模擬戦
戦闘って、難しい。
「お、終わった・・・・・・」
「よし、これで腕立て伏せは終了とする」
あれから2時間。底を尽きない魔力とアルカネから貰った薬のおかげで14kgの重石(熱湯の入った鉄)を背負いながら腕立て伏せを1000回行うことが出来た。そのため腕は疲れ果てている。それすらも薬のせいで全快しそうなのだから恐ろしい。とにかくお腹が空いた。何か食べたい。空腹のせいで少し意識が薄れるレベルだ。
「さて、これから昼食の時間に」
「待ってましたぁ!」
昼ご飯と聞いて反射的に声を上げる。
「すると言いたい所だが、お前にはもう一つやってもらうことがある」
「んな殺生な!薬のせいでお腹が減ってるんですよ!?」
「そんな事はどうでもいい。俺の知ったことじゃない。おい、アルカネ」
「え、何?」
突然呼び掛けられ驚くアルカネ。
「お前、カズトと勝負しろ」
「「え?」」
突然の台詞に素っ頓狂な声を漏らす僕とアルカネ。僕とアルカネが勝負?どう勝負するんだろうか。
「前に俺とやったような形式でやる。まあ殺し合いだな。アルカネももう体験してるし大丈夫だな」
「あれやるんですか?個人的にはあまりいい思い出が無いんですけど」
「うるせえ、文句を言うな。また腕立て伏せやらせるぞ」
「すいません僕が悪かったですごめんなさい」
この横暴っぷり、面倒くさいね。一度やると言ったら何が何でも続けそうだし、おとなしく従おう。
「私とカズトで殺し合いってことは、またあの結界を使って勝負するの?」
「そうだ。このまま結界を張る。さっさと準備しろ」
「分かったわ。私、剣を取って来るから待ってて」
アルカネは剣を取りに訓練場を出て行った。残された僕はまだぼーっとしている。
「お前も早く準備しろ。邪魔だ」
「邪魔って何ですか。アルカネと勝負するなんて聞いてないですよ」
楓さんは僕の言葉を聞いて呆れたように溜め息をついた。
「ちゃんと人と戦っておかないといざ対人戦だって時に使い物にならんからだろうが。お前はただでさえ殺すことを嫌がる奴だ。先に経験させとかないと成長にならない」
「だからって・・・!」
「お待たせ、カズト」
反論しようとしたところでアルカネが愛用している剣を持って戻って来た。
「結界はもう張ってくれた?」
「いや、まだだ、ちょっと待っててくれ」
楓さんは僕から目線を外すと詠唱を始めた。
「魔力を用いて宣言する、死と破壊を乗り越え黄泉より目覚め続けよ!『輪廻転生』!」
訓練場が薄紫に包まれる。結界が張られた証拠だ。ここまで来たらもうやるしかない。立ち上がってストレッチをしておく。アルカネも剣の素振りを始めた。
「ルールの説明をする。試合は2本先取、先に相手を2回殺した方の勝ちだ。ルールは一つ、飛び道具の禁止だ。それ以外だったら魔法を使おうが問題ない。全力をもって当たれ。後5分後に始める」
どちらも返事をせず、黙々と動く。集中しているのだ。5分なんてあっという間に過ぎる。すぐに時間が来た。
「時間だ。位置につけ」
「よろしくね、カズト」
「うん、よろしく」
右手にアルカネと同じ剣を出す。この剣かなり重いな。今の僕じゃ簡単には持ち上げられない。身体強化を使って構える。
「1本目、始め!」
開始の合図が響く。アルカネも僕も動かない。互いにタイミングを探りあっている状態だ。
「仕方ないわね、こっちから行くわよ」
来る!すぐに剣を構え直す。その瞬間、アルカネの姿が消えた。いや、違う。移動したんだ。僕は勘で剣を右に振った。すぐに反応が返ってくる。金属のぶつかる音と衝撃。ビンゴだ。振り返るとアルカネが悔しそうな顔で後ろに下がっていた。
「あーあ、当たると思ってたんだけどな」
「運が良かっただけだよ」
きっと身体強化で移動速度を上げたんだろう。だったら僕も上げるだけだ。魔力を体に行き渡らせる。後は魔力が切れるまで加速も力押しもできる。
「次は僕の番だ!」
一気にアルカネの懐へ潜り込み、剣を高く振り上げる。
「速い!」
アルカネも身体強化をしていたみたいだけど、僕の方が速かったみたいだ。アルカネは反射的に剣を横にして攻撃を防いできた。そのまま鍔迫り合いになる。しばらくその状態が続くと突然腹に衝撃が来た。仰向けに倒れるときにアルカネの足が見えた。蹴られたのか。躊躇なく剣が突き出される。
「くっそ、『防壁』!」
突き出された剣の軌道に防壁を出現させる。弾かれた一瞬の隙に起き上がり、がら空きの胴体に向けて剣を薙ぐ。アルカネはすぐに離れ、僕に向かって肉薄する。首をめがけて斬撃が飛んでくる。しゃがみこんで躱し、剣を打ち払う。
