お帰り
今回は一日に二話投稿しています。二時に一話投稿しているのでご注意下さい。
アルトノリアに着いたのは1時間くらい経った後だった。
私とカズトは門を通り、病院の部屋に戻る。戸を開けようとすると、カズトに肩を掴まれた。
「えっ、なに、カズト?」
「俺は寝ると元のあいつに戻る。ガナンについて聞かれたら上手く誤魔化してくれ。記憶はなくても体が覚えてる。思い出したら壊れる可能性がある」
そういえばそうだった。お父さんのことですっかり抜け落ちていた。
「分かった。もう入っていい?」
「いいぞ。言いたいことはそれだけだ」
一応夜なので、ゆっくりと戸を開けると、ベッドでアルカネが櫛で髪を梳いていた。窓から差し込む月明かりがアルカネの金髪をキラキラと輝かせ、私は思わず見とれてしまった。
「アルカネ、戻ったよ」
もう1人のカズトが、いつものカズトの口調で言う。お父さんみたいな言い方だったので、こうして聞くと違和感しかない。
「あ、2人ともお帰り。遅かったわね」
「うん、里の皆にちょっと引き留められちゃって」
ひとまずアルカネに里であった出来事を話す。道中であったお父さんの襲撃については話さないことにした。そっちの方が都合がいい。
「へえ、アキナが里の長になったのね」
「うん。でもカズトと一緒に居ないといけないから、長がしないといけないことは全部任せてきた。面倒だし」
「ふふっ、アキナらしいわね。2人とも疲れたでしょ。ノノさんからベッドは自由に使っていいって言われてるから、ゆっくり休んでね」
「うん、そうさせてもらうよ」
カズトは早く元の人格に戻したいのか、ベッドにダイブするとすぐに寝てしまった。ちなみにダイブして5秒ばかり経って寝息が聞こえたので仰向けにして確認したところ、完全に寝ていた。もう1人のカズトが意図的に意識を遮断したのかは分からないが、なんという寝つきの早さだ。ツンツンしたりしてみたが起きる気配はないので、私はシャワーを浴びてから寝ることにした。
「あれ、そういえばノノさんは?」
今更だけど、部屋の主であるノノさんの姿が見当たらない。まだ仕事でもしているのだろうか。
「ああ、ノノさんなら確か――」
「ふう、働いた働いた。今回は出来が良いぞ」
アルカネが言いかけるのと同時に部屋の戸が開く。両手にカッピカピのお肉を抱えてノノさんが入ってきた。あれなんだろ。
ノノさんがお肉を机に置くと、ものすごい硬そうな音が聞こえた。
「ノノさん、それなに?」
「む、戻っていたのか。無事で何よりだ。これは私が倉庫を借りて作った燻した肉、まあ干し肉だ。食べるか?今回のは塩気を抑えてあるからそのままでも食べられるはずだ」
「うん、食べる」
ちょうどお腹も空いていたし、少し頂こう。塩気が抑えてあるらしいから海の魚みたいなものだろう。
ノノさんがナイフで干し肉を小さく切り、いくつか手渡してくれた。その内の一つを口に入れると、濃厚な塩分が口の中を満たした。そのしょっぱさは塩辛いを超えたなにか、私は反射的にそのお肉を吐き捨てた。あれは食べちゃ駄目なやつだ。あんな劇物ノノさんはよく食べているなあ。
そういえば飛んでいったお肉の欠片が寝ているカズトの口に入ったのが見えたけど大丈夫かな。
「んっ!? あっ、ガハッッ、うう、ゲホッゲホッ」
あ、むせた。
「ノノさん水ある?」
「あるぞ。これで大丈夫か?」
ノノさんが差し出した水差しをひったくり、カズトに差し出す。
「カズト、 自分で飲める?」
カズトは咳き込んでいて水差しを取ろうにも取れないみたいだ。まだ喉に引っかかってるんだ。カズトの体を起こして背中を叩く と、だんだん咳が収まっていった。
「はい、水」
「あ、ありがとう……」
カズトは水差しを受け取ると、一気に飲み干した。容器をすぐそばに置くと、ノノさんを見て叫びだした。
「なんてしょっぱいもん食わせるんですか! 今の干し肉ですよね!? 前より味濃くなってませんか!?」
「なぜだ? 塩抜きをせずそのまま燻しただけだがそこまでではないだろう? 君たちが少々過敏に反応しているだけだと思うが」
嘘吐き。絶対この人食べてない。食べればそこのお肉が秘める危険性に気付くはずだ。
「だったら食べてみてよ! 絶対しょっぱいから!」
「分かった。ならば私の舌で確かめよう」
