やり場のない彼らの思い
今回はちょっと少なめです。
響き渡る竜の咆哮に身がすくみ上がる。戦わないといけないのか?竜になったアキナと。
竜の姿のアキナは大きい。体長は10m以上あり、鮮やかな紅い鱗が全身を覆っている。胸の辺りには真っ黒な宝石が埋め込まれていた。あれはアキナが付けていた首飾りの色は赤かったはずだ。色が変わっているのはなんでなんだ?
「ギュアアアアアッッッ!」
咆哮で意識が引き戻される。呑気に考えている暇はない。アキナが飛びながら鋭い爪をこちらに向かって突き出してきた。反応が遅れたが、すんでのところで横っ飛びして爪を躱した。だがそこはまだ射程内、立ち上がる前に横から尻尾が迫ってきていた。
「やばっ、『防壁』!」
急いで張った防壁で、迫りくる尾の軌道を逸らして距離を取る時間を稼ごうとしたのだが、尻尾は僕の張った防壁を砕き、そのまま僕を弾き飛ばした。草原だったのが幸いし、大きな怪我はしていないが全身を激しく打ってしまった。
剣を杖代わりにして立ち上がる。アキナの方を見ると、余裕綽々と言った感じで、唸りながらこちらを見据えていた。
「無理だよ……。どうすればアキナを元に戻せるんだ?」
少なくとも竜の姿をしたアキナには何をしても意味がない感じがする。周りに協力を仰ぎたいが、さっきの熱線で大混乱だ。僕が時間を稼がないとますます状況が悪化する。そうなると当分の間は防御に徹するしかないか。
「済まない、待たせたな。他の部隊の撤退を指示していて遅れた」
後ろから楓さんが駆けつけてくれた。
「兵士たちや拘束した竜人たちは大丈夫なんですか!?」
「大丈夫じゃない。もろに食らったやつは今すぐにでも治療しないと危ないくらいだ。余波を受けたやつもかなりの火傷を負ってる。全部隊を国に撤退させるよう指示は出したが、あの状態じゃ何人かは死んでるかもしれないな」
「そんな……!」
「悲観している暇があったら前を向け。お前が向き合わなきゃいけないのはそっちじゃない。気がかりなのは分かるが先にアキナを何とかせにゃならん」
視線をアキナに戻すと、大きく息を吸い込んでいるのが見えた。あの予備動作は……
「ブレスだ!『防壁』!」
さっきの何倍もの魔力をつぎ込んで防壁を張った直後、アキナの口から灼熱の火炎が吐き出された。炎が防壁に当たり、辺りを焼き尽くしていく。まだ数秒もたっていないのに、防壁にヒビが入ったのが見えた。
「くっそお!『防壁』『防壁』『防壁』!」
半ばやけで防壁を張る。最初の防壁はきっと砕け散っているだろう。なんて火力だ。防壁が炎を防いでいる間に楓さんに何とかできないか聞こう。楓さんなら何か知っているかもしれない。
「楓さん、竜化した竜人を何とかする方法って知ってますか!?」
「それは助ける方か?殺す方か?」
「助ける方に決まってます!」
「だろうな。多分アキナが首に着けていた首飾りが原因だろう。あの首飾りをアキナから取り除けば竜化は収まるはずだ」
「それってさっきアキナの胸の辺りに埋まっていた宝石のことですか?」
「俺は見ていないから分からないな。それだと思うのならお前が取って来い。出来る限りのサポートはしてやる」
「分かりました」
ちょうどブレスも止んだみたいだ。防壁は2枚残っている。防壁を消してアキナに接近する隙を伺う。うん、ある訳ない。少なくともブレスを吐くことが分かった時点で接近は危険すぎる。一瞬で懐に潜り込まないと丸焼きだ。
「楓さん、アキナの注意を引いてもらえますか」
「了解だ。何を企んでるのかは知らんが俺を使う以上成功させて来い」
「分かってますって。そうじゃなきゃ死にますしね」
目で合図をし、楓さんが大きな大剣を構えて前に出る。もしかして真正面から打ち合うつもりなのかあの人。
「悪いが、ちょっと痛い思いしてもらうぞ!」
そういうと楓さんは剣の側面でアキナの頭をぶっ叩いた。堪らずひるむアキナ。そのまま楓さんが滅多打ちにしていく。僕もアキナに近づいて、胸の宝石に触れようとするが、アキナが動くため触ることが出来ない。ぶっちゃけ危ない。
暴れるアキナを避けながら、ほんの一瞬だけ宝石に触れることが出来た。中の魔力の流れを確認した瞬間、全身を恐怖という感情が駆け巡った。
