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12/3(木)

 校内三号棟の二階の西側から数えて二部屋目、そこが所属するゼミの研究室がある。日の光が差し難く、この時期は暖房をつけてもなかなか温まらない。しかも大学というものは研究施設を必要とし、この学校も例にもれなく田舎、というわけではないが、そこそこの僻地にある。ゆえに雪深い。電車が雪で止まるくらいに。つまり何が言いたいかというと、ただひたすらに寒い。だから個人用の暖房をつけ、研究室のケトルでお湯を沸かした後、そのお湯を注いで作ったカップ焼きそばをすすりながらパソコン画面をボケッと見る…これぞ至福のひと時、家でも出来るが、この研究室というシチュエーションは学生の内にしか出来ない。

「おっす、入るぞ」

 廊下に人の気配を感じる前にドアが開いた。こいつは俺が何かを食べているといつも決まって研究室の前を通りすぎる…わけでもなく必ず入ってくる。別に一緒に飯を食うわけでもなく、スナック菓子をつまみ食いするわけでもなく。そして決まってこう続ける。

「また食ってんのか」

「お前がいつも食っている時に来てるだけ」

 何十回目のやり取りだろう、これもあと数か月で終わると思うと若干寂しくもある。Bが研究室内の回転いすを持ってきて横に座り、画面を覗いたのち、苦笑いした。

「…お前も本当に好きだな、なんていうか、好みが本当わかりやすい」

「そうか?」

「あぁ、いやもうなんていうか、気持ち悪いよ、本当に」

「…ほっとけよ」

 画面には黒髪、ショートの、ストレートな女の子の画像大量に並んでいた。これは別に盗撮したものではなく、これまでネットで集めた画像というわけでもなく、ネットの画像検索で『黒髪 ショート ストレート』と検索したら出てきたページを見ているだけだった。

「大体さ、おかしいと思わないか?」

「俺は今お前に対してその感情を猛烈に感じている」

「大学生になった途端大学デビューだか何だか知らねーけどさ、高校時代は皆スポーティーだったりボーイッシュだったのがいきなり髪を伸ばして、巻いたり色を付けて自らダメージを与える…俺はこの先の日本の女性の髪事情を憂いでいるよ、うん」

「俺はお前のその性癖を憂いでいるよ」

「しかも今は冬、髪の短い女の子は季節限定で絶滅危惧種になりつつある。いくら今えんぺらが流行っているからって、それはあんまりだ」

「寒いからな、いくらファッションは気温に関係ないとはいえ、気温に合ったファッションくらいしていいだろ…てか何、えんぺら?皇帝?」

「それエンペラーな。しらねーの?ほら、マフラー巻く時、髪が内側になるようになるじゃん?その時こう、髪がフワってなるじゃん?三角形の角を丸くしたような感じ。あれがイカの三角の部分に似るじゃん?そこがえんぺらって言うからえんぺら」

「へぇ、知らなかった、それ一般常識?」

「いや、ネット常識」

「…さすがネットの住人」

「馬鹿にしてんのか?」

「いやある種尊敬の眼差しで見る事にした」

「…ありがとう…ともかく、ショートカットが大量発生する夏に戻りたい!」

「じゃあもう一年学生生活過ごすか?」

「別に学生時代中でって話はしてないだろ…あ」

 Bとショートカット談義していたら気付かなかった、いつの間にか教授が研究室に入って来ていた。コートを着て鞄を持って、もう明らかに帰り支度を済ませ、すぐにでも校舎を出ようというような恰好をしている。

「い、いやぁ…就職先も決まってるんで勘弁して下さい」

「学生でいるうちの方が、お前の好きなショートカットの女の子を眺めている時間が長そうだろう?…まぁいいや、帰るぞー、研究室居るんなら研究するか論文まとめるか発表会の準備しろよー」

「はは…お疲れしたー」

「お疲れ様でしたー」

「いや、お前も自分の事やれよー」

「…はい」

 そう言って教授は帰って行った。あの緩い感じが良さの一つだと思う。

「…さて、俺もそろそろ帰る、お前は?」

「いや、もう少し残るわ…論文書かねば」

 そう言ってブラウザをデュアルディスプレイのうち、もう一画面の方に移し、論文のファイルを開いた。今は二十時半、腹も膨れ、若干眠くはあるものの、これからという時間だ。「やる気あるんならブラウザ閉じろよ。まぁいいや、お先…あ、噂のエンペラーにちょっかい掛けながら帰ろうかな」

「えんぺらだって、確かに性格強くて帝王みたいだけど…」

「その強気なところがいいんじゃないか、お前はわかってないなぁ」

「あぁはいはい、わかったから…お前は話し出すと長いからな、やめてくれ」

「…おい、ここに鏡か鈍器は無いか?」

「…ねーよ、じゃあな」

「…お疲れー」

 そうしてBは帰って行った。愛しの君が所属するゼミの研究室はこの部屋から見て東へ二部屋目、間の部屋は準備室もとい空き部屋になるから、実質研究室は隣になる。Bは俺にちょっかいをかけつつ、愛しの君、Cがいる研究室に勝手に入って行き、ちょっかいという名の漫才を繰り広げ、そして満足して帰るのを日課としている。Bはちょっかいをかける程好意を持っているが、Cは好意を持っているのだろうか。

「…Cはセミロングだったな」

Cは世間的に見ると美人といわれる部類だ。ただ所謂お節介おばちゃんみたいな奴で、正直好みじゃない。同じ研究室にいるDに至ってはロングだったよな…本当、今の時期、ショートカットは絶滅危惧種だなぁ。

 あれこれ研究の事以外を考えて、肝心の論文が全然進んでいない事に気付く。時刻はすでに二十一時、テレビ的にも俺の脳みそ的にもゴールデンタイムに突入した。Bの言うとおりブラウザを閉じようとし、その前にもう一度画像を一通り見て和んだ。そしてふと思う。

「…本当、病的だよな…どうしてこうなったんだろう」

 そしてブラウザを閉じた。さぁ、論文だ。

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