少女達は再会する
「っああああああああっっっ!!」
目が覚めるとそこには誰もいない。簡素なベッドに寝かされていたみたいだ。
私は悪夢を見ていた。守るべき人を殺そうとしていた悪夢。思い出すだけで吐き気がしそうなくらいに最悪な現実だった。
体中に汗が纏わり付く。どれだけの間意識を失っていたのか私には分からない。外が暗いから夜ということは分かる。もう何日も経ってしまったのだろうか。
「カズト……何処……?」
なぜかそんな言葉が口から漏れる。自分の知らない間に支えとなっていた少年の名を呼んだのは何故だろうか?同じ思考がぐるぐると頭の中を巡り続ける。
私は負の感情に飲まれてしまった。私ではとても抑えきれなかった。体が変わっていくところで私の記憶は途切れている。こうして元の体に戻っているということは誰かが元に戻してくれたのだろう。
でもそんなことより気になることがあった。なぜお母さんの形見にあんなに強い負の感情が込められていたのだろう。誰かが故意にやったとしか考えられない。
何度も記憶を辿って考えるが検討もつかない。別にいいかな。私は考えるのをやめてカズトを探すことにした。きっと助けてくれたのはカズトだ。お礼を言わないと。
汗が気持ち悪いから拭こうと思いふと服を見ると、上半身が真っ赤に染まっていた。汗かと思っていたが、どうやら血だったようだ。もう乾いているのか赤茶色に変色している。こんな格好でカズトにあったらきっとびっくりしちゃうよね。部屋のクローゼットを漁るとピッタリなサイズの服を見つけた。男物だけどいっか。
2~3枚適当に掴むと部屋を出て、体を洗える場所を探す。幸いすぐ近くに沐浴所があったのでそこで体を洗い、さっきとってきた服に着替えた。
「カズト-、どこ-?」
広い廊下に虚しく声が響く。ここにはいないのかな。外に出て探してみよっと。近くの窓を開け放ち、そこから飛び降りる。背中にちょっと力を入れると、赤い魔力の翼が広げられる。高いところからクルクルと旋回してみたけど、カズトの姿は見えない。諦めてお城に戻ろうとしたとき、お城の前の広場に見たことのある姿を見かけた。アルカネだ。ぼーっと座り込んでいる。あんなところで何してるんだろ。
私はアルカネの元に舞い降りた。アルカネは私には気付いてないみたいだ。
「アルカネ、大丈夫?」
声をかけたけど反応がない。寝てるのかな?顔を覗き込むとやっと気付いてくれた。
「あれっ…?アキナ……?なんでここにいるの?」
「うん、私だよ!目が覚めたらお城に戻ってたの!カズトがどこにいるか知ってる?」
アルカネは首を横に振った。アルカネも分からないんだ。どこだろう。どこにいるんだろう。また飛び立とうとした私を呼び止める声が後ろからした。
「ちょっと待って!ねえアキナ、少し話し相手になってくれない?」
「話し相手?いいよ!」
アルカネとお話ができるならきっと楽しいはずだ。私はカズトを探すのをいったん止めてアルカネとお話することにした。
「アキナ、私って何ができるんだと思う?」
「何ができる?」
「そう。アキナは空を飛べるし日の魔法が得意でしょ?」
「うん。すっごく得意だよ!巫女だから嘘吐いてたら分かるんだもの」
「私にはそういうものはないから、羨ましいなって。カズトだっていろんな事ができる。戦えて、周りに気を配れて。強くて優しくて、私何度も助けられた。初めて会ったときはいきなり目の前で倒れちゃったから驚いたけどね。カズトは凄いんだよ」
小さな声で独り言のようにアルカネが話す。なんだか今まで見てきたアルカネと違う気がする。何かあったのかな?