あの宝石には沢山の念が込められていた。
恨み。長い年月をかけて積もっていった、深く黒く染まった恨み。
憎しみ。自分のせいではないと言った無責任な人間への憎しみ。
悲しみ。かけがえのないものを失った、深い悲しみ。
怒り。仲間の命を奪っていった異世界人に対する強い怒り。
一つではない。何十、何百、何千もの恨みが、憎しみが、悲しみが、怒りが、あの宝石の中で渦巻いていた。アキナの体に埋め込まれている宝石は、きっと竜の里の竜人が異世界人に抱く思いなのだ。
原因となった異世界人はすでに死んだ。だが失った仲間たちは返ってこない。何人の竜人が慟哭したのだろうか。
僕には竜人たちの気持ちは分からない。でも、沢山の負の感情が結晶化したものが今のアキナだと言うのなら、今その責を受けることのできる人は僕一人だ。
「おい、さっさと離れろ!」
楓さんの声が聞こえる。いけない、考えていて棒立ちになっていたみたいだ。身体強化で全力ダッシュ、頭を滅多打ちにされて目を回しているアキナから離れた。
「動かなくなった時はどうしたかと思ったが、何か分かったのか?」
「恐らくですけど、あの宝石には竜人たちの異世界人に対するありとあらゆる負の感情が詰められてます。アキナを安全に元に戻すなら、あの宝石に詰められた負の感情を晴らすしかないと思います」
その言葉だけで楓さんは何をしようとしたのか察したらしい。
「お前正気か!?あの攻撃を受け続けるなんて先に死ぬぞ!」
「正気です。それと、攻撃を受けるのではなくさせるんです。最終的な彼らの意志はやり場のない怒りを何とかしたいんです。暴れさせればそれも収まります。僕でないとはいえ、異世界人がやったことです。代わりになるなら僕一人で十分です。楓さんは国に戻って指揮をしてきてください。なんだかんだでリーダーがいた方がまとまりますし」
「断る。お前が死んだら向こうの勝ちだ。お前を死なないようにするのが俺の役目だ」
楓さんが僕の横に並び、言い放った。
「俺も一緒に背負ってやる。俺だって異世界人の端くれだ。お前の言い分なら俺が一緒でも問題ないだろう?」
頼りになる人だ。今はその力を借りることにしよう。
「分かりました。反撃は一切禁止、アキナが竜人の姿に戻るまで全ての攻撃に耐えてください!」
「おうよ!ほら、さっそくブレスのお出ましだ!」
マジですか。アキナの方を見ると、すでにブレスを吐く直前だった。今宣言をしたら展開が間に合わないので無詠唱でさっきの何倍もの強度を持たせた防壁を張る。念のために10枚張ったのだが、ブレスの威力もさっきより上がっているようで、防壁が1枚、また1枚と砕かれていく。
「まずい、もっと強度を上げないと」
目の前に張られた防壁に手を当て、魔力を注ぐ。ひたすら堅く、柔らかく丈夫にするために。
そうしている間にも防壁は割られていき、ついに魔力を注いでいる最後の防壁にブレスが当たった。
「楓さんも協力してください!」
「分かってる!」
楓さんも防壁に魔力を注ぎ始めたが、それでもブレスの勢いを止めることは出来ない。少しずつ、確かにヒビが入っていく。
「止まれ、止まってくれよ!」
僕の叫びが届いたのか、はたまたアキナの気まぐれか、防壁が砕け散った直後に二回目のブレスは止んだ。
わずかに残ったブレスが全身を炙る。熱い、焼けるようだ、いや、焼かれているのだ。1秒にも満たないブレスは僕と楓さんの全身を焦がしていった。
全身の痛みに耐えながら楓さんの方を見ると、同じように焼けていながらも涼しい顔をしていた。
「楓さん、大丈夫ですか!?」
「俺は大丈夫だ。傷は自分で直せ、こっちは自分で何とかする!」
言い切る暇もなくアキナが突進してきた。楓さんの首を狙って噛み付きに来たようだ。身を楓さんは捻って躱すが、まださっきの傷を治療していないために、地面に倒れると苦しそうに呻いた。
「楓さん!」
身体強化で楓さんを持ち上げて距離をとる。怪我ってどうやって治すんだよ!ひたすら念じながら楓さんに魔力を流すしか僕にできることはない。治れ、治れ、治れ、治れ!
