さようなら
間に合いました。ちょっと暗くて重いです。
あと会話文もりもりです。
「とある谷に、竜人の家族が住んでいた。ある時、勇者を名乗る愚者が谷に住まう竜人達を攻め滅ぼした。辛うじて生き残った竜人は彼らを追い立て皆殺しにし、仇を討った。それでもなお憎しみは残り、今に至る」
「お父さんは憎んでたの?」
当たり前だという雰囲気は見せず、苦笑いしながらお父さんは答え、そのまま話を続けた。
「少しはな。その竜人の家族も妻、母親を亡くし途方に暮れていた。男の竜人は願った。娘を、里の皆を守る力が欲しいと。ある時、その男の竜人の前に若い人間の青年が現れたのだ。ボロボロの服を纏い、痩せこけた体はとても貧相だった。青年はその竜人に向かいこう言った。『力が欲しいか?』とな。竜人は答えた。『私に力をくれるのなら誰でも構わない。守る力を、悪しきものを討ち滅ぼす力をお前はくれるのなら喜んでこの身を差しだそう』と」
「男の竜人は確かに力を得た。家族を、里の竜人を守る力を。しかしそれは力ではなかった。代償を必要とする、ただの呪いだったのだ」
「呪い……」
「代償は、負の感情を増幅させるというものだった。復讐をしてもなお残っていた異世界人に対する怒りが、恨みが、日に日に体の中で増えていったのだ」
「いつしか男の顔からは笑顔が消え、次には表情が消えた」
「代わりに男は殺意と狂気を手に入れた。頭の中では殺せ殺せと幻聴が鳴り響き、精神を蝕んでいく。男は後悔した。なぜこのような力を望んでしまったのかと」
「自我と呼べるものはほぼ残っていなかった。娘は異世界人を見つける力を持っている。男はその力を利用して異世界人を手当たり次第に殺して回った 。そうすることでしか自我を保つことは出来なかった」
お父さんは淡々と話を続ける。最初は穏やかだったお父さんの声は哀しみと後悔に満ち溢れている。そうやって話す姿を私は見ていられなかった。寄り添って、優しく手を握った。
「お父さん、もういいよ。辛かったでしょ? 気付いてあげられなくて……ごめんね。こんな娘で……本当にごめん」
言いながら、目から何かがこぼれ落ちるのを感じた。ゆっくりと、少しずつ、その量は増えていく。
「……男には最後の砦があった。自分の娘だ。今は亡き妻と結んだ約束が、娘を守るという約束が、男をまだ竜人として繋ぎ止めていた」
「だが、私は! 自らの手でその誓いを引き千切った! 唯一無二の娘を駒として扱い、死地に送り込んだ! 妻の形見までを、異世界人を殺すための道具として扱った……。私は、竜人ではなくなったのだ。彼の言った通りだ。怨嗟に魂を売った、竜人の姿をした魔物だ!」
「ううん、お父さんは魔物なんかじゃない! お父さんは私の大切な家族。それが事実だから」
違う。お父さんは私の家族だ。誇り高き竜人だ。魔物なんかじゃない 。
どこかで壊れてしまった家族はもう元には戻らない。今も緩やかに壊れている。だけどこのまま壊れたままで私は終わりたくない。喧嘩したなら最後は仲直りしなくちゃ。
「アキナ」
「何?お父さん」
「本当に済まなかった。愚かな父親を呪ってくれ」
いつまでも謝ってばかりのお父さん。あまり聞いていていい気はしない。
「だったら私からのお願い聞いてくれる?」
「なんだ?今出来る事であればなんでもいいぞ」
「もう懺悔は禁止。いい? せっかくカズトがお話する時間をくれてるんだからもっと楽しいこと話そう?」
それを聞いてお父さんは少しだけ笑った。
「そうだな。なら昔の思い出でも話そうか」
「うん! いっぱい話そう!」
何を話そう?数え切れないくらい話したいことがある 。ふと、今まで一度も聞いたことのない事を思い出した。思い出話にはもってこいの話題を私は提案した。
「じゃあね……」
「私が生まれた時のお話をして!」
_______________
「……その時アキナが皿を割ってレヴィに叱られたんだ。大切にしていた皿だったからそれはもうカンカンにな。私もあの時は肝が縮んだ」