ノノさんがさっきよりも一回り大きく切った干し肉を手に取る。私たちが見守る中、ノノさんはそれをゆっくりと口の中に入れた カッチカチで噛めないのか、口の中で転がしているようだ。
「ふむ、やはり塩気は強いがそこまでではない 」
「嘘だ! 絶対強がりだよ!」
「なに、このくらいへっちゃらブファッ!!」
ノノさんは盛大に噴き出してそのまま倒れた。倒れる瞬間、一瞬白目を剥いていた。
「ああもう何してるんですか!」
カズトが駆け寄って、見たことの無いものを出してノノさんの口に向けた。何だろあれ。透明な容器に透明な液体が入っている。ガラスかと思ったけどペコペコと変わった音がするのでガラスではない。カズトの世界の物みたいだ。
「はいノノさん、口開けてください。水入れますから」
「いや……大丈夫だ、自分で飲める……」
ノノさんはその水が入ったペコペコする物を受け取り一気に飲み干す。ぷはぁと空気を漏らしながら飲み終えた顔は清々しいばかりの笑顔だった。その顔になぜか腹が立ったので、さっき吐き出したお肉を再び口に突っ込もうと試みたが、あえなく阻止される。
「おっと、さすがにまた倒れるのは勘弁だ。それにしても少年、この透明で変わった音のする容器は何だ?」
「それですか。それは『プラスチック』って言います」
「ぷらすちっく?」
「はい。原油や植物から作られたものです。僕の世界ではそれが身の回りにたくさん使われていました。服や袋、飲み物を入れる器や靴とかにも」
カズトの「プラスチック」の話はしばらく続いた。カズトの暮らしていた世界は、私たちが暮らす世界とは比べものにならないくらい発展していた世界らしい。
「カズトの世界ってすごいのね。改めて聞いたけどびっくりしちゃった」
「うん。私たちの世界とは比べものにならないね」
私がアルカネと顔を見合わせながら笑っていると、否定の声が聞こえた。
「そんなことはないよ。この世界には魔法がある。その魔法は僕のいる世界にはない、遥かに便利な力だ。個人差があるとはいえ、科学が無くともその力を誰もが行使できる。僕からすれば、この世界は僕のいる世界とは比べものにならないくらいすごい世界だと思うよ。それに、この世界には僕を助けてくれた人たちがたくさんいる」
「とっても良い世界だよ」
嘘じゃない。本心だ。私はそれが嬉しかった。
「さ、もう遅いし寝ましょう。しばらくはゆっくりしたいわ」
「そうだね。色々ありすぎて疲れた。また串焼きのおじさんの所にでも行こうか」
串焼きおじさんと言う単語が耳に残ったが、私の眠気はピークに達していた。ベッドに寝そべると間もなく微睡みに呑まれた。
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「寝ちゃったわね、アキナ」
「うん。まるで子どもみたいだ。アキナに言ったら怒るだろうけど」
「ふふっ、ちょっと見てみたいわね」
「止めた方がいいよ。吹き飛ばされたりでっかい火の玉で脅されるから」
「なかなか過激ね。そう言うことは駄目だって教えておくわ」
「ありがとう。じゃ、お休み」
「うん。お休み、カズト」
しばらく話をしていた少年と少女も寝てしまった。部屋の奥で女は一つため息を吐いた。
「……まるで家族のようだな。羨ましい限りだ」
仲間、とはこういうものなのだろうか。家族とは、あのように幸せなものなのだろうか。少年は私が知らなかったことを教えてくれる。私が手に入れられなかった物をいとも容易く手に入れてくる。
嫉妬心というよりは、興味が沸いていた。少年と共にいれば、私が手に入れられなかった物を掴めるのではないかと。
「明日、頼み込んでみるのも手、か」
彼は私の我が儘を聞いてくれるだろうか。死ぬはずだった私を救い、こうして仕事までくれた彼は、私が少年についていくことを許すだろうか。
「まあ、笑って許しそうだがな」
さて、この干し肉はどうしようか。間違いなくこれはスープ行きだ。下手にアレンジをしようとしたからこうなったのだ。次は普通に作ろう。
安らかに寝る少年たちを見ながら思う。少年たちに付いていけば、いつかの夢をかなえることが出来るかもしれない。
淡い期待を胸に抱きながら私は目を閉じた。
ある程度は一区切り。休憩させたら次の章です。
休憩は2-4話くらいになると思います。




