救世主は何を救う
お待たせしました。今日から日曜の週1投稿に戻します。今週の日曜日は間に合ったら投稿します。
気付いたら体が動いていた。大切な人を守るために飛び出していた。全力で飛んでカズトを勢いよく突き飛ばす。力の入り方が悪かったのかそのまま倒れただけだけど、お父さんの攻撃から守ることはできた。
でも代償は大きい。カズトに当たるはずだった剣はは私を貫き、感じたことのない熱さと痛みが喉を襲った。視界が一瞬真っ白になり、何も見えなくなる。すぐに回復したが、体に力が入らず地面に倒れ込んでしまった。
無事だったカズトが私に駆け寄ってくる。無事でよかった、そう言おうとしたけど声が出ない。お父さんにやられた所から空気が漏れているみたいだ。体は暑いのにとても寒い。カズトは動かない私の体を抱き起こして言った。
「どうしてだよ!? どうして庇ったりしたんだよ!?」
涙を滲ませながら、必死な形相で聞くカズト。そんなの決まってるじゃない。聞こえなくても、届かなくてもいい。私は口を動かす。
「カズトを守るのが、私の役目だもの。当然でしょ」
精一杯の笑顔で、私はカズトに伝えた。そんな悲しそうな顔をしないでよ、カズト。あんたは生きなきゃいけないんだから。そのまま力なく私の胸にカズトは倒れこんだ。後ろではお父さんが炎の剣を振り上げる姿がよく見えた。
ああ、ここで終わりなんだ。ごめんねアルカネ、カズトのこと守れなかった。戻ってくるって言ったけど無理だった。振り下ろされる炎の剣を最後に見つめ、私は目をつむった。
「…………あれ?」
しかし何時まで経っても炎の剣は私たちに振り下ろされない。お父さんの炎の剣は青白い防壁によって防がれていた。それに今自分の声が出た。息だって吸えるし動かなかった手足も動く。首に手を当てると、空いていたはずの傷は綺麗に塞がっている。
「全く、ここまで手酷くやられているとはな。俺の力の程が知れるな」
そんな声とともにさっきまでボロボロだったカズトが立ち上がる。カズトから聞こえた声は、似ているけど全く違う。そっくりだけど口調も変だし一人称も俺って言っている。立ち上がったカズトは私に気付くと、品定めするように見てから言った。
「お前はこの前の女とは違うな。若いし体が貧相だ」
「なっ……! ひ、貧相で悪かったわね! まだ大きくなるわよ!」
この前ってことは私が襲撃したときかな。そんなことより体が貧相と言われたことに腹が立って仕方が無い。まだ12歳だし。伸びしろあるし。だけどカズトは私の答えについてはどうでもよかったらしい。
「よし、それだけ元気なら十分だ。そこで黙ってみていろ、後は俺が終わらせる」
「終わらせるって、どうやって?」
「簡単だ。銃の引き金をあの馬鹿野郎に向かって引けばいい」
言うと同時に私の周りを無数の防壁が覆い隠す。カズトは草原でグレムを倒したときに使った銃を両手に構え、お父さんに向けて言った。
「さて、ガナン様。一緒に遊びましょうか?」
「……殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!」
皮肉交じりの一言が開戦の合図だった。ついさっきまでお父さんに向けて撃つことを躊躇っていたカズトとは違い、このカズトは躊躇なく引き金を引いた。両方の銃から光と音が放出され、先端から何かが飛んでいく。お父さんは高速で移動を繰り返してそれを躱す。
「やっぱこの距離じゃ無理か。なら近づこうか」
銃は躱されると判断したのか、カズトは両手の銃を投げ捨てる。しかし次の瞬間、お父さんが吹き飛んでいた。さっきまでお父さんの居た場所でカズトが蹴り上げたような体勢でいた。いつ移動したのか、そう考えている間にもカズトは防壁を足場にして攻撃を続ける。お父さんは体勢を崩しながらも攻撃に耐えるけど、身体強化を使って繰り出される蹴りや拳の殴打はお父さんの守りを崩していく。カズトが優勢なのは明らかだった。
