大便器殺人事件解決編その2
宮中先輩は教卓の前で頬を一回、軽く叩いてから言葉を紡いだ。
「犯人が何故ここまで用意周到に犯行を行ったのか?これは一つは犯人像を自分から遠くするためです。時刻が早朝で場所が学校の男子トイレ、殺人による遺体。犯人像は男性で絞りませんか?特に教師を疑うと思います。特に当直の教師を」
その説明に猪原さんは納得したように頷いた。現にそうだったのだろう。
「ではその手順を説明します。先ほどの手順で殺されたのなら、その遺体は男子便器で殺されたものと大差ありません。
三年三組からあの男子トイレまで三メートル、七十キロ程度の遺体を抱えても渡るのは難しくないですね。最悪、机に乗せてから机を引きずれば問題はないです。
運んでから奥から二番目の個室に遺体を運び、頭を便器に突っ込ませます。そこで必要なのは大きな氷です」
「氷?」
「氷だと!?」
僕と猪原さんはほとんど同時に驚きの声を上げた。
「そうです。犯人が一番恐れていたのは、日をまたがずに遺体を発見される事です。そこで氷を使って、誰かが個室を使っていると思いこます必要があったのです。
「白岡君、遺体を発見した時、他の個室はどうなっていましたか?」
「え?えっと……特に何も……」
何度思い出しても何度考えても、遺体があった以外変わっている点はない。
「異変がないと言えるのは、扉が全て空いていたからではないですか?
女子トイレもそうなんですけど、この学校の個室のトイレは鍵が掛かっていないと開きっぱなしなんです。
逆を言えば、開いてなければ誰か入っていて押さえているか、鍵が掛かっているかです。この学校で過ごしている人なら、それは考えなくてもわかることです」
「氷を置いてドアを閉めたってことか?」
猪原さんは食い気味に訊ね、宮中先輩は首肯して答える。
「昨日は始業式ですから、氷の持ち運ぶための嘘は限定されますね。
私が考えるに部活の道具とか新入生歓迎会に使う道具とか理由を付けて、クーラーボックスでも持っていったのだと考えます。
それか、当日早くから部室などに置いていたのかもしれません」
宮中先輩はそこでお茶を一口飲み、舌で唇を潤わせた。
そんな些細な仕草が色っぽく感じる。
「氷のサイズは長さ三十センチ幅は六十センチもあれば、上手いこと開かないようにできます。要望があれば後で実践しましょう。
加えて氷であれば溶けてなくなりますし、水が残っても違和感がありません。現にトイレでは妙に水が残ってましたから、上手くいけば学校の水道水ではないことがわかるかもしれません。
氷であれば少し湿らせた布を当てれば取手になります。それを個室の外から動かすことで設置は容易、それを剥がすことも容易です。
氷が溶けると上手いこと開きます。全開ではないようですが、発見時の状態の出来上がりです。加えるなら、現場以外の個室に氷を忍ばせていますね。そうして現場を目立たなくさせています。
常温で放置すれば三時間程度で溶けます。十六時までに置ければ見回りの時には溶けて、扉が開きます」
「用意周到ってもんじゃないな……」
猪原さんの呟きに僕は内心同意した。後半は彼女の言っていることが理解できなくなっていた。
「そうですか?用意する物はでかい氷と数個の氷、それを入れる保冷性の容器だけです。バケツのようなものは学校にありますし、あとはポンプがあれば楽なくらいです」
「いや、氷の準備が難しいだろ?」
「いえいえ、家庭用の冷蔵庫についてる冷凍室で作れます。冷凍室の枠を外せば対角線で六十センチ確保できるでしょう。氷の枠は必要ですが、言うほど難しくありません。時間はあったでしょうから。
そして六十センチというのはざっとですし、最大の採寸ですから、実採寸はもう少し小さいと思います」
饒舌に語る宮中先輩を見て、その説明が事実であるかのように思えてきた。
「以上で説明は終わりです。わからない点があれば、質問して下さい」
「何故犯人が三年三組だと?」
「殺人現場が三組であったのと加えて、殺人に至る動機を考えた結果です。……が、正直自信がありません。三年生である確率がいいとこ八割って感じです。犯人像は被害者と交流の深い女生徒で、おそらく三年生で漫画研究部に在籍している方です。一番楽なのは、昨日大荷物であった女生徒を見つける事ですね」
「何か具体的なーー物的証拠はないのか?」
そこでようやく宮中先輩の言葉は詰まった。そして少しはがゆそうに、「現時点ではありません」
「ただ、先程伝えた教室の染み、トイレのタイルにある水分がそれに代わる可能性があります」
「まぁ、結果を待つとしますか」
猪原さんは後頭部を掻きむしりながら立ち上がり、「それではお先に失礼」と教室を出ていった。
そこで気が抜けたのか、宮中先輩は膝をついて座り腕を枕にして教卓に突っ伏した。
僕は彼女の元に向かい「お疲れ様です」と一言告げる。
「氷を使ったトリックっていつ気付いたんですか?」
「えっとねぇ、女子トイレはタイルが乾いていたのにぃ、男子トイレはところどころ濡れてたんだよねぇ」
ああ、言われてみればそうだ。清掃の後かと思ってたけど、違ったのか……。
「でも一番はぁ、トイレで殺されていないのにトイレで殺されていないと変、って状況から考えた結果かな」
「すごいですね」
思わず小学生のような感想が漏れる。すごいの一言に尽きる。
「どうせぇ今日の入学式は中止だろうなぁ……」
宮中先輩は顔を上げて窓を見つめている。つられて見ると、華やかに咲く桜が風に仰がれて花びらを舞わせている。
「入学式日和なのになぁ……」
そして視線は僕に移り、ニコリと微笑んだ。
「色々あったけどぉ、こんな中登校できたのは白岡君だけだよぉ?よかったね」
「アハハ、そうですね」
良くは、なかったけど。
でも良いか悪いかはさて置き、今日の体験は一生忘れないだろう。
それから僕たちは警察官に声を掛けられ、パトカーで各々帰宅する事となった。
パトカーに乗るのはこれが最初て最後であって欲しい。僕はそんな事を思い、帰宅した。
あれこれと訊ねる母と妹に煩わしさを覚えたが、実際の名探偵を語るのは冒険譚を語る様で楽しかった。
結果良ければすべて良し、そんな言葉を胸に僕はこの事件を締めくくった。
解決編は一編に抑える予定でしたが、いざ表記させてみると長く、読みづらいと判断しました。
変にページを変えてしまい、申し訳ありませんでした。
今後ともよろしくお願いします。