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つくづく私の日常は不変であり普遍である。ファンタジーのような劇的な変化どころか、鳥の糞に当たることさえもない。不変かつ普遍こそ平和の表れであるが、それが続けば平和を通り越し、退屈となる。そんな退屈の日々に変化をもたらしてくれたのが彼であった。それがいいか悪いかは別だが。
彼にはずっと思い続けている女性がいた。私から見ると美しさの際立った女性には思えなかった。むしろ、彼女の友人の方が美しいと言えるだろう。彼は好みが少し人と変わっていた。しかし、不思議なことだがテレビなどに出てくる女性の好みはほぼ私と同じなのである。私がいいなと思っている女性は大概彼も気にしていた。さて、彼の好きな女性の話であるが、彼女は清楚と言えば清楚なのだがどちらかというと明るい女性という部類が的確であろう。よくある女子特有の群れのリーダー的存在でいじめなどの世間の言う悪事も行っていた。そんな彼女にどうして彼が惹かれたのか私には理解できない。彼自身もなぜかわからないと言っていた。ただ、彼女が話すとその周囲に光を放つ、そういった存在であったそうだ。しかし、これは私に限ることかもしれないが、他人が好きだということを聞くとなぜだろうか、今まで気にも留めていなかった彼女の存在をどこか意識するようになってしまう私がいた。言い訳をしておくが、それは好きという感情ではなく、あくまで気になるという感情である。
まあ、話を戻そう。
彼が彼女と出会ったのは彼の通っている習い事であった。彼は中学の時は合気道部に所属しており、高校になって受験勉強が忙しくなるということで高校に入るときに部活を辞め、週一回近所の道場に通うようになった。そこで彼は彼女と知り合ったのだという。知り合ったとき、彼はその道場に通い始めてから半年が過ぎ、やっとその道場の流派の合気道が板についてきた頃であった。その頃に彼女は合気道の初心者としてその道場に入門したのである。そして道場の師範が気を利かせたのか、単に同年代同士の方がやりやすいと考えたのか不明であるが、彼女の指導役にいつも彼を選んだ。まあ、彼が合気道経験者であるという点から、上手に彼女に技を教えることができたということもあるのだろうが…。そうして関わっていくうちに彼は彼女のことが好きになってしまったのだそうだ。そういう意味では師範のお陰でもある。そのように彼が好きになっていった彼女であるが、実は私と同じ塾に通っており、しかも同じクラスであることが後に判明する。それまで私は塾のクラスでの彼女をただの話し声の大きな女子としか認識していなかった。もっと率直に言うとうるさい女子と思っていた。休み時間になると彼女はクラス全体に響き渡るほどの大きな声で彼女の友人たちと会話していた。つまり、私の彼女に対する印象はあまり良いものではなかった。だからこそ、彼の好きな人が彼女であると聞いたとき、私は耳を疑ったのである。
月日を重ね、師範の思惑通りか天の定めかわからないが、二人は仲良くなっていった。まあ、彼によるとその道場には同年代の人が彼女ぐらいしかいないため、話す機会が多かったのだそうだ。まあ、自然なことだろう。恋というものに酔わされた彼は心の底から幸せそうであった。私がいくらからかっても暖簾に腕押し、彼はただただ終始笑顔であった。私はそんな彼のことを妬ましく、また、憎くさえ思った。特にこの憎らしい彼の様子が加速したのは彼が彼女のメールアドレスを知ったときであった。彼はあまり携帯を触らない人であったが、しきりにメールを確認するようになった。あまりにも幸せそうで私は彼が彼女と付き合いはじめたのかとさえ思った。彼は恋に関しては純粋であった。
