話し合いの末の罰
それから私は度々夫と話し合った。
これからの事をどうするか。自分達の気持ちも、子供達の将来も。
「お前はそいつと一緒になりたいんだろう? なら離婚しかないよな……」
少しやつれた様な夫がそう呟いた。
「……申し訳ないと思っています。ただ、直ぐには彼とどうなるとかはなくて……」
「相手の奥さんの事? いい加減だな。随分と」
「色々あるみたいなんだ……」
「お前はそれでいいのかよ? いつまでも中途半端なままで」
「向こうの問題だしね……」
「お前はお人好し過ぎるんだか、何だか分からないな」
「……そうだね」
呆れた感じでそう述べる夫に、苦笑いでかえした。
「親権は? 当然お前か……。養育費は払うよ。……あーあ。こんな事になるなんて、出会った頃は思わなかったなぁ。一緒に仕事してた頃は楽しかったし」
不意に見せた何とも言えない顔を見て、私も夫と出会った頃を思い出していた。
同じ会社の同じ部署。新人だった私を支えてくれたