抱いた想い
部屋に着くとカズトをベットに寝かせる。これでもう大丈夫だ。
「はあ、お風呂の時間逃しちゃったなあ。もうそろそろ男達の時間だもんね。どうしようか」
カズトのことで頭がいっぱいいっぱいだったが、お風呂に入ることをすっかり忘れていた。今から行ってもゆっくり湯船に浸かる暇は無いだろう。
「急いで体だけでも洗ってこようかな」
さすがに汗をかきっぱなしなのは嫌だ。汗だけでも流してこよう。私は着替えを持って風呂場へ走り出した。
到着したときには後20分くらい。湯船には浸かれそうだ。服を脱いで風呂場に入る。
「大きい湯船ね。気持ちよさそうだわ」
お風呂は想像していた通りで大きい木の浴槽に湯が張られたものだ。美肌効果のあると言われるお湯にはたくさんの女性たちが所狭しと浸かっている。何人かのぼせているようだが大丈夫なのだろうか。気にしている時間ももったいないので、手早く体と髪を洗い、湯船に入った。
「あぁ、気持ちいい・・・」
疲れた体に温かいお湯が染みわたる。美容うんぬんの前に気持ちよすぎる。早く上がらないといつまでも湯船に浸かってしまいそうだ。私はずっと入っていたい気持ちを抑えながら風呂から出た。
髪を乾かして部屋に戻る。カズトはぐっすり眠っている。
「カズトとどうやって出会ったんだっけ…」
今思い返せば変わった出会い方だった。私が家に帰る途中、突然叫び声がしたかと思えば見たことの無い服を着た男の人が走って来たのだ。しかも、目の前で倒れてしまったので家にそのまま運んだりと大変だった。次の日に、違う世界から来たと言われたときは少し驚いたが、それを嘘だとは思えなかった。トワ、という子を話していたときのカズトの目が真剣そのものだったからだ。
それから、剣と魔法の使い方を教えた時も飲み込みがとても早かった。私にはもう勝てるくらいの強さをカズトは2,3日で身につけていた。それは魔物の襲撃で実証された。詠唱をせずに魔法を使い、見たことの無い道具で魔物を撃ち抜いた。あの時は死を覚悟したが、私はカズトに助けられた。本当は怖くて今すぐにでもカズトに泣き付きたかったのだけど、恥ずかしくて出来なかった。
極めつけは荷車だ。何で抱き付いちゃったんだろう。何度思い返しても恥ずかしくて顔が赤くなる。あの時は昔の事を夢で見ていた。何度も見る、見たくない夢。でもカズトが背中を撫でてくれたときは夢を見なかったのだ。目が覚めたときはとんでもない状況に頭が付いて行かなかったが、「何かあったら力になるよ」と言われてとても嬉しかった。
「カズトは優しいね」
小さな声でカズトに話しかける。寝ているのだから当然返事はない。
「・・・ちょっとくらい、甘えてもいいよね?」
カズトの寝ているベットに潜り込み、カズトの手を握る。するとカズトは手を握り返してきた。ああ、やっぱり安心する。
「ありがとう、カズト」
私はそのまま眠りへと落ちていった。
私はまだ、『恋』という言葉を知らないーーー




