あと1日
お待たせしました。今日から週1投稿に戻ります。それと多いです。
僕はアルカネに引きずられて食事の用意されている部屋へと着いた。
入り口ではどっからどう見ても執事な人が6人ずつ、左右対称に並んで出迎えてくれた。若い執事から、髭を蓄えた老執事までさまざま。僕は引きずられてボロボロだったので、先にアルカネを案内してもらった。僕は老執事さんに手当てをしてもらっている。料理のおいしい匂いがこっちに来るので時折お腹が音を立てる。早く終わらないかな。
「はい、これで大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
簡易的な応急処置ではあるけど、治療が終わった。後は薬の効果ですぐに治るはずだ。
「お連れの方は、とても元気でいらっしゃいますね。先の短い私にとっては眩しいものです」
「今はおいくつなんですか?」
「もうそろそろ90でしょうかね」
90歳とは驚いた。元気な執事さんだ。でも体の調子はどうなんだろう。
「体は大丈夫なんですか?90歳ともなればだいぶ大変だと思うんですけど」
「なあに、まだまだ現役ですよ。この身果てるまで私はこの国に仕えるつもりです」
「そうですか。やっぱり何か目的があった方が長生きできるんですかね」
「ううむ、そうとも限りませんな。我が王のように戦いに身を置く方は、いつ死ぬか分かりません。例え目的を持ち生きていたとしても、死ぬ時は死ぬのです。それと、老人の妄言と捉えても構いませんが一つご忠告させて頂きますぞ」
「何ですか?」
「近く、貴方と貴方のお連れが危機に晒されますぞ。どうぞ、ご用心を」
そう言って老執事はその場を離れ、行ってしまった。危機に晒される、その一言に言いようもない不安を感じた。そんな事より今は昼食だ。アルカネを探して部屋へ戻る。部屋には料理の盛られた皿が並んでいて、それを片っ端から平らげるアルカネの姿があった。まるで吸引力が変わらないただ一つの掃除機みたいだ。
相変わらず底なしの食欲だな。早く食べないとアルカネに全部吸い込まれる気がしたので、僕も皿に料理を盛り付けて食べることにした。
今回は肉を多めに盛った。普段のお腹が空いたとはわけが違うのだ。地獄の訓練に加え、体のエネルギーを消費して傷を治し魔力を満たす薬のおかげで体は疲れ果てている。そのせいか今回はいつもよりも沢山食べた。結局アルカネは僕が食べなかった料理すべてを食べてしまった。胃袋どうなってるんだろう。空になった皿を見て唖然としている執事さん達を置いて、僕たちは宿へ戻ることにした。
帰り道、アルカネはお腹いっぱい食べられて満足なのか、何かの歌を口ずさみながら笑顔で歩いている。嬉しいことに手を握りながらだ。女の子と手を握ることなんてそうそう無い。僕の記憶の中では、小さい頃に永遠と帰り道に手を握ったくらいだ。それっきり手を握られたことなんてない。嬉しいような、恥ずかしいような複雑な気持ちだ。
宿に着くと、そこには兵士が一人立っていた。なんだか焦っているみたいだ。周りをせわしなく見回している。僕達の方を見た時にぱあっと顔が明るくなったのが見えた。
「あなたがカズト様ですか!?」
「は、はい。そうですけど、どうしたんですか?」
「あなたに会いたいという人がいるのです」
「会いたい?一体誰なんですか?」
いったい誰だろう。何かした覚えはないし、呼ばれるような相手も思いつかない。
「アキナと名乗っている竜人です。どうしても伝えたいことがあると言って聞かなかったので、拘束、無力化した状態にして待たせています。敵意は無いようですが、万が一のことを考えてそのような対応をさせていただきました」