一方、私は彼の好きな人が同じ塾にいることを知り塾での居心地が悪くなった。彼女は彼の友人である私と友達にならなければならないという義務に課せられているがごとく、私の方を向いて話しかけてこようとするのだ。それは私だって男だ。女性に興味がないわけではない。しかし、彼女と友達になってはいけない、そんな気がした。それは何というのだろうか、けじめという言葉が正しいのだろうか。そのため授業の始まる直前に塾に着くように向かい、休み時間が来るとすぐに寝て、授業が終わると質問があってもすぐに帰るようにした。今振り返ると私の行動は異常である。しかし、それが彼との関係を保つためだと思っていた。
ある日、そんな努力も水の泡となった。私はその日、塾に物を置き忘れてしまったのである。それに気が付いたのが帰り道の途中であったので、仕方なく私は塾に戻った。夜道を塾の生徒たちの流れと逆に歩いていくのはどことなく惨めな、物寂しい感じがした。
路上を見下ろし、ぼんやりと塾へ向かって歩いていると私の名前を呼ぶ人がいた。聞きなれているが、知らない声であった。何もない路上から視線を移すと、ポニーテールの女子が何かを持った手を振りながらこちらに向かって走ってきた。思わず、私は歩みを止めた。よく見ると彼女だった。思えば、確かにさっきの声は彼女の声であった。私は突然のことで何も発する言葉が思い付かなかった。彼女はそんな私の状態に気づかなかったのだろうか、何も変わらずいつもの友人と話しているように私に話しかけてきた。どうやら彼女は私の忘れ物に気づき、私のためにここまで持ってきてくれたようだった。忘れ物を私に渡し、二人で帰ろうと誘ってきた。ここまで来て断るという選択肢があるはずはなかった。 こうして初めて私は彼女と二人で帰ることになったわけである。男子校という女性のいない環境に置かれている私にとって女性との会話は小学校以来のことであった。
何を話していいのかもわからず、彼女の切り出す話に反応し、聞いてきた質問に答えるだけであった。最初、彼女は彼の話を始めた。話を聞いているとどうやら彼女の前の彼と私の前の彼は違うらしいということが分かった。私には彼女と話す彼の姿が想像できなかった。そして、彼女は彼のことを私以上に知っていた。普段私は彼とよく話をするが、彼は自分自身についてはあまり多くを語らない人であった。であるから、彼の趣味なども私はそんなに知らない。
私が曖昧に返事をしていると、話題がなくなったのか彼女はふと会話をやめて、空を見上げた。時は夜であった。彼女の視線の先には私が今まで気にも止めなかった満月が寒々しく浮かんでいた。都会の明かりに負けじとばかりに白々と私たちを照らす冬の月であった。彼女の様子はまるで月の美しさに酔っているようであった。今時の女子高生らしからぬその振る舞いに私は驚いて、彼女のそんな様子を見つめてしまった。彼女の皮膚は月のせいだろうか空の満月のごとく白々としていた。そんな白々とした顔に浮かぶ目の横にあるほくろはその白々しさの完全さを失わせ、現実味を帯びていた。そして、月を見とれる瞳は月の光を反射し、私の方へ光を届けているようであった。人はこんな表情を見せることができるのか。今までこんなにまじまじと彼女を見たことがなかった私は何か隠されていた彼女を見てしまったような優越感と罪悪感の狭間にいた。我にかえった彼女は謝りながら私の方へ視線を向けてきた。今までの印象とは全く別の彼女がそこに形成されていた。思わず私は目を反らし、歩みを進めた。
それからは何もなく、普通の会話をして家へ帰ったのだが、そのときも終始月を眺めるあの彼女の姿が思い出された。彼に今日のことを伝えようか迷ったが伝えないことにした。そのほうがいい気がしたのだ。
それからというもの私は塾で彼女と度々話すようになってしまった。しかも、私と彼女はどこか似ていた。趣味もそうだが物の考え方であったり、持論であったりと何かにつけて私と彼女は話が合った。私はこのような人に会ったことが今までなかった。
私の好きな曲名をタイトルに小説を書きました。「舞姫」の影響を少し受けています。つたない文章ですがよろしくお願いします。