ガァンッ
弾き飛ばされた剣が地面に刺さる。これでアルカネに武器は無くなった。加速してアルカネを蹴り倒し、剣を振り下ろす。
「『防壁』!」
アルカネが防壁を張り、攻撃を防いできた。しかし、剣が当たると防壁は砕け散った。そのままアルカネの肩を深く切り裂く。
「痛ったあ!」
肩から血を流しながらアルカネが距離を取る。かなり出血量が多いのか、服が赤く染まっていく。
「やってくれるじゃない、カズト。魔力を用いて宣言する、顕現せよ、『火炎』!」
アルカネが魔法を唱えると、傷口を押さえていた手が燃え上がり、傷を焼いていく。
「ああああああああああああああ!!」
痛みに耐え切れず雄叫びにも似た声を上げるアルカネ。その表情は苦痛に歪んでいる。
「そこまでする必要があるの・・・?」
「私は、傷を治す方法を、持ってないから、血を止めるなら、薬を使うか、傷を焼かなきゃいけないの」
アルカネが肩から手を離す。肩の皮膚は焼け爛れ、一部は肉の部分が露出している。だが本来の目的である止血は出来たようだ。弾かれた剣を拾い、構え直す。やはり痛むのだろう、動きはぎこちなく、顔も辛そうだ。
「さあ、来なさい。私は死ぬまで倒れないわよ」
「・・・分かった。僕も全力で向かう」
そこからは正々堂々と、小細工なしの戦いになった。身体強化もない、全力の斬り合い。僕が攻めるとアルカネは守る。アルカネが攻めると僕は守る。高速で振られる剣がぶつかるたびに火花が散る。そうして拮抗したまましばらく剣を重ね続けていたが、途中でアルカネの一撃に耐え切れずに剣を落としてしまった。
「隙あり!」
ここぞとばかりにアルカネが迫る。一つ一つの攻撃が速く、避けるのに精一杯だ。
「くっそお、負けてたまるかよ!」
失敗すれば死ぬ。そのギリギリの状態が神経を研ぎ澄ます。僕はアルカネの動きが読めてきていた。必死に身を捻りながら隙をうかがう。アルカネは縦、横、突き、切り上げの順番で剣を振るう。次は横に切り払うはずだ、ほら来た!
「今だ!」
横に払われた剣をしゃがんで避け、足払いを掛ける。僕が攻勢に出ると思わなかったのか、アルカネは反応せずに転んだ。即座に腕を捻り上げ、剣を蹴り飛ばす。
「ああああああ、離せ!離せえ!」
「黙れ」
耳障りな声だ。腕を離してナイフを出す。確かFPSでは喉と鎖骨の間にナイフを刺していたはずだ。アルカネの首を持ち上げると喉の辺りにナイフを刺した。
「うあ、あぁ」
喉を掻き切られ、声を出せずにいるアルカネ。そこからは止め処なく血が流れる。吹き出す血は噴水の様だ。僕は首からナイフを抜くと背中に何度もナイフを突き立てた。心臓には達していないだろうが傷は浅い。何度も刺さなければ息絶えないだろう。そうして何度も何度も刺す。最初の内は抵抗しようとしていたようだが、やがて女は動かなくなった。死体が光となって消えていく。そして少し離れたところに女の元通りの身体が創られる。残るのは血と殺し合いに使った武器と、手に残る人を殺した感触だけだ。
「っ!!」
しばらくして女が目を覚ました。起き上がって身体を触っている。傷が治っているか確かめているのだろうか。何もないことが分かると大きな溜め息をついた。
「これで一本かあ。今度はやられないからね、カズト!」
女はすぐに立ち上がると剣を拾った。随分と切り替えが早いものだ。俺も転がっている武器を消し、新しい剣を出す。
「二本目、始め!」
女は接近するのを恐れているのか、少し離れた位置から剣で突いてくるだけだ。まどろっこしい。瞬間的に速度を上げ、腹に蹴りを入れる。
「知ってた!」
だが剣でその蹴りは防がれてしまった。読まれていたか。ならば今度はこちらから攻めてやろう。身体強化で力を上げ、ひたすら剣を振る。女は守るのに精一杯のようだ。よし、そのままだ。そのまま防ぎ続けていろ。そのまま数分剣をぶつけ合う。そろそろ油断が出る頃だ。俺は剣を受けながら下がる女の背後に防壁を出現させた。
「えっ、もう壁!?」
突然出現した壁に動揺する女。その油断が命取りだ。剣で防壁ごと女を斬る。だが女は横っ飛びでそれを躱した。
「チッ、まだ避ける余裕があったか」
「そう簡単にやられてたまるもんですか!」
距離を取られる。この飛び道具禁止、結構面倒だな。楽ができない。そんなことを考えているうちに女が接近していた。気配を感じなかったぞ!
