埋まらない溝
飛ぶ。ひたすら高く、どこまでも。目指すは雲の上、誰も近寄らない山の頂上にそこはある。
私のふるさと、竜の里。そこは人間に住処を奪われた生き残りたちが暮らす場所。
里の入り口に着き魔力の翼を消すと、門番をしている仲間が駆け寄ってきた。
「お待ちしておりました、アキナ様!」
「ご無事で何よりです!」
「みんなお疲れさま。何事もなかったようね」
「はい。アキナ様はいかがでしたか?」
「今回の人間はこれまでの奴とは違ったわ。この眼で見たけど、嘘も吐かずに素直に目的を話してくれたの。助けたい人がいる、って言っていたから、あいつは生かしておいても大丈夫な奴だと思ったの。だから今回は見逃してきたの」
そう話すと彼等はとても驚いた顔をした。信じられないとでもいうように。
「何故逃がしたのですか!?相手は異世界人ですよ?」
「異世界人はどんな者であろうと殺すべきです!異世界人はこの世界に災厄をもたらします!かつて我々の住処を奪い、仲間を蹂躙したように!」
興奮して捲し立てる仲間達。あまり大声で話すと他の仲間たちに不審に思われてしまう。
「静かにして。あまり騒ぐと怒られるわよ」
「すみません、アキナ様。しかし、なぜそのようなことを?」
「ごめん、あとで話すわ。先に父さんに報告しないと」
「それは失礼いたしました。どうぞ」
道を開けてくれた仲間に礼を言って私は家に向かった。今回の報告はあまり気が進まない。近くに眠っていたグレム達をわざわざ起こしてあの男を襲わせたのに、結局全滅。仕留めなかったうえに見逃したとなれば何を言われるか分かったものではない。家に着き、父さんの部屋へと向かう。
「お父様。ただいま戻りました」
「入れ」
重々しい声が聞こえた。部屋に入ると、厳めしい顔をしてお父さんが座っていた。
「今回の結果を報告しろ」
「夜間に一人になったところをグレム数体で襲撃。例の未知の武器によってグレムは全滅しました。対象を眼で鑑定したところ、今回の異世界人は例の「救世主」のようです。そのため攻撃せずに解放しました」
「ふん、そんなことはどうでもいい。何故殺さなかった。お前ならば容易だったであろう」
私の報告はどうでもいいという風にお父さんは、ガナンは言った。
「昔からのしきたりのはずです。救世主が現れたならば、救世主を補佐し、守れと。私は巫女になるときそう教わりました」
「何故あの老害の言うことを信じる。異世界人は悪だ。災厄だ。呪われし存在だ。すべて殺せと私は教えたはずだが?」
「違う!昔のお父様はそんなことは言わなかった。救世主を待ち、世界を守ってきたではないですか!」
「黙れっっ!!」
怒号が響く。
「もうよい。あと7日だ。あの男の住まう国を攻める。すでに兵の準備は整っている」
「なぜですか!私たちをここへ追いやった人間たちと同じことをするのですか!?」
そんなことはしちゃいけない。あの人間達と同じに成り下がってしまう。なのに父さんは愉快そうに笑っている。
「そんなことを言うのはお前だけだ。若い衆はやっと親の復讐が出来ると息巻いているし、他の民も皆攻めることには同意しているぞ?何を迷っている。異世界人は殺す。それで良いではないか」
「ダメッッ!絶対にダメ!そんなことをしたら世界の滅びにどう耐えるつもり!?」
「そのまま滅べばよい。あのような屑共の力を頼り生き残るくらいならばこの世界ごと滅べばよい」
「何で分かってくれないの!父さんのバカッッ!」
もう話していられなくて、私は部屋から出て行った。そのまま走って自分の部屋に戻り、ベットに飛び込む。話しても理解してもらえなくて、どうしていいのか分からなくなって、自然と涙が流れてきた。
「どうしてこうなっちゃったんだろ・・・」
お父さんは昔はあんなことは言わなかった。殺せとしか言わなくなったのは、谷への進攻があってからだ。
その時に私たち竜人は多くの仲間を失いながらこの山へと逃れた。私のお母さんもその時に異世界人に攫われた。その時の私はまだ子供。お母さんが、友達が、連れ去られる所をただ見ることしか出来なかった。
皆で山に逃げ、1年くらい経ってからそいつらに復讐をしに行った時。攫われた私たちの仲間は皆殺されて、捨てられていた。無造作に。食べ物のゴミを捨てるみたいに。そこにいた仲間たちは怒り狂った。襲ってきた異世界人の顔は皆覚えている。見つけ次第、苦しめながらじっくりと時間をかけて嬲り殺した。
リーダー格は自分の仲間を使って逃げようとしたみたいで、砦の地下で逃げているところをお父さんが捕まえた。殺されていた仲間のことを問い詰めると、「デレなかったから殺した」なんて訳の分からない理由を言って、即殺された。
「お父さんが変わったのはそれからだ・・・」
そんなことがあって、お父さんはおかしくなった。昔は放置していた異世界人を片っ端から殺すようになり、私にも手伝えと言ってきたのだ。私も憎かったから、一緒に異世界人が現れるたびに殺して回った。それが世界を平和にするんだと信じてやまなかった。
でもあるとき、竜人族の巫女になれと、今は死んでしまった長が私に言ったのだ。指定された場所に行くと、そこには先代の巫女がいた。その時、私は教えてもらった。異世界人はこの世界を救う鍵だと、殺してはならないと。
いつか現れる救世主を待ち、そのものを助けよと。それは代々昔からの言い伝えだという。巫女がそれを皆に語り継いでいくのが伝統なのだそうだ。でも今竜人は破滅の道を歩んでいる。お前が食い止めるしか方法はないと、私に頼み込んだ。
「でも私は何もできなかったんだ。お父さんを止めることはできなかった」
首に着けているネックレスを手に取る。これは小さい頃お母さんがくれたものだ。一時期無くしてしまったけど、何事もなかったかのように綺麗な状態で見つかった。これが唯一残っているお母さんの形見だ。
どうしよう。もう引き返せない。里の長であるお父さんの命令は絶対だ。確実に戦争が起きる。私には何が出来る?
