大便器殺人事件後日談
入学式が執り行われたのは事件から三日経ってからだった。
僕は登校初日に関わらず二度目の登校の中、先日の事件の結果を思い出していた。
宮中先輩の推理から二日後、猪原さんから事後報告という形で電話を受けた。
ざっくばらんではあるが、その内容から宮中先輩の推理で誤っていた点は二つ。
一つは氷を作ったの場所がバイト先の大型冷凍庫。二つ目は氷の保存は仲の良い友人を通して、事前に学校の冷凍庫に入れておいた事だった。
その些細な点以外は全て的中していて、度肝を抜かされたが、それ以上に驚かせたことがあった。
それは猪原さんは最後に自虐めいたような口振りで「犯人を特定したのも、結局は宮中さんだったよ」
その報告は予想もしていなかった。
三日という短い期間で桜の花は大分減っていた。その移り変わりが、宮中先輩と離れていた期間を長く感じさせる。
犯人探しも同行したかったな……。
僕が勝手にワトソンを気取っていただけだが、ホームズの単独行動は僕がワトソンでないことを突きつけられたようで、何とも言えない。
言いようにできない気持ちを抱えながらロータリーを進む。昇降口に入って人集りを掻き分けてクラス発表を確認して、指定された四階の教室へ向かう。
中学より少し教室が広いな。
中に入ってそんな事を感じ、黒板に書かれた座席表通り席に着く。
「おはよう」
「あ、おはよーー」
不意にかけられた挨拶に反射的に目を向け、ぼくは絶句する。
「ーーこの前は大変だったねぇ。あの後よく寝れたぁ?」
そこにあるはずのない宮中先輩の姿があった。
僕は頭が真白になって、彼女のそんな質問などまるで頭に入らない。
「何で宮中先輩が?」
「ええっ?連絡先とか聞いてなかったからぁ、直接会う他なかったしねぇ。心配してたんだよぉ」
「いや、でもここは……」
周囲の視線が僕たち二人に集まっていることに気付き、僕は宮中先輩に廊下に出て話すことを提案する。そして、僕たちは廊下に出た。
「いやねぇ、ついでに勧誘でもしようかなぁと思ってねぇ」
「勧誘ですか?」
幾人かの生徒が、僕たちを興味深そうに見ているのが気になる。
「えぇ、私ミステリー研究部っていう、特に活動のない部活に入っているのぉ。毎年一人二人しか部員が来ないからねぇ、早めに勧誘しないとってぇ」
「ミステリー研究部、ですか?」
宮中先輩は微笑んで頷く。
名探偵が所属しているミス研か……。作家のいる文芸部みたいなものか、敷居高いな。
しかし願っても無い機会だ。これを逃せば宮中先輩との接点は消えてしまうかもしれない。
「ええ、すぐに見学しに行きます」
「やったぁ。じゃ、今日は無理だろうから、明日からだねぇ」
宮中先輩は喜びのあまりか、僕の手を強引に取って嬉しそうに降った。
その暖かな感覚と柔らかな感触、そしてこれから教室を共にする生徒の好奇の目線に頭がこんがらがる。
「じゃぁ、これ連絡先ねぇ」
宮中先輩は僕に名刺を見せるや否や、そのまま背を向けて廊下を走り去っていった。
その突飛な行動に反応することもできず、その姿を見送った。
「いやー青春だねぇ、色男」
教室から一人の男子生徒が僕に近付き、肩を軽く叩いた。
「いやいや、茶化さないでくれ」
僕はその手を振り払い、彼をじっと見た。
中性的な外見をしていて、髪を伸ばせば女子の制服も違和感ないだろう。
男子でここまで色白だと、病弱を匂わせる。
「俺は青塚良。嬉しいことに白岡君の隣の席さ」
「そうなのか、よろしく。白岡祐樹だ」
「胸ポケットになんか入ってるよ?」
僕は胸ポケットに手を伸ばし、それを確認する。
赤園探偵事務所。宮中朱美。と書かれている名刺。それは他でもない宮中先輩の名刺で、さっき見せてきた名刺だった。
先輩手品もできるのか……。
何だか呆れ笑いが漏れる。
「そろそろ時間だし戻ろうか」
「ああ、そうだな」
僕たちは教室に入ると黄色い声が飛び交った。
「人気者だな、色男」
青塚は茶化すように笑う。
幸先が良いのか悪いのか。僕はそれでも良い気分に浸りながら、ため息を漏らした。