大便器殺人事件解決編1
「初めて私の推理を聞く白岡君に言っておくけど、私はフィクションの探偵みたいに回りくどい推理は嫌いです。だから、結論から言います」
推理を始めた宮中先輩の雰囲気は今までと違って、静やかで大人びている。
そう感じたのは彼女の喋り方が、間延びしていなくて、やや早口になったからだろうか。
「犯人は漫画研究部に在籍している、もしくは漫画研究部に関係のある三年三組の女子生徒です。もし該当しなければ三年生で調べてください。
次に殺人方法です。殺害現場は三年三組で、バケツなどの水を溜められるものへ頭を押し込むで溺死させたのでしょう。この際使われた水はトイレから汲んだものです。動機は男女関係のもつれと考えーー」
クシュン!
「ーーます……」
「……おい、これ渡してやってくれ」
僕の隣に座る猪原さんはミニボトルのお茶を僕に渡し、顎で彼女を指した。
強面の癖に気が利く人だ。
そんな考えが読まれたのか、「アイツは早く喋ると喉が渇いて、喉が渇くとクシャミするんだよ」と言い訳をする。
その様子に微笑ましいものを感じ、僕はそのボトルを受け取った。
「宮中先輩、お茶です」
僕は教卓まで向かい、彼女にボトルを渡した。
「ありがとうございます」と言って、彼女は一気に半分ほど飲み干してから「では、続けますね。……次は手順を説明します」
僕は席に戻り宮中先輩の推理を待つ。
「今までの前提から、被害者と容疑者は男女の関係があったと考えます。そしてその関係は彼は俗に言う二股、犯人は恨みを募らせていたのでしょう。
まず事前にバケツか何かでトイレの水を汲んで用意しておきます。犯人はそこに頭をつけて土下座する様に言ったのです。
勿論そんな屈辱的な事を簡単にするとは思えません。しかし、彼はするしかなかった。
彼と付き合っている彼女の父は、そこそこの政治家のはずです。犯人が自殺するとか何とかと脅せして、土下座を促した。
そして被害者が土下座をしている内に、彼の首根っこを抑え、溺死させた」
「ここまでで質問はありますか?」宮中先輩はそう問いかけると、お茶で喉を湿らせた。
「何故現場が三年三組だと?」
隣の猪原さんが苦い顔で訊ねた。
「理由は二点あります。
一点目は三年三組の床に湿った跡があるからです。鑑識の方々をそちらへ向かわせてください。トイレの水と成分が合うはずです。また、運が良ければ被害者の剥がれた爪が見つかります。
二点目は彼はトイレで殺されたはずがないからです。彼の剥がれた爪が無いのはさて置き、彼の爪先は流血していたと判断されているのに、その痕跡がまるでありません。現在の鑑識を相手に流血を隠蔽する事が難しいというのは、猪原さんならわかりますよね?」
「……今から鑑識を呼んでいいか?」
「どうぞお構いなく。……ふぅ。では一旦休憩にしましょうかぁ。私はぁお茶を貰ってきますねぇ」
休憩となって気が抜けたのか、途端宮中先輩の語尾が伸びる。なんだか不思議な人だ。
「僕も付いていきます」
隣で強い語調で通話する猪原さんを傍目に、僕は逃げるように宮中先輩へ駆け寄った。
「付いていくって言っても、保健室から余ったお茶をもらいに行くだけだよ?」
「いいんです。僕も喉渇いちゃって」
僕たちは廊下に出て、保健室まで歩く。
隣で歩く宮中先輩は推理を話す宮中先輩とはまるで違った、優しくて柔らかい印象である。
「それにしても驚きましたよ。宮中先輩ってあんなにキビキビ喋れるんですね」
「それぇ、ちょっと失礼だよぉ」
宮中先輩は少しだけ頬膨らませてから、アハハと笑った。
保健室の扉をノックして中に入ると、中にいる人の視線が僕たちへ一斉に集まった。
そして誰もが何かを訊ねたそうな表情をしているが、質問は飛んでこなかった。
「お茶貰いますねぇ」
宮中先輩は机に放ってあるミニボトルのお茶を二つ手に取り、近くの警察官に訊ねる。
「どうぞ、お持ちください!」と警察官は敬礼をして許可した。
そんな様子から宮中先輩の貢献度が伺える。
「ではお疲れ様ですぅ!」と宮中先輩は敬礼してから保健室を出ていった。
どうしたもんかと思いながら、僕は「失礼します」と頭を下げてから保健室を出る。
「はい、どうぞぉ」
「あぁ、ありがとうございます」
先に出た宮中先輩から渡されたお茶を手に取り、僕はその場で一口飲む。今までの緊張のせいか、喉は大分渇いていた。
僕たちはそれからすぐに教室に戻る。中では待ち兼ねた様子の猪原さんが「続きを頼みます」と宮中先輩を急かした。
「はい、では第二部を始めましょうかぁ」
宮中先輩は教卓へ。僕は先ほどまで座っていた席に着いた。
教壇に立った宮中先輩は一つ大きく深呼吸をしてから「第二部はアリバイ工作編です!」と鋭く告げた。