初めての詠唱
お待たせしました。
竜に変身して暴走したアキナを元に戻した僕は、大急ぎでアルトノリアへ戻っていた。あんなことがあったのだ。アキナの身に何かあったら大変だ。今は全力で加速しながら走っている状態だ。なんかフラフラするけども知ったこっちゃない。持ちうる魔力をフルで回して走ると、あんなに長い距離を数分で移動できた。
中に入るとそこは大騒ぎだった。ケガをしたアルトノリアの兵士や竜人の兵士が道にたくさん並べられ、手当たり次第に治療されている。その中に宿屋の女の子が見えた。彼女も治療を手伝っているのだろうか。
「魔力を用いて宣言する、この者の傷を治せ『再生』」
あれ、今のって回復魔法?やっぱりこの世界にもあるんだな。てかあの子って回復魔法使えたんだ。回復魔法を受けた兵士の傷が塞がると、宿屋の女の子はまた別の兵士を治療しに走って行ってしまった。
アキナはどこに運べばいいんだろう。とりあえず城の部屋に寝かせてもらおうかな。加速して移動すると危ないので走って移動する。途中で倒れかけたが気力で持ちこたえて走る。なんでふらつくんだろう。原因が分からないのでどうしようも無いのだけど。
城の中も人でごった返していた。ここにも負傷した兵士たちが運び込まれているようだ。こっちには竜人の兵士たちが多くいる。見たところ皆大きな傷は見受けられない。門の近くにいた兵士たちは重傷を負った兵士で、比較的軽い傷の兵はこちらへ運び込まれているのだろう。
「大丈夫か、少年」
「わっ!」
驚いて後ろを振り向くと、つい最近僕に質問をしてきた干し肉大好きな女の人がいた。今日は白衣ではなく、動きやすいハーフパンツなどの軽装だった。あと白衣で気付かなかったけど胸が大きい。この人は着痩せするタイプなのだろう。
「なんですか、びっくりさせないでくださいよ」
「大丈夫か、と聞いているんだ少年。右肩から尋常ではない量の出血が見受けられる。今すぐ止血をしないと危険だ」
そう言われてようやく気付く。肩を見ると泉のように血が湧き出ていた。いつの間にか干し肉さんは布で肩を圧迫して血を止めようとしているが、全然止まる気配がない。アキナを床に寝かせ、僕は楓さんを治したときと同じように魔力を流しながら治れと念じた。やがてゆっくりではあるが傷口が塞がり始めた。ただ魔力が殆ど残っていないので治りが遅い。
「すいません、魔石持ってませんか」
「魔石か、私のズボンの右ポケットに入っている。ちょっと待ってくれ」
干し肉さんはそう言うと目にも止まらぬ速さで魔石を取り出した。身体強化だと言うことは分かるがいくら何でも早すぎるだろ。驚きつつも魔石を受け取り、肩の治療を再開する。魔力の量が増えたのでさっきよりも早く傷が塞がっていき、1~2分で完全に治ってしまった。
「驚いたな。君は回復魔法まで扱えるのか」
さして驚いてもいないような声で干し肉さんは言う。
「大した事じゃないですよ。僕は恵まれてるだけなんです。魔力がなければ何にも出来ないただの人ですから」
「ふむ、そうか。君のように回復魔法を扱えるのはそう多くないんだ。君もここに居る兵士たちの治療を手伝ってくれないか。魔石ならまだ余裕がある」
「分かりました、すぐに手伝います」
干し肉さんから数個魔石を受け取り、兵士たちの治療に加わる。人数はそう多くもなく、割と早く終わりそうだ。近くにいた竜人の兵士の傷を癒していると、その兵士が話しかけてきた。
「……お前は人間の総大将だと聞いていた。何故我らを助けるのだ?」
「なぜって、僕はこんな戦い望んでないからです。だから戦うときは攻撃ではなく防御の指示を出しました。誰も死なせなくなかったからです」
竜人の兵士はそれを聞いてひどく驚いているようだった。鋭い目が大きく見開かれている。
「巫女様は、アキナ様は無事か?最後に竜化したのを見たのだ」
「無事です。竜化したのは首飾りが原因でした。あの首飾りには竜人たちの負の感情が込められてました。同じ異世界人として謝ります。すいませんでした」
「そうなのか。済まぬな、我々の私怨のためにこのようなことを起こしてしまって。これでは里を滅ぼした人間と同じではないか……」
全身にあった傷が塞がった。もう大丈夫だ。
「治りましたよ」
「ああ、ありがとう。我らの同胞も助けてやってくれ」
「任されました」
それからは手当たり次第に兵士の傷を治していく。竜人の兵士からは何度も「なぜ助けるのだ」とか「アキナ様は無事か」と聞かれた。中にはガナンに攻撃されたことに愕然としている竜人もいた。アキナの言った通り、異世界人は相当な悪人だと教えられてきたそうだ。竜人の兵士を治し終わる頃には、他の兵士の治療も終わっていた。