しばらくして、楓さんの体の傷が塞がり始めた。よし、あと1分もあれば治る!ついでに僕の傷も治しておこう。
アキナはこちらにゆっくりと迫っている。獲物を追い詰めるかのように、ゆっくりと威圧的に。傷が治ったら仕切り直しだ。魔力が切れるまで僕は逃げ切れる、時間を稼ぐんだ。
「かかってこい、捕まえられるものなら捕まえてみろ!アキナ!」
「ギュアアアアアアアアアアアアアアッッ!」
来た、さっきよりも速い!楓さんを抱えているので、転がって躱すことは出来ない。身体強化でアキナの攻撃を躱し続ける。噛み付きとか尻尾で薙ぎ払うのはいいんだけども、突進が怖すぎる。あんな大きさで迫って来られたらこっちの身が持たない。
「和人、もう大丈夫だ」
楓さんが体を起こしながら言った。降ろすと気だるそうに立ち上がり首を鳴らす。
「次は俺の番だ。かかってこい、アキナ!その攻撃、受け止めて見せよう!」
大剣を構えて叫ぶ楓さん。アキナは容赦なく楓さんに攻撃を叩き込む。楓さんはそれを大剣で弾き、受け流し、時には躱し、アキナの攻撃に耐え続けている。
「すごい……」
僕はその戦いっぷりに思わず見惚れていた。さりげなく攻撃もしているようで、だんだんとアキナの動きが緩慢になっている。胸の宝石に目をやると、真っ黒だった宝石はかなり鮮やかな赤色へと変化していた。
「和人、そろそろ代わってくれ!抑えられなくなってきた!」
「分かりました!タイミングはそっちでお願いします!」
手元から消えていた剣を再び出して構える。こんな剣じゃアキナの攻撃は防げる気がしないけど、大剣を魔力を使いながら構えるのは効率が悪い。最悪魔力切れを起こして剣に潰されるだろう。防壁でほとんどの魔力を使い切っている。補給用に持ってきた魔石も熱線が当たった時に消し飛んでしまった。長くは持たない、そう感じている。
「チェンジだ!」
「了解です!」
楓さんと入れ替わる。さっきのように噛み付きや体当たりで来るのかと思いきや、大きく息を吸い始めた。
「なんで僕の時だけブレスなんだよおっ!」
この射程じゃどこに逃げてもこんがりと焼かれてしまう。意を決して僕はアキナの足元に飛び込んだ。
飛び込んだ直後、さっきまで僕のいたところが火炎に包まれる。ほっとしていると、アキナが動いた。ふわりと空中に浮き、僕に向かって爪を突き出してきた。僕はまだ体制を立て直していない。そのまま倒れこむことしかできなかった。爪は僕の肩を深く切り裂いていく。
そう言えば宝石はどうなったのだろうか。傷を治しながら距離をとり、胸の宝石を確認する。真っ黒だった宝石は、ほぼ元通りと言えるくらいに赤くなっていた。これで原因の魔力は取り除いたはず。あとはどうやってアキナを元に戻すかだ。
「楓さん!宝石はもう元に戻ってるはずです!あとはどうすればいいんですか!?」
「すまんが俺には分からん!お前で何とかしてくれ!」
楓さんはどう戻すかは知らないみたいだ。
アキナはなぜか襲ってはこない。ただじっとしているだけだ。僕はゆっくりとアキナに近づき、宝石に手を当てた。さっきの感じた念はもう感じられない。ただの綺麗な紅玉だ。
「ごめんねアキナ、苦しい思いさせて。多分もう元に戻れるはずだ。竜化を解いてくれないかな?」
聞こえているかは分からないけど、独り言のように呟いた。すると胸の宝石が光り竜のアキナを包み込んでいく。徐々にその姿は小さくなり、竜人の姿へと戻っていった。
完全に元に戻ると、アキナの身体がゆっくりと傾いだ。
「危ないっ、と」
倒れそうになった体を支えてあげる。竜化したせいで体力を使ったようだ。早く休ませて休ませてあげないと。
「楓さん、終わりました」
「よくやった。急いで国に戻るぞ。兵士たちの事が心配だ」
「ですね。アキナも疲れてるので休ませないといけないですし、早く行きましょう」
自分たちがボロボロになっていることも忘れ、僕はアキナを抱えて荒れ地となった草原を後にした。
誤字脱字とか文章に違和感を感じた点などございましたら気軽に教えて下さい!
次は国に戻ります。
ただ今冬の童話祭のほうも作っているので出来上がり次第、活動報告等でお知らせします。