確かにカズトはすごい。私がけしかけた魔物達を全部倒してしまったし、竜人のみんなも助けようとした。竜になってしまったはずの私だって、恐らくだけどカズトが元に戻してくれた。
「うん。カズトはすごいと思う。アルカネは何ができるの?」
私が訊くと、アルカネは少し笑いながら言った。
「私は何もできないよ。特別な力なんて持ってないただの人。きっと剣の腕もすぐにカズトに追い抜かれちゃうから、そうなったら私何すればいいのかなって思っちゃって」
「うーん。だったらさ、アルカネは何をしたいの?」
「何をしたい?」
首を傾げながら問い返してきた。そんなに思いつかないのかな。
「何も出来ないんだったら、何かしたいことを決めればいいと思う。出来ないことを出来るようにすればいいと思うんだ、私。アルカネは何をしたいの?」
何かしたいことを考えているのか、「ちょっと待って」と言ってうんうん唸りはじめた。私にはアルカネは何がしたいと言うのか大体の見当はついていたけど、本人の口から聞きたかったので少し黙っていることにした。
「考えてみたらすごい簡単だったわ。アキナ、ありがとう」
「で、そのしたいことは何なの?」
さっきの迷っていたような、辛そうな顔はもうしていない。元気で明るいいつものアルカネだ。話して楽になったのなら良かった。
「私はカズトの力になりたい。私を助けてくれた人の力になりたいの。いつの間にか大切な事が抜け落ちちゃってたみたい。カズトはトワって女の子を探してるみたいなの。アキナは見た?あの真っ白で四角いもの。あれがトワがこの世界にいるって教えてくれたみたい」
「私も聞いたよ。実際に見せてもらったけど、あれってカズトしか使えないものみたい。私が握っても何も起きなかったんだもの」
トワってどんな女の子なんだろう。ちょっと気になるかも。アルカネは気になってるのかな。聞いてみようかな。
「アルカネはトワって女の子、どんな子だと思う?」
「分かるわけないじゃない。でもカズトが探してる子だからよっぽど大切な人なんだと思うわ」
うーん、もやもやするなあ。今考えても分かんないしいっか。とにかく今はカズトに早く会いたい。助けてくれたお礼がしたいのだ。
「ねえアルカネ、カズトを探しに行かない?私がここにいるってことはカズトもここに帰ってきてるはずだよ!」
「ええ、賛成よ。頑張ってくれたんだからお疲れ様って言ってあげないとね」
私はアルカネと一緒にカズトを探すことにした。当てはないので行き当たりばったりだ。お城に行き、一緒に泊まった宿屋に行き、国中を探して回ったけど見つからない。誰かの部屋にいるのかな。
「カズト見つからないね」
「そうね。夜だしあまり中に入ることも出来ないし、後行ける場所といったらあそこしかないわ」
「あそこってどこ?」
まあついてきなさい、と手を引かれて行った場所は治療院と呼ばれている場所だった。何でも前(ほんの数日前)にここでカズトが目覚めるのを待っていたらしい。私が原因なんだけど黙ってても問題ないよね。今言っても怒られそうだし。中に入ると、病室が立ち並んでいてあちこちに兵士たちが寝かせられていた。ここでも兵士たちの治療をしていたのだろう。
静かに病室の戸を開けていく。しかしカズトの姿はなかなか見つからない。ここにいなかったらもう今日探すのは困難になる。なんとしても見つけたい。そうして戸を開け続け、最後っぽい部屋の前に来た。他の部屋と比べて大きめな感じがする。音を立てないように戸を開け中を見ると、やっとお目当ての人物を見つけることが出来た。
「カズトだ!」
声を潜めながら近づいて様子を見る。ふかふかのベッドでぐっすりと寝ている。気持ち良さそうだ。アルカネは部屋の中を見回していた。広いし大きな机もあるしここは普通の病室ではないのかもしれない。カズトから目を離し部屋の中を見て回ると部屋の奥の誰か寝ていた。女の人だ。アルカネと同じ胸のおっきい人。しかもアルカネよりも一回り大きい。一瞬憎悪の念が沸いたがそれを押しとどめる。こっちは硬そうなベッドに横になっている。布団もかけずにこの人寒くないのかな。