「少年の方は終わったようだな。助かったぞ」
「いえ、当然のことをしただけです。僕は門の方の手伝いに行きます。あの人数だと治療が間に合わないかもしれません」
「行くのは構わないが、先にこれを食べておけ」
干し肉さんから手渡されたのは、カチカチに固まった数枚の干し肉だった。これどうやって食えばいいんですか。ナイフで切っても切れなさそうなくらいに堅いし、しゃぶるにしても大きすぎるので口に入らない。
「切れないと思うが、身体強化をして切れば簡単だぞ。今の少年には血が足りない。あの出血スピードだと体の半分近くの血が無くなっているはずだ。今生きているのが不思議なくらいなんだよ。今運動すれば命に関わる。それを食べて水を飲み、今は休め。少年はそこの竜人の少女の看病でもしているべきだ。門の手伝いは私たちが行く」
有無を言わさぬ口調で言われては大人しく引き下がるしかない。干し肉さんは近くの部屋に入ると、少しして大きな鞄を担いで出てきた。あの中には医薬品などが詰まっているのだろうか。周りにも同じサイズの鞄を背負った人が数人いる。干し肉さんは城の門を出ようとしたが、立ち止まってこちらへ振り返った。
「そういえば少年の名前を聞いていなかったな。名は何と言うんだ?」
「名前ですか?」
「そうだ、少年の名前が知りたくなってな。教えてくれないか」
「和人、一宮和人です」
「カズトか。覚えておこう。私の名はノノだ。縁があればまたどこかで会おう、少年」
そう言って干し肉さん他数人と共に城を出て行った。さて、残された僕たちは何をすればいいのだろうか。捕虜の竜人たちも傷が治ったので暇を持て余しているみたいだ。そんな僕たちの元にいい匂いが広がってきた。
「みなさーん、お腹が空いていますよね?少しですが食事をお持ちしましたー!今配りますから順番に並んでくださーい!」
そんな声と共に運ばれてきたのは2つの大きな鍋だ。片方にはスープ、もう片方には炊き込みご飯のようなものが入っている。スープの方は前に食べた干し肉スープっぽい。多分そうなんだろう。座り込んでいた兵士たちが「おおっ」と声を上げて、ゆっくりと列を成していく。食べている反応を見ると、兵士たちにも干し肉スープは好評みたいだ。僕は立ち眩みを起こしそうなので座っていたのだが、鍋を運んできた人がスープとご飯を持ってきてくれた。
「カズトさんもどうぞ。肩から血を流しながら来たときは驚きましたよ。血を作るのには食事の栄養バランスが大切ですから、しっかり食べて下さいね」
「すいません、ありがとうございます」
器を受け取り、黙々とご飯を食べた。温かい食べ物は元気が出る。全て平らげお腹を満たすと、少しだけ活力が湧いてきた気がした。よし、門の方の手伝いに行こう。そう思い立ち上がったのだが、頭に違和感を感じ、視界が揺れた。気が付くと床に横たわった状態だった。立ち眩みだろう。鈍い痛みに床をのたうち回っていると、竜人の兵士たちがこちらに近づいてくるのが見えた。これから人気のない所へ連れていかれリンチにされるのだろうか。一人で勝手に怯えていると、先頭にいた竜人の兵士が話し始めた。
「我々を救って頂き感謝する。其方を殺しに参った訳ではないのでご安心頂きたい。命の恩人を殺すなどと恥知らずなことを我ら竜人は致しませぬので。少し話をしてもよろしいだろうか」
どうやらリンチをしにきたわけではないようだ。僕は頭の防御を解いて竜人たちと話すことにした。ヒリヒリするし後で冷やそう。
「えっと、話って何ですか。質問だったら僕が知ってることしか話せませんけど」
「そなたに聞きたいのは我らが長ガナンについての事だ。熱線が我々もろとも焼き払ったあの時、我らの王は何と言っていた?」
「……聞いても、後悔しませんか?」
「ああ、覚悟は出来ている」
なら話そう。君たちを見捨てた長の言葉を。
「戦えない兵の有効活用、と言っていました。僕は誰一人死なせないように立ち回っていたんですけど、それを逆手に取られ、皆さんごと兵を熱線で焼き払ったんです。誰かが死ねば僕の作戦は失敗です。それを狙ったんだと思います」
僕は真実を伝えた。てっきり怒るのかと思ったが、返ってきた答えは簡素なものだった。
「なるほど、そう言っていたか。確かに聞いた。それでは」
「ちょ、ちょっと待ってください!それだけですか?」
「それだけ、とは?聞きたいことは確かに聞きましたが」