それを聞いた瞬間身が強張った。自分をぶん殴った相手であり、助けてくれた竜人族の少女だ。見た目は全然覚えてないけど、気の強い少女だったはずだ。わざわざここに来てまで伝えたいという事はかなり重要な事だろう。
「分かりました。すぐ行きます」
「私も行っていい?私もその子に会いたいの」
「いいよ。早く行かないとアキナが怒りそうだし」
「ではご案内いたします。ついてきてください」
兵士さんについていくと、関所から離れた所にもう一つ別の詰所があった。違うところと言えば、門の関所と比べて作りが頑丈そうで、中に入ると見たことの無い金属の部屋があることぐらいだ。
「この部屋で拘束しています。扉を開けますので少し離れてください」
重々しい扉が開かれると、そこには確かにアキナがいた。縄でぐるぐる巻きにされ、手足には青白く光る金属の枷が付けられている。
「ちょっと、来るのが遅いわよ!どれだけ待ったと思ってるの!」
開口一番、元気な声が聞こえてきた。部屋が狭いので声が反響して耳に響く。
「ごめん、連絡が届かなかったんだ。そんな事より、伝えたいことがあって来たんだよね」
「そうよ!ほんとはもっと早く伝えなきゃいけなかったのに、拘束されるわ、あんたは記憶が戻ってないとかでこのまま縛られっぱなしだし、もう散々よ!」
怒りそうではなく既に怒っていた。それはもうカンカンに。きっと何を言っても聞いてくれないだろう。
「いい?よく聞いて。あんたには近いうちに戦争が起こるってことを伝えに来たの」
「戦争!?」
どういう事なんだ?戦争って実際に見たことはないけどあの戦争?
「その様子だと全くの未経験ってところね。攻めてくるのは私の住んでるところ、竜の里。総大将は私のお父さん。攻めるまでの猶予は7日、ここで6日間待たされてたから残っているのはあと1日ってところ」
「ちょっと待って!何でここを攻めてくるの?狙いは何なのさ!?」
「そりゃああなたに決まってるでしょ。あんた一人を殺すために里の血気盛んな若者たちが立ち上がるの」
「何でカズトが狙われなきゃいけないの?教えてよ!」
アルカネが声を上げる。それを聞いたアキナは溜め息をついた。
「あんたあの時の人間?理由もわからないのなら戦う資格なんてないわよ。近くにいたのなら分かるはず。こいつの並外れた力を。こいつが使う武器は危険で、それを召喚する方法がほんの僅かの魔力を使うだけ。その上魔力の保有量も桁違い。力を持つ異世界人が嫌いなお父さんが見逃すと思う?」
「でも、でもだからって殺す必要はないでしょ!?」
「それは私じゃなくてお父さんに言って。私じゃもうどうしようもないの。私はもうこいつを殺すつもりもないし、お父さんに加勢するつもりもないわ」
それきり部屋を無言が支配する。長い沈黙を破るため、僕はアキナに質問をすることにした。
「一つ気になってるんだけど、何で僕を殺さないことにしたの?」
最も気になっていたこと。あんなに殺そうと息巻いていたアキナが殺そうとするのをやめて僕の治療をしてくれたことだ。僕はその理由が知りたかった。
「確かにあんたには知る権利があるわね。端的に言うと、あんたはこの世界を救うための鍵、救世主なの」
「救世主?僕が?」
「そう。竜の里には昔からの言い伝え、伝承があるの。救世主が現れたら、その者を守り補佐しろ、って言い伝え。先代の巫女から教えてもらったことだけどね。あんたはその救世主の特徴とほとんど一致してるのよ」
聞いていて信じられない。いきなり救世主なんて言われても訳が分からない。僕は永遠を探しているだけなのに。世界を救えとか言われるんだろうか。
「まずあの時見せてもらったあの四角いやつ!あれが一つ目の特徴。二つ目!あんたの使っているその力。魔力を糧に物質を作り出せる能力が二つ目の特徴。最後に三つ目!その弱々しい意思!聞いたこととぜーんぶ一致!どうなってるのよ!こんな奴が救世主なんて」