「この人先生って呼ばれてたわね。多分ここでは偉い人なんじゃないかしら」
「そうなんだ。この人がカズトをここに運んだのかな?」
「そうかもね。さて、私達のお目当ての人は見つけられた訳だけど、これからどうしましょうか」
アルカネが困ったように言った。そんなの決まっている。ためらうことなく私はベッドに潜り込んだ。
「ちょっと、何してるの!?」
「みんなで一緒に寝よう?いっぱいいればあったかいよ?」
「そういうことじゃないんだけど…まあいいか。今回はアキナに便乗させてもらうわね」
アルカネも上着を脱いでカズトのベッドに入った。私が右でアルカネが左だ。掛け布団は大きいのでみんなすっぽり収まる。こうやって誰かと一緒に寝るのはとても落ち着くのだ。
「それじゃおやすみなさい」
「おやすみー」
そんな感じで、ベッドの中でぬくぬくしながら私は目を閉じた。
_______________
「少年、朝だぞ」
誰の声だろうか。光が差し込んでいるので朝ということは認識できているのだが、まだ意識が覚醒するには時間がかかりそうだ。
「少年、朝だぞ。早く起きなければ私のとっておきの干し肉をその口に突っ込んでやろう」
「それは勘弁してください!」
一瞬で覚醒した。あんなどぎつい物を朝一で口に放り込まれたらその日一日何も食べられる気がしない。声の主はノノさんだった。体を起こそうとすると、左右に2人の少女がいることに気付いた。アルカネとアキナだ。どうやって僕を見つけたんだ?アキナはここに来れたということはあれから目が覚めてここまで来たのだろう。
「ノノさん、アルカネたちはいつ来たんですか?」
「知らないな。私が寝ている間に来たとしか思えない。2時3時あたりだろう」
「真夜中じゃないですか。アキナはともかくアルカネはなんでそんな時間まで起きてたんですかね」
「さあな。外で少年が治療してやった兵士たちが大勢押し寄せている。君に礼を言いに来たのだろう。数が多くて邪魔だから早く行ってくれ」
「分かりました」
アルカネ達を起こさないようにベッドから降りる。服を着替えて外へ出ると、ノノさんの言う通り、沢山の兵士が僕目がけて迫ってきた。
「ありがとう!キミのおかげで助かったよ!」
「俺達もだ!あんたの回復魔法がなきゃ大切な仲間たちが死んでたかもしれない。あんたは俺たちの命の恩人だ!」
口々に感謝の言葉が告げられる。そんな中、竜人の集団がこっちに近づいてきた。自然と道が開けられ、僕と竜人たちは向かい合う構図になった。
「カズト様。此度の戦闘において我々竜人を助けていただき感謝します」
「あ、いえ、わざわざありがとうございます。何かあったんですか?」
そう問うと竜人は首を横に振り答えた。
「我らはこれより里に戻ります。そこで貴方様とアキナ様と共に里へ来てほしいのです」
「アキナは分かりますけど、僕ですか?」
僕は何で里に行かなければいけないのだろうか。その前に竜人達は一応捕虜という扱いなんじゃないか。僕の独断で決めてもいいのだろうか。僕が迷っているのを察したのか竜人は柔らかい声で付け足した。
「何、今すぐとは申しません。私たちは長のガナンを引き摺り下ろし、新たな長としてアキナ様を据えるつもりです。長を変えるには民の二分の三が必要なのです。その二分の三はここにいる私達で足ります。残っている里の者にガナンが私達もろとも焼き払ったということを伝えれば、皆長を変えることに賛成するでしょう」
「別に僕は構わないですけど、まだアキナが寝ているので起きるのを待ってもらうことになりますけど」
「ではそのようにいたしましょう。私たちは門の前に建てられたテントで生活しています。アキナ様の返答がありましたらそちらまでどうぞ」
竜人は深く頭を下げると集団の中に戻り、元来た道を戻っていった。竜人たちが見えなくなると再び兵士たちが集まってきた。この人たちからどうやって逃げようか。一人一人お礼を聞いていたらキリがない。
