目覚め
誰かの声が聞こえる。真っ暗な世界で僕は一人で立っている。その声はエコーみたいに反響してくる。
聞き覚えがあるけど、ぼーっとした頭じゃよくわからない。よく耳を澄ますとやっと聞こえてきた。
「早く目を覚まして・・・カズト・・・」
アルカネだ。アルカネの声だ。声を頼りに手探りで進む。反響しているせいでどこから聞こえるのか分からない。しばらく彷徨うと遠くに光が見えた。あった、あそこだ。走っても走っても光は近づいてこない。遠いのかな。身体強化は使えないのか?魔力を使おうとしたけど、だめだった。そもそもここには魔力がないみたいだ。ひたすら走る。途中で休んだりして、ひたすらに走る。どれくらい走ったか分からなくなる頃、やっと光が近づいてきた。力を振り絞って走り、光の中に飛び込んだ。
「ぁぁ・・・・・・」
喉からそんな声が漏れた。目を開けるとそこは部屋。視界には木の天井が広がっている。草原ではない。
誰か運んでくれたのか、ベットの上に寝かされていた。取りあえず体を起こそうとしたが、
「痛ってえ!」
体中に激痛が走った。あの時体の欠損やケガ類はあらかた直してくれたので、筋肉痛か何かだろう。あれ、手が握られてる。かなり長い間握っていたのか汗をかいている。そこに目をやるとアルカネが僕の手を握りながら、ベットにうつ伏せになりながら寝ていた。肩に毛布が掛けられているから、きっと僕が起きるのを待っていてそのまま寝てしまったのだろう。
「ん・・・」
アルカネがぴくっと動く。目が覚めたのだろう。眠そうに目をこすりながら体を起こしている。少ししてこっちを見てきた。僕を見ると驚いているのか手で口を押さえている。
「ごめん。心配かけたね」
「カズトぉぉ!!」
アルカネが突然勢いよく抱き付いてきた。ぎゅーっと、がっちりと両腕でホールドしてきた。筋肉痛のせいで全身が痛いし、胸が押し付けられている状態だ。色々ヤバいので早急に離れてほしいんだけど、全然離れてくれない。腕でしっかりと押さえつけられている。本当に心配したんだな。きっと色んな人に迷惑をかけた。ちゃんと謝らないと。
「ごめん。本当にごめん。こんな状態になっちゃって。戻って来るって約束、破っちゃった」
「バカぁっ!戻って来なくて、宿にいたら爆発した音が聞こえて、心配になって、兵士長達と探しに行ったら血だらけで倒れてて、本当に心配したんだから!」
泣きながら話すアルカネ。謝りながら頭を撫でる。少し続けるとちょっとづつ泣き止んできた。アルカネが顔を上げる。真っ赤になった目はまだウルウルしている。
「アルカネが助けてくれたの?」
「ううん、私は何もしてない。一緒に来てくれた兵士達が運んでくれたわ」
「そうか。それからどれくらい経った?」
「もう5日経ったわ」
「5日!?」
寝すぎだよ僕。そんなに経ったら誰だって心配するに決まってる。
「ずっと一緒にいて、カズトは目を覚ましてくれなくて、もう起きないんじゃないかって」
アルカネはまた泣き出してしまった。頭を撫でてアルカネが泣き止むのを待っていると、看護師さんみたいな人が戸を開けて入ってきた。
「あら、意識が回復しましたか。体調はどうですか?何か痛いところなどは?」
「痛いところなら全身ですね。体調は特に大丈夫です。あと、お腹が空きますね」
「分かりました。ただいま食事を持ってきますね」
看護師さんは手に持っていたボードにメモをして部屋を出て行った。
「私もお腹が空いたわね。何か食べて来るわ」
泣き虫モードから立ち直ったアルカネが部屋を出ようとした。
「ちょっと待って、出来ればここに居てほしいんだけど」
呼び止めると不思議そうな声で聞き返された。
「何で?」
アルカネが首を傾げる。
「一緒にいてくれた方が安心するんだ。それにきっとさっきの看護婦さんは食事を2人分持ってきてくれると思うよ」