「そうですけど、なんかもっとないんですか?怒りとか、苛立ちとか」
「確かに抱いてはいるが、今はそのような感情に振り回されている場合ではない。まずは他の仲間にそれを伝えるのだ。ガナン様は我らを殺そうとした、と。どうするかはまだ決めていない」
つまりは情報の共有をしてこれからの行動を全員で決めたいらしい。だけどまだ治療の終わっていない兵士たちが門の方にいる。もしかしたらあそこ以外にも運び込まれているかもしれない。今移動しても集まることはできないと思う。
「まだ治療の終わっていない兵士がたくさんいます。今日は多分伝えるのは無理だと思います」
「そうか。改めて言うが、貴方は我々の命の恩人だ。何かあったら伝えてくれ。力になろう」
先頭の竜人が頭を下げ、それに続いて他の竜人も頭を下げた。僕は去って行こうとする竜人たちを呼び止めた。
「あの、待ってください!」
「何か頼みたい事があるのか?」
僕は頷いて、竜人たちに頼み事を話した。
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「消毒薬を持ってきてくれ!」
「はい!」
手渡された消毒液を傷口に撒く。痛みで竜人の兵士が呻くが耐えて貰うしかない。
「我慢してくれ、もう少しの辛抱だ」
すぐに包帯を巻き、次の兵士の元へ。門の前の手伝いに来たのだが、私の想像以上の被害だった。熱線によって焼かれた者、衝撃で飛び散った石や金属の破片で傷を負った者と様々だった。緊急性の高い者から魔法で治療をしているものの、とても今日中で終わる人数ではない。火傷は濡らした布で覆うしか出来ない上、傷が混じると私達では処置のしようが無い。
「くそ、こんなことなら少年を運んでくればよかったな」
今更言っても仕方が無い。私達で出来ることをしなければ。
「すいませーん!手伝いに来ました-!」
ふと聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。振り返った先には、沢山の竜人と彼らに背負われたあの少年の姿があった。
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「すいませーん!手伝いに来ました-!」
竜人たちに運ばれて、僕は門の前までやって来た。焼け焦げの匂いが入り混じる空間で、沢山の人が苦しみ、その人達を助けようと奔走していた。
「下ろしてください。ここからは自分で行きます」
「承知した」
魔力は城でたくさん補給してきた。後はやってみないと分からない。僕は兵士たちの真ん中に立ち、初めての詠唱をした。
「魔力を用いて宣言する!焼かれ傷つき苦しむ彼らを癒せ、『再生』!」
言い放つと、ありったけの魔力を全身から撒き散らした。みんなに行き渡れ。治ってくれ。そんな一心で魔力を放ち続ける。しばらくしてあちこちから声が上がり始める。
「き、傷が治っていくぞ!」
「奇跡だ……。神の奇跡だ……!」
やがて魔力がどんどん放出されなくなってきた。もう魔力切れみたいだ。完全に魔力が切れると僕は地面に倒れ込む。やばい、疲労がピークに達した。立ち上がるのも無理くさい。
「助かったぞ少年」
死体のように横たわる僕にお礼を言ったのは干し肉さん改めノノさんだった。
「君が来てくれなければ手遅れになっていた者もいた。見た所魔力の使いすぎで体が動かんのだろう。どれ、運んでやる」
そう言ってノノさんにお姫様抱っこされる。しかし顔の位置がよろしくない。丁度胸の谷間を枕にしている状態だ。緊張で体がガチガチになる。普通に持って下さいよ。
「あ、あの、ノノさん、当たってるんですけど・・・・・・」
「む、恥ずかしがっているのか?君も随分と初心だな。頑張ったご褒美とでも思っておけば良いさ。胸くらい私は気にしないよ」
初心で悪かったですね。頭を胸からずらそうとしても力が入らず動かない。歩くたびに揺れるのが非常に困る。健全な男子には十分すぎる刺激だ。きっと僕の顔は真っ赤なんだろう。
余裕なノノさんの胸の感触に耐えながら運ばれた所は治療院の一室だった。二度と体験し得ないだろう感触とおさらばし、ベッドに寝かせられる。
「君は一番の功労者だが、きっとこれだけでは終わらないはずだ。次に備えてゆっくり休め」
「すいません、ご迷惑をおかけして」
「気にする必要はないよ。では良い夜を、少年」
ノノさんが部屋を出て行く。意識をせずとも自然に、僕は眠りについた。
追記 冬の童話祭の方完成しました。童話らしくない童話ですが是非読んでみてください。