「すいません、お礼を言ってくれるのはとてもありがたいんですけど、まだ戦争は終わってないんです!相手のガナンが逃走しています。彼を何とかしないとまた被害が出る可能性が高いです。後は竜人と僕たちに任せて皆さんは休んでください」
「なんて素晴らしい方だ……俺たちに気を遣ってくれるなんて……!」
「彼は楓様に並ぶ偉大なお方だ!皆、敬意を!」
「「「「「「はっ!!」」」」」」
僕のことを偉大な方といった人は偉い立場の人なのか、その人の掛け声で兵士たちが一斉に敬礼をした。さすがは軍隊というべきか、みんな綺麗に動きが揃っている。
「カズト様、ご武運をお祈りしています」
偉そうな立場の人がそう言うと、兵士たちが散っていく。ほんの1~2分で治療院の前には誰一人としていなくなった。すごかったなあ。テレビとかでも行進とかを見たことがあるけど、実際に見るとまた違ったものが感じられる。そんな感想を抱きつつ、僕はさっきの部屋に戻ることにした。念のためノックをする。着替えなどをしていたら大変だ。覗き魔と言う不名誉な称号を付与されてしまう。幸いそんなことはなかったようで、普通にノノさんが戸を開けた。
「わざわざノックとは。随分と丁寧だな、君は」
「わざわざって、アルカネやアキナが寝てたんですから着替えとかしてたら不味いじゃないですか」
「ふむ、それもそうだな。別に彼女たちならば気にしないと思うがな。まあ入るといい、今は食事中だ。少年の分も用意しよう」
中ではアルカネとアキナがパンを頬張っていた。アルカネは千切って食べているが、アキナはハムスターよろしく口いっぱいにパンを詰め込んでいた。そんなに口に入れたら喉を詰まらせるって。僕に気付いた二人は手を振ってくれた。アキナが何か言おうとして、案の定パンを喉に詰まらせたので、ノノさん特製のスープで流し込むのは一苦労だった。
「うう、けほっけほっ」
「ほら、あんなに口いっぱいに入れるからこうなっちゃうのよ。今度は量を考えて食べてね」
「はーい」
アキナの喉の交通止めが解除されたところでノノさんがご飯を運んできてくれた。お礼を言って食べながら、アキナに竜人の里へ向かうことを聞くことにした。
「アキナ、さっき竜人たちから、僕とアキナに里に来てほしいって言われたんだけど、アキナは行っても良いかな?」
「何で行く必要があるの?理由は言ってた?」
「里の長をガナンからアキナに変えたいんだって」
そう言った時、アキナの顔が変わった。あからさまに嫌そうな顔だ。
「父さんを長の座から下ろすのは賛成だけど、私が次の長になるのには反対だわ。こんな年端もいかない娘に一体何をさせるつもりなのかしら」
「僕に聞かれても答えようがないよ。実際にあって話さないと分かんないと思うよ」
「そうね。それじゃあちゃちゃっと食べてそのふざけたことを言った竜人さんの所へ行きましょう」
アキナはさっきとは見違える速さで朝ご飯を平らげていく。よく食べるアルカネを優に超す速さだ。現に本人が呆気にとられている。
「ほら、カズトも早く。置いてくわよ」
「置いてくって、場所分かるの?」
「知らないから早くして。文句を言ったら里に向かうから」
「分かった。すぐ食べるね」
竜の巫女の命令で出された食事を口にかき込む。よく噛んでないので消化がよくないが、大丈夫だろう。
[カズト、私は今回は留守番をしていればいいの?」
アルカネが聞いてくる。まあ何事もなければすぐ帰って来られるはずだ。フラグっぽいけどね。
「そうなるかな。何にも起きなければすぐ戻ってくるから」
「わかったわ。それじゃあ行ってらっしゃい、二人とも」
不機嫌になったアキナを連れて、僕は竜人たちが生活するテントへと急いだ。
時間に余裕が出てきたので、投稿ペースを最新話を投稿してから1週間以内に次の話を投稿することにします。
投稿ペース上げるとか言っておきながら投稿しねえじゃねえかよっ! とならないようにしたいです。
1週間に一話のラインだけは守り通します。




