しい!」
「ちょっと待って! 急に抱き付かないでって!」
お礼を言うと、隙ありと言わんばかりに僕の不意を突いて抱き付いてきた。急な事態に頭と体が反応せず、アキナを受け止めた反動で全身がお湯の中に沈む。押し付けられる少女の肌が頭の中の理性を焼いていく。なんで女子の体ってこんなに柔らかいんだろ。アキナだって12歳といえど、女子にあまり耐性がない男子に多大なダメージを与えるくらいには十分成長している。だんだん頭がぼーっとしてきた。
「あっ、ずるいわよアキナ! わ、私だって……!」
そしてこの光景になぜか対抗心を燃やしたらしいアルカネが、迂回して僕の背中に抱き付いてきた。タオル越しにアキナよりも二回り大きい胸が押し付けられる。勘弁してください、あなたが来るとダメなんです。拒絶しようにもアキナに拘束されているし、そんなことを言ったらアルカネが傷つくだろう。そんな言い訳を並べ、前後で柔らかな感覚を味わいながら僕は熱に意識を奪われていった。
_______________
「あ、ずるいわよアキナ! わ、私だって……!」
何がずるいのだろう。別にアキナはただ嬉しくて抱き付いただけだ。自分の言動に今更ながら違和感を覚える。なぜずるいと自分の口から出てきたのだろう。
でも何か嫌な感じがする。何かがアキナに負けてはいられないと私の中で主張している。既に動き出した身体は止められない。私はほぼ勢いでカズトの背中に抱き付いた。
はああああ、どうしよう、どうしよう!? 抱き付いたのはいいけどすごく恥ずかしい! なんでこんなことしちゃったんだろ!?
仕掛けた本人がパニックに。ある意味原因であるアキナはニコニコしながらカズトに抱き付いたままだ。勢いであまりにも大胆な行動に出てしまい、今の私の顔は真っ赤に染まっているだろう。
私が恥ずかしさに身悶えていると、カズトの体の力が抜けていることに気がついた。重心が後ろに傾いている。顔を覗き込むと、赤くなっていてぼーっと遠くを見ているような目をしていた。
「もしかしてのぼせちゃったかな……。アキナ、そろそろ上がりましょう。カズトがのぼせちゃったみたい」
「うん、分かった! どこに運べばいい?」
「着替えて私たちの部屋に運ぶわよ。カズトの体拭いてあげて」
「はーい!」
せっかくの休みを邪魔してしまった気がしてなんだか申し訳ない。やっぱり乱入したのが間違いだったのかな。ちゃんとアキナを食い止めればよかったのかも。
カズトを脱衣所まで運びながら、そんな責任転嫁まがいのことを考えていた。とにかくカズトが起きたら謝ろう。助けて貰っているのにそれを仇で返してばかりだ。今度何かして欲しいことはないか聞いてみよう。そうしたら喜んでくれるかも知れない。
喜んでくれるカズトを想像して、表情が緩む。
「アルカネ、どうしたの? なんか嬉しそう」
「ううん、なんでもないわ。さ、服は着せたわね? それじゃ運ぶわよ」
嫉妬という新たな感情を芽生えさせた少女は、のぼせて倒れてしまった愛しい人を部屋へと運んでいった。