説明をしてもらっているのにいつの間にかアキナの愚痴に早変わりしている。
「ねえカズト。アキナって子が言ってることをまとめると、カズトはその竜の里の伝承にある救世主ってこと?」
「そう!その巨乳の言う通りよ!」
「ちょっと!巨乳って何よ!」
せっかくアキナの言ったことをアルカネがまとめてくれたのに、アキナがアルカネのことを巨乳呼ばわりしたせいで口論が始まってしまった。騒がしいです。
「何よ、名前が分からないからあんたの唯一の特徴であるそのでっかい胸で呼んだんじゃない」
「私はアルカネ!アルカネよ!ちゃんと名前で呼んで!」
「嫌よ。あんたは巨乳。巨乳は滅ぶべきよ」
「その理不尽な要求は受け入れられないわ。あなたこそペッタンコじゃないの。何歳なの?」
「12歳よ12歳!まだ成長の余地はあるわ!絶対あんたなんかに負けないからね!」
どうしよう。話が盛大にずれているけど割って入る隙が無い。僕を殺さなかった理由を聞いていたのに、いつの間にか二人の胸の大きさの話になっている。それよりも、アキナって12歳だったんだ。アルカネは何歳なんだろう。
「ねえ、アルカネ」
「なに、カズト?」
「アルカネって何歳なの?」
「私?18歳だけど、どうかしたの?」
「い、いや、何でもないよ。アキナが12歳って言ってたから、アルカネが何歳なのか気になって」
「そういえば言ってなかったわね。カズトは何歳なの?」
「16歳だよ。アルカネの方が年上だったんだね」
「そうだったんだ。別に変に気を遣わなくても大丈夫だからね」
「うん、分かった」
知りたいことを消化できて満足していると、
「私を放って置かないでよ!」
アキナの怒声が響いた。いけない、すっかり忘れてた。何の話だったっけ。
「ごめん、何の話だったっけ」
「あんたを生かしておいた理由でしょ!聞いといて勝手に忘れないでよ!」
そういえばそうだった。
「話がずれまくったけど、その巨乳が言った通りよ。あたしはあんたを守らなきゃいけないの。だからあんたは死なないように頑張りなさい。役目を果たせなければ竜人としての恥だからね」
言いたいことは全部言ったようで、アキナはそれっきり何も話さなくなった。
「猶予は一日、明後日には戦争か・・・・・・」
現実味がないけど、アキナの言ったことは恐らく事実。楓さんにも伝えた方がいいだろう。
「ちょっと待ってて。兵士さんに楓さんに報告してくるよう頼んでみる。アキナが開放してもらえるかも一緒に頼んでみるね」
二人に待っていてもらい、部屋を出る。すぐ近くにいた見張りの兵士さんに声を掛けた。
「すいません。ちょっと伝えてもらいたいことがあるんですけど」
「おお、あの少女から一体何を聞いたのですか?」
「あと2日後に竜人族がこの国に攻め入るそうです。彼女は長の娘なので情報の信憑性はあると思います。楓さんに伝えてください。あと、彼女を解放してあげてください。僕の護衛にしたいんです」
兵士さんは少し唸ってから答えを返した。
「分かりました。我が王には責任をもってお伝えいたします。それと竜人族の少女の解放ですが、少し手続きが要りますのでお待ちいただけますか?」
「分かりました。お願いします」
兵士さんは大急ぎで駆けて行った。これで楓さんにも伝わるだろう。部屋に戻ると、アキナとアルカネがおしゃべりをしていた。
「ねえアルカネ。一体何食べたらそんなにおっきくなるの?」
「何食べたらって、食べたいものを好きなだけ食べたらこうなったのよ」
「いいなー。私も早くおっきくなりたいなー。あ、でもそれだったら何で太ってないの?」
