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スーツを着た会社員や私服の大学生などが僕の横をぶつかりそうになりながら、通り過ぎていく。革靴やハイヒールが鳴らす音や話し声、アナウンスなどが混じり合って、都会特有のノイズが僕を不快にさせる。少し前までは気にも留めなかったのに。
そう、ここは東京。僕が高校卒業までお世話になった街だ。僕は久しぶりにこの東京に帰省している。久しぶりと言っても、4か月ぶりと言ったところだろうか。東京から離れ、長い月日が経ったわけでもないのにどこか懐かしさを覚えてしまう。知らない間に何もかもが変わってしまったということはないが、この都心において全く変わらずにはいられない。
例えば、あの角のドーナツ屋。あそこは昔、クリームパン屋だったはずだ。そんな風に小さなところから少しずつ少しずつ世界は変化していき、街は僕のことを忘れ去ってしまうのだろう。なんだか、切なく思えてくる。
なぜ、こんな駅の改札にいるのか。特に理由はない。別に誰かと待ち合わせをしている訳でもない。なんとなく、帰省しているのだから、東京の空気を味わいたくなり、今ここにいる。ただ、僕は4か月という短い月日だが北海道にいたおかげで北海道の時間の流れに慣れてしまっていた。東京の時間の流れについていけていない。
だから、自分の時間の流れを僕の中にだけでも作るために、肩掛けからウォークマンを取り出し、イヤホンを耳に押し込んだ。再生ボタンを押し、目を閉じる。周囲の環境に似合わず、ゆったりとした音楽が流れてきた。イヤホンのノイズキャンセリング機能のおかげで駅の雑踏が耳に入ってこなくなる。ただ、音楽だけが耳元のスピーカーから聞こえる。このゆったりとした曲調が僕の心を落ち着かせた。何度聞いても美しい歌声だ。
突然、ズボンのポケットの中で震えが起こった。携帯のバイブレーションだ。
このようなときに僕に連絡をくれる人なんていない。誰だろうか。そう思いながらも、とりあえず携帯を取り出し、画面を確認する。
「今、帰ってきているの?」
彼からの連絡だった。僕が東京に戻ってきているかということだろう。急の連絡だったので僕は驚いた。この東京にいるタイミングで、一人で東京の空気を味わっているタイミングで連絡がきたので僕はまるで彼に監視されているような気がした。顔を上げて、周囲を見渡すが、彼のような人は見当たらない。再び視線を携帯の画面に移し、早速返事を書いた。
「今、東京にいるよ。」
「じゃあ、今度会おう!」
また、すぐに返事が返ってきた。彼はこういうメールの返信に関してはものすごいマメである。
「わかった。空いている日を教えて。」
僕も携帯を開いていたのですぐに返事を返した。すぐに返事が来るだろうと思い、携帯電話を開き、返事を待つ。なかなか返事が来ない。もう少し待とうと思い、何気なく、メールの受信ボックスの中を振り返って見ていく。彼からの連絡がやはり多い。僕が北海道に引っ越してからというもの、彼は僕にマメに連絡をくれていた。新しい土地で、知り合いも誰もおらず、寂しい思いをしてきた僕にとっては非常にありがたかった。
僕はいい友達を持った。
本気でそう思った。彼とはいわゆる生涯の友となるのだろうな。そんなことを考えていたが、一向に返信は来ない。いつもそんなにすぐに返事ができるわけではない。当たり前のことだ。そう思い、携帯電話を閉じてズボンのポケットにしまう。
再び、耳元から流れる音楽に集中し、目を閉じた。
何を思ったかわからない。ふと僕は目を開けた。周囲に何かを感じたわけでもなく、今までの流れに何か変化が起きたわけでもなかった。耳元から流れる曲が変わって二曲目のサビを過ぎたあたりだった。そして、何の気なしに僕は周囲を見渡した。相変わらず忙しそうに皆歩いて僕の前を通り過ぎていく。視線を左から右へ移動させていると何人かと目が合った。そのうち大体の人はすぐに僕と目をそらす。そんな中に一人だけ目をそらさない人がいた。その人から僕は視線を感じた。もう一度、僕はその視線の方向を向く。
白のTシャツにミニスカートをはいた彼女がそこを歩いていた。心臓の鼓動が急激に加速する。こっちのほうへ近づいてくる。お互いに視線は外さない。
僕の頭の中では彼女との思い出が走馬灯のようにフラッシュバックされていた。彼女との出会いもデートも再会もそして別れも…。それでもお互いに視線は外さなかった。僕は耐えきれずに視線を外し、彼女に声をかけようかかけまいか考える。そしてもう一度僕は彼女のいるはずの方向を向いた。彼女は歩を緩めていない。先ほど見たときには気づかなかったが、彼女の隣に男性がいることにやっと僕は気づいた。僕は彼女の目をもう一度見る。彼女は僕と一瞬視線を合わせてから、すぐに僕の目から視線をそらした。僕も彼女のほうを見ることをやめる。僕は声をかけようかと考えることもやめた。なにもかも考えることもやめた。耳元から流れてくる静かな音楽でさえもやけに騒がしく感じられた。
「Her soul slides away, but we do’t look back in anger I heard you say.」
僕はポケットの中に入っているウォークマンを取り出し、一時停止ボタンを押す。今まで聞こえなかった雑踏が耳に一気に入ってきた。その無秩序な音の中、僕は静かに頷いた。
そう、それでいい。彼女も僕もお互いにもう縛ることはないほうがいい。もう、僕たちは赤の他人に等しいのだから。相手に干渉なんてしないほうがいい。それはもちろん僕らが過ごしてきた過去や思い出は残るだろう。しかし、それはあくまで思い出で今の僕らの足かせとなってはいけないものだ。
そう頭の中で発言し、主張し、もう一度僕は頷いた。
そして、僕はその場を去り、家に帰ることにした。彼女のために。そして生涯の友のために
これでこの物語は完結です。
最後までお読みくださった皆様、お付き合いいただきありがとうございます。
これは書きたいもの、やってみたいことを色々チャレンジした作品で大分読者からすると読みにくい文章だったかと思います。
本当にありがとうございました。
しばらくお休みしてからまた新しい作品を書きたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。