部屋に閉じこもっていても仕方がないと思い、里の市場に向かった。なんだか警備する兵士たちが多い気がする。アルトノリアが攻めてくるのを警戒しているのだろうか。それともお父さんの命令で戦争の準備でもしているのだろうか。目を合わせないようにして里の雑貨屋に行くと、よく来る商人が来ていた。
「おお、アキナさんではないですか」
「今日は何を持ってきたの?」
「いつもの食材と、木材を工芸品を少しですね」
この人は谷に暮らしていたころから付き合いのある人だ。今でもこうしてわざわざ危険な道を通ってまで商品を持ってきてくれる。工芸品は、里でも結構人気だ。
「なんだか見回りをしている兵士が多い気がしましたけど、何かあったのですか?」
「私には分からないわ。でも嫌な気がするの。なんだかみんなピリピリしてるし」
「それもそうですね。私も早いとこ退散したほうがいいでしょうか」
「その方がいいわ。帰り道も気を付けてね」
「どうもありがとうございます。アキナさんもお気を付けて」
顔なじみの商人はそういうとさっさと雑貨屋を出て行った。私も果物を買って外へ出る。里のみんなは本当はどう思っているのかな。聞いてみよう。近くにいた若い親子に話しかけた。
「そこのあなた、ちょっといい?」
「アキナ様ではないですか!一体私にどのようなご用なのですか?」
「ちょっと聞かせて欲しいの。お父さんは何かお触れを出した?」
お触れと聞いた瞬間、女性の顔が嫌そうに歪んだ。
「7日後に人の里を攻める、というお触れですね」
「それについて、あなたはどう思うの?」
「・・・止めて欲しいと思っています。争いは争いを、憎しみは憎しみを生むだけです。恐らく報復が繰り返され、少なくない死者が出ます。何故攻める必要があるのでしょうか・・・・・・」
やっぱり。普通は戦争には反対なんだ。民のみんなが賛成って言うのは嘘だ。
「それが聞ければ十分だわ。ありがとう」
「私でお力になれたなら幸いです。アキナ様もお気を付けて」
次は巡回している若い兵士に話しかける。
「ちょっといい?」
「アキナ様ですか。どうしましたか?」
「人の里を攻める、ってお触れについてあなたはどう思うの?」
「私は賛成です。私の母も父もあの卑劣な人間たちに殺されました。こうして再び敵を討つ事が出来るなんて願ってもない事ですよ」
こっちは本当、か。若者は嬉々とした様子で話した。市民は反対、兵や若いのは賛成。見事に分裂している。このままで大丈夫なのだろうか。
「もちろんアキナ様も侵攻には参加されますよね!」
兵士の若者が期待した眼差しで見てくる。
「私は巫女だから参加できるかわからないけど、考えておくわ」
「そうですか!期待していますよ!」
「わかったわ。じゃあ」
言葉を濁して私はその場を去った。あんなの、聞いていられない。いったん里の外へ出よう。入り口へ向かい、兵士に会釈して山の中腹に向かった。
そこには飛んで行けば数分もかからないところだ。
ここからは広い森と、あのお人好しの居る国がギリギリ見える。近くの岩に座り込み、買ってきた果物をかじった。
戦争が起こることを、伝えに行った方がいいだろうか。私達の仲間を誰も死なせたくないし、あのお人好しを殺させてはいけない。あいつは「救世主」だ。あいつが死ねばこの世界はそう遠くないうちに滅ぶ。そう私の眼が教えてくれた。
「やっぱり伝えなきゃ。誰も死なせない為に」
果物をしまい、私は再び空へ舞い上がった。
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「・・・使えない娘だ」
乱暴に閉められた扉を見やる。いらない損害を出し、挙句の果てに異世界人を見逃すとは、まったくもって使えない。そろそろ潮時か。
「私は妻を殺したあの人間を許さない。同胞を殺した人間を許さない。同じ異世界人を私は許さない。すべてを憎み、呪ってやる」
さて、戦の準備をしよう。あの国は兵の質がとても高い。入念に準備をしなければ。
「待っていろ、屑ども。一人残らず殺してやる」
一人の竜人の怨恨は止まらない。