「遅いな。怨嗟に魂を売って得た力はその程度か?」
「くそおっ!! 異世界人如きが、調子に乗るなあっ!」
お父さんの全身から爆炎が広がり、さっきまでとは桁違いの殺意が一帯を覆い尽くす。それなのにカズトは口笛を吹いて余裕の表情を浮かべていた。
「そう来なくてはな。あまりにも温くて退屈していたところだ。自らの運命に抗って見せろ!」
カズトはポケットからキューブを取り出すと、握りしめながら言った。
「救世主たる俺が宣言する。世界を救う鍵は今、此処に来たれり! 光の聖印よ、今ここにその力を解放せよ!」
キューブはその求めに応じ、眩い閃光を放つ。光が収まりカズトを見ると、全身にうっすらと光を纏っていた。それ以外に変化はない。
「ちっ、一割も解放できてねえじゃねえか。全然駄目だな、あいつ。ほとんど認められてねえぞ」
悪態を吐きながら悠々とストレッチを始めるカズト。挑発だろう。普通は引っかかる訳のないあからさまな挑発だけど、今のお父さんにはそんなことは関係なかった。炎の剣を燃え盛らせながらカズトへ突っ込んでいく。
「おっと、当たると思うなよ?」
カズトが指を鳴らすと、進路上に無数のナイフが出現する。隙間なく配置されたそれはお父さんの全身に刺さり、地上に血の雨を降らせる。それでもなお、お父さんは止まろうとはしない。私には、何かを守ろうとしているように見えた。気付いたときには私は叫んでいた。
「カズト! もうやめて!」
同時に聞こえたのは、銃から響く機械的な音だった。お父さんの体が穴だらけになり、空中でピタリと動かなくなる。やがて、重力に従って力なく落下した。カズトも防壁から飛び降り一緒に降下する。
カズトは横たわるお父さんの隣に座ると、頭に手を添えた。
「浄化の光よ、闇を祓え」
手から溢れ出す光がお父さんを包む。カズトが空いている片方の手で私を手招きしているので近づくと、私を呼ぶ声がした。
「ア……キ、ナか……?」
「お父さん……?」
「もう元通りだ。やることはやった」
「本当!? ありがとうカズト!」
私のお礼にはカズトは答えない。ただのじっとこちらを見つめている。しばらくしてようやく口を開いた。
「これからお前には一つ決めて貰う」
「何を?」
カズトは銃を出してお父さんに向けた。それはあまりにもごく自然な動作で、すぐに気付く事が出来なかった。頭がようやく追いつき、私はお父さんとカズトの間に割り込んだ。
「カズト、やめて! お父さんは元通りになったじゃない!」
「選択肢は二つだ。お前の父親を今すぐに殺すか、最後の別れを告げてから殺すか、選べ」
理解できなかった。正気に戻ったお父さんを殺す必要があるのか。治療をしてあげればいいのに、なんで殺さなきゃいけないのか。
「分かんないよ! なんで殺す必要があるの!? 教えてよ!」
「本人が望んでいるからだ。お前の選択は別れを告げてからだな。どけ」
カズトに押し退けられ地面に尻もちをつく。カズトはお父さんに手を当てる。その手からさっきと同じ光がお父さんを包み、全身の傷を塞いでいく。ある程度治療するとカズトはその場を立ち去って少し離れた所に座り込んだ。
「お父さん、大丈夫?」
「ああ、彼が治してくれた。話すくらいなら大丈夫だ」
「そう、良かった」
大丈夫という言葉にひとまずホッとした。だけど何を話せばいいのだろう。何も話さない気まずい時間が流れる。先に口を開いたのは、お父さんだった。
「なあアキナ」
「え?」
「私の話を、聞いてくれないか」
「うん、聞く。何の話?」
「大切なものを守ろうとして、守るどころか壊してしまった愚かな竜人の話だ」
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