「ふんっ!」
バックステップで避けようとしたが、接近され過ぎていたせいで腹に傷を負ってしまった。そのまま尻餅をつく。
「貰った!」
女が勝ち誇った顔で剣を振り下ろそうとした。しかしその剣が俺を切り裂くことはなかった。
「あれ?」
剣は動かなくなっていた。否、剣はおろか、女自体が動けなくなっていた。女の全身には光る壁が纏わりついている。俺が張った防壁だ。もちろん剣も振り下ろせないよう防壁で固めておいた。
「お前は油断した。それが敗因だ」
ナイフでは殺すのに時間がかかる。俺は女の剣と同じものをもう一度出し、左胸に突き立てた。そこには確か心臓があった。剣で抉り、引き抜く。女はもう息をしていなかった。
「勝者、一宮和人!」
女の死体が消えて再び創られている時、王の声が訓練場に木霊した。
ぼーっと立っていると目を覚ましたアルカネがこちらに近寄ってきた。
「すごかったわね、カズト。私の全身に防壁をぴったり出すなんてどうやったの!?」
「う、うん、僕にもよく分からないんだよね。なんだか無意識のうちにやったような感じがする」
「ありがとう!私もいい経験になったわ!」
二回も死んだというのにアルカネはとても元気だ。僕はなんだか疲れている。途中から意識が無いのだ。
気が付いたら模擬戦は終わっていて、僕はただ突っ立っていた。身体はどう動いたかは分かるのに、何をしたのかが全く分からない。どうなっているのだろうか。
「よし、これで今日の訓練は以上だ。昼の時間はとっくに過ぎているが、こちらで昼食を用意した。食べていけ」
「ほんとですか!?」
昼食と聞いてアルカネが歓喜の声を上げる。僕も地獄の訓練でお腹が空いてきた頃だ。あと薬のせい。
「ああ。食い放題だが、食い過ぎて吐くなよ?」
「大丈夫です!そこは何処ですか!?」
「ここを出てまっすぐ行けば使用人がいる。突き当たりだから分かるはずだ」
「分かりました!」
アルカネは高らかに返事をして、僕の首元の襟を掴んだ。
「え」
「行くわよカズト!私お腹が空いて我慢できないの!」
「分かったから、引きずって行かないでってばあぁぁぁぁ!」
身体強化を使ってまで走るアルカネに引きずられ、僕は食事を用意している場所に向かった。
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「全く、騒がしい奴らだ」
食事と聞いたとたん目の色を変えるとは。用意した分を全て食い尽くすんじゃないだろうな。
騒がしい二人組が訓練場を去ると、残るのは俺一人だ。それにしても和人の様子に少し違和感を感じたのは俺だけだろうか。途中から動きが明らかに変わっていた。人を殺したがらないあいつでは出来ない芸当だ。
「失礼いたします」
「む、ニエルか」
背後から低い男の声が聞こえる。こいつはこの国の諜報員の隊長だ。
「何かあったか」
「はっ。竜の里で不穏な様子があるとの情報を入手いたしました」
「その話、詳しく言え」
聞き捨てならない情報だ。つい最近竜の里の巫女が和人を襲撃している。ことによっては面倒なことになりかねないな。
「情報源はどこだ」
「竜の里の民でございます」
「民か。国の情勢が最も反映される所だ。信用しよう。内容は」
「近々、大規模な侵攻作戦があるかもしれないそうです。最近課される労働や税が増え、兵士の巡回も多くなったそうです。兵士からも戦争が起きるかもしれないとの情報があります」
「分かった。引き続き情報を集めろ」
「了解致しました。ではこれにて」
ニエルは音もなく姿を消した。
「これは戦争になるな・・・」
俺の勘がささやいている。これは戦争に発展する。それも、大規模な損害が出る戦争だ。
「今のうちに国に召集をかけておくか・・・」
竜人は力が強く空を飛ぶ面倒な種族だ。万が一国に入られれば大きな被害が出る。この国の兵士たちは皆志願兵だ。死ぬ覚悟を持った奴らだが、無駄な死人は出したくない。対策を立てなければ。
立ち上がり、部屋へと戻る。廊下にはガシャガシャと鎧の音だけが鳴り響いた。
11月の過密スケジュールのせいで忙しすぎるので、次の週はお休みさせて頂きます。申し訳ありません。