「そういえばさっきの看護婦さん、私に食事を持ってきてくれた人だったわね」
「もしかして5日間ずっとここで付き添ってくれてたの?」
「トイレ以外はずっと。そんなご飯も食べてないからほとんどここに居たわ」
それはすまないことをした。食べることが大好きなアルカネがご飯をあまり食べてないなんて。申し訳ない気持ちを膨らませていると、2人分の食事を持ってきた看護師さんと白衣を着た女性が入ってきた。
「やっと起きたか、少年」
「すいません、ご迷惑をお掛けしました」
「気にすんな、あんたみたいなバカを助けるのがあたしらの仕事だ。とりあえず飯食え、飯。話はそれからだ」
「はい、アルカネさんとカズトさんの分ですよ」
手渡された食事はおかゆとサンドイッチ。量は結構あったのだけど物足りない。アルカネも同じみたいだ。
「ハハハハハッ、そんなんじゃ足りねえだろ。ほら、肉でも食え」
白衣の女性は大きめのポケットから干し肉?を投げてきた。手のひらサイズでカチカチに固まってる。半分に分けようとしたら硬くて裂くことが出来ない。
「どうした、ちょっと寄越せ」
女性は僕から干し肉を取り上げると、ポケットからナイフを取り出して半分に切った。
「ほらよ。女にも食わせようとしたんだろ?おい、粥をもう2人に一杯持って来い。そのままじゃ塩気が強すぎる」
「分かりました。ただいま持ってきます」
「試しに食ってみるか?とても食えたもんじゃないぞ?」
女性は切った干し肉を手渡しながら言った。興味が沸いてきたので試しに食べてみよう。端っこを軽くかじってみたら、口の中に表現できない位の塩気が広がった。堪らず口から出す。
「な、食えたもんじゃないだろ?肉のしょっぱさと塩のしょっぱさが一緒にくるんだよ。スープとか汁物に入れればうまくなるから、粥が来るまで待ってな」
しばらく待つと再びお粥が運ばれてきた。受け取って干し肉を入れる。ふやけるのを待って、食べてみる。
「美味しい」
「だろ?一緒に肉の旨味も出てくれるんだ。他にもたくさんあるぞ」
そう言って同じポケットから違う干し肉を出してきた。色や大きさ、見た目まで違うたくさんの干し肉が勢ぞろいだ。何でこんなに持ち歩いてるんだろうか。
「干し肉が好きなんですか?」
「ああ。大好きさ!保存食として持ち歩けて、人間にとって必要な塩分をほんの少しで補給できる!スープに入れれば肉と塩の旨味が引き出されて美味くなる!何より酒のつまみになる!こんなに素晴らしい食料は他にないぞ!」
干し肉を両手に抱えて力説する女性。
「先生、大量の干し肉をここに持ち込まないでください。今渡した分は大丈夫ですが、それ以上はダメです。持ち込んでいいのは2切れまでと行ったではないですか」
「別にいいじゃないか、これぐらい。人に食わせる分だって持ち歩きたいんだよ。もっと干し肉の素晴らしさを伝えなきゃいけないんだ」
「はあ・・・。もういいです。とりあえず、お二人は食べてしまってください。食べ終わり次第、いくつか質問をさせていただきます」
「わ、分かりました」
促されるままに僕たちは干し肉を入れたお粥を食べた。さっきのはご飯の甘味が出ていたけど、今のお粥は塩気と肉の旨味が溶け出したお粥だった。今度作ってみよう。
「よし、食べ終わったな。じゃあ質問タイムだ。準備はいいかい?」
「OKです」
「1つ目。誰に襲撃された?」
「誰、ですか」
「ああ。お前の近くに沢山の魔物の死体があったと報告を受けている。最初はそいつらの仕業かと思ったが、お前の体から違うやつの魔力の残滓が検知された。恐らくそいつに襲われた後に治してもらったんだろう。そいつを教えてほしい」
言ってもいいのだろうか。口止めはされてないけど、話して良い情報なのか。