「うん、覚えてる。私がはしゃいでテーブルひっくり返したんだよね。料理は無駄になっちゃうし食器は壊れるしで散々だった。あの時は母さんに悪いことしたなあ」
再会した家族の会話は途切れることがない。気付くと既に日も沈み始めていた。
「もう、日が暮れてきたな」
「うん」
「昔ならば、家に帰ろうと言っていたのだな」
「うん……」
分かってはいるけど、それでもやっぱり嫌で。確認するためにお父さんに聞いた。
「お父さん。カズトが言ってた、『本人が望んでいるからだ』って言葉、本当なの?」
「ああ、本当だ。私が望んだ」
「私、お父さんと一緒に居たい。せっかくこうして仲直り出来たのに、またお別れなの……?」
お願いだから、一緒に生きていて欲しい。失われた家族の時間を取り戻したい。少し、期待していた。また一緒に暮らそうと言ってくれるのを。でも、返ってきた言葉は同じだった。
「済まない。私は、罪のない人々を殺め過ぎた。死は死でしか償う事は出来ない。残念だが、ここでお別れだ」
「そう……なんだ……」
私の表情から考えていることを読み取ったのか、お父さんは起き上がり、私の体をゆっくりと抱きしめた。
「アキナ、世界には必ず別れが、終わりが待っている。だがそれを恐れていては何も始まらないのだ。家族との別れもいつか必ず訪れるのだ。ただ、今日がその日ということだけだ。泣くな、アキナ。出会いには別れの悲しみを上回る素晴らしさがある。失ったのなら、それに代わるものを手に掴めばいい。何もしてやれなかった父親からの我が儘だ、お前だけはせめて、幸せに生きてくれ。強く生きてくれ」
「お前は、私たちの誇りだからな」
「お、とう……さん……!」
駄目だ。押し込めていた感情が堰を切って溢れ出す。
「お父さん! 嫌だよ! 死んじゃ嫌だ! もっと一緒に居たい! もっと話したい! もっと遊びたい! もっ と……もっと……!」
お父さんは一つため息をついて。
「全く、どうしようも無い子だ 。成長したと思っていたが、やはりまだ子供だな」
泣き止まない子をあやすように頭を撫でられながら、私とお父さんは見つめ合う。
「別れは笑顔でするものだ。アキナ、笑え」
そう言ってお父さんは私のほっぺをむにむにする。なんだかくすぐったくて、ちょっと恥ずかしくて、お父さんを困らせてるなって思って、涙で酷いことになっている顔を拭いて無理矢理にでも笑顔を作った。
「そうだ。後は別れの言葉を言えばいい。覚えているか?」
「うん、ちゃんと、覚えてる。お母さんから教えられたの。言えばいいんでしょ?」
「ああ」
どうせ最後だ。どうせ最期だ。私が出来る精いっぱいの笑顔で、お父さんを見送ろう。
「さようなら、お父さん」
「さようなら、アキナ」
お父さんはカズトの方へ歩いていき、何かを話した。座っていたカズトは立ち上がり、私の方へ来て言った。
「本当に最後だ。思い残したことはないか?」
「もうお別れはした。ないわ」
「そうか。分かった」
私への最後の確認は終わった。カズトは銃を出して地面に座ったお父さんへ向ける。
「最後の確認だ。死ぬ覚悟は出来ているか?」
「ああ。引き金を引くがいい」
「そうか。では、安らかに眠れ」
2回。鳴った音は2回だった。眉間と心臓に1発ずつ。私はお父さんに駆け寄った。もう、動かなかった。
「どうする?」
私の上から投げかけられるカズトの声。
「もう少しだけ……一緒に居させて……」
「……分かった」
カズトは何も言わず、その場を立ち去った。
ねえ、お父さん。私、頑張るよ。お母さんも、見ててね。負けないから。どんなに苦しくても、諦めないよ。
「ううっ、ああああああああっ、お父さんっ……」
私は、もう動かないお父さんの骸を抱きしめて、ただ泣いていた。いつまでも、いつまでも。
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