「多分魔物と戦うために少し鍛えてるからかしら。食べた分だけ消費していれば大丈夫よ」
「だったら、私もいっぱい食べていっぱい動けば美人になれるの!?」
「多分なれるかもしれないわね。アキナは今のままでも十分可愛いわよ」
「えー!私は可愛いじゃなくて綺麗がいいの!」
さっきは喧嘩していたけど、こうして話しているところを見るとまるで姉妹だ。二人なら仲良くなれるかもしれない。
「お待たせ。開放するのには手続きが要るらしくて、もう少しかかるみたい」
「ちょっと、私はいつまで縛られてたらいいの!?拘束プレイとか興味ないんだけど!」
「仕方ないよ。待っていればそのうち解放されるよ」
拘束プレイとか言われても分からないんですけど。もしかしたらアキナが殺してきた他の異世界人が言った言葉なのかもしれない。それからしばらくの間3人で他愛もない話をしていると、楓さんが部屋に入ってきた。アキナの前に立つと、同じ目線になるようにしゃがみ、アキナと話し始めた。
「お前が竜人族の娘か。名前は何というんだ?」
「・・・・・・アキナよ」
「アキナだな。ではアキナ、お前は本当に和人を守る意思があるか?」
「私の能力、知ってるでしょ?考えてることなんてお見通しよ?」
「なら見通してみろ。俺の考えと今考えていることは全く関係ないぞ?」
「分かったわ。やってやろうじゃない」
そう言ってアキナが楓さんの眼をじっと見る。
「あれ、なんで・・・・・・?思考が読めない・・・・・・」
どうやら本当に読めないようで、アキナが困惑したような声を漏らす。
「どうだ?今俺が考えていることを言ってみろ」
「幸せそうなお花畑が見える。アンタ馬鹿なの?」
「馬鹿ではない。情報を隠蔽しているだけだ」
「そんな、どうやってるのよ!」
「教えるわけがないだろう。さて、質問に戻るぞ。お前は和人を守る意思があるか?」
一呼吸置いてアキナは言い放った。
「当り前じゃない。竜人族の誇りに懸けて誓うわ」
「分かった。少し待っていろ」
楓さんはナイフを取り出すと縄の結び目を切り裂いた。拘束がほどけ、金属の枷だけが残る。楓さんはそれを掴むと力任せに引き千切った。
「ちょ、そんなことできるんですか!?」
「できるからやったのだろう。これは光るだけでただの鉄だ。魔力を込めれば簡単に引き千切れるぞ」
もう相手にするのも馬鹿らしくなってきた。スルーしよう。
解放されたアキナは凝り固まった体をほぐすようにストレッチを始めている。
「楓さん、報告は届きましたか?」
「ああ。すでに諜報部隊からも怪しい動きがあると連絡が来ている。間違いないだろう。済まないが詳しい話は明日にしてくれ。少し忙しくなった」
「分かりました。これまでと同じ時間でいいですか?」
「それでいい。アキナはお前たちの方で何とかしろ」
楓さんは颯爽と戻っていく。始めからアキナは僕たちの方で何とかしようと思っていたので想定内。
「で、私はこれからどうすればいいの?」
「僕たちの宿に来てくれるかな。部屋は一緒になっちゃうけど、それでもいい?」
「構わないわ。早く行きましょ」
僕たちは宿に戻る。新たに増えた、騒がしい少女を引き連れて。宿に戻った後、アキナの分の追加料金を取られることになって、僕の財布が少し軽くなった。後から知ったことだけど、草原で襲撃を受けた時の魔物の魔石がすでに売却されて銀行に預けられているらしい。全部で中金貨数枚と聞いて驚いた。大金持ちだ。なぜかアキナとアルカネが寝る時の僕の隣を取り合っていたけど、一体何だったんだろうか。結局僕が真ん中になり、アキナとアルカネに挟まれる形でその日は眠った。戦争がすぐそこまで迫ってるなんて考えられない。だけど、確かにその日は近づいている。
避けられない戦争まで、あと1日。