「あんたの話すことは防衛のために使われる情報だ。相手が分からなきゃ攻め込まれたときに対策が取れない。頼む」
僕が迷っているのを感じたのか、女性が頭を下げた。
「分かりました。襲撃してきたのは竜の里の巫女、と言ってました。赤く光る翼を持ってました」
「竜人か・・・。分かった、次の質問だ。魔物達の死体を検分したところ、沢山の金属片が通った痕があった。だが体内に留まっているはずの金属片とやらがどこにも見当たらない。調査兵達が知りたがっている。どんな武器を使ったんだ?カラクリが知りたい」
「それは言えません。戦いにおいてそれは重要な情報です。それに説明しても理解される可能性は低いですよ」
「そうか。分かった。じゃあ私からの質問は以上だ。済まなかったな」
女性はあっさりと引き下がり、部屋を出て行った。
「次は私からです」
看護師さんがボードに何か書きながら話しかけてきた。
「体調は大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「まだ痛いところなどはありますか?」
「全身が筋肉痛みたいな感じがします」
「筋肉痛ですか。それでしたら2,3日で確実に完治できますね。長期間寝ていたせいで筋肉が衰えていますので、無理のない範囲で運動をしてくださいね。それではお大事に」
看護師さんが出ていくと、また眠気が襲ってきた。多分お粥を食べたせいだ。5日間何も食べてなかったしなあ。考えている間にも眠気は増していく。
「ごめんアルカネ、もっかい寝る・・・」
「分かったわ。ゆっくり休んでね。私はここに居るから」
「ありがと、アルカネ・・・」
意識は再び閉ざされる。でもさっきの干し肉の女性、医者の人だったのかな?
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「聞いて来たぜ、王様さん」
「済まないな。わざわざ出向いてもらって」
「そんな言葉があんたの口から出て来るなんて驚きだよ」
「ここは治療院だ。静かにしろ。院長のお前が騒いでどうする」
「おっと、失礼」
治療院の一室。そこで話す二人の人影。白衣を着た女と鎧を着込んだ男の風貌はなかなかにミスマッチな光景だ。
「で、どうだった。何を話してくれたんだ?」
「聞いて驚け、襲撃してきたのは竜人、あの竜の里だ。そこの巫女が来たんだってよ」
「やはりか・・・。想像はしていたが厄介だな」
「向こうはいつも通りなんだろうけど。うちらの期待の星は潰させないってことを伝えなきゃね」
「戦争だけは回避しなきゃならん」
「へえ、戦闘好きのあんたが言うなんて相当ビビってるのかい?」
女はおちょくるようにおどけて言った。それに対して男は真面目な口調で言い返した。
「相手は竜人だ。竜人は身体能力が高い。ここの兵士達では耐えるのでもギリギリだろう。その巫女を使って長を思いとどまらせるのが今のところ最善だな」
「あんたも忙しいね。ここの治療院は回復魔法を使える子がいなくて薬が足りなくなってきてるんだよ。何とかならないかい?」
「分かったよ。それはこっちで何とかする。薬しか用意できないがそれでいいか?」
「文句なしだ。宿屋の一人娘が来てくれれば大助かりなんだけどね」
「やめておけ、あの娘は宿を継ぐ気満々だぞ?」
「それもそうだね。じゃあ薬品の手配、よろしく頼むよ、王様」
「ああ、任せておけ」
男が出て行くと、女は椅子に腰かけて溜め息をついた。
「あの王様も厄介な子を引き込んだね。さあて、私は私の仕事をしますか!」
威勢のいい声を出して、女も部屋を出て行く。知らない所で、物事は動き出す。
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次も来週の2時に投稿予定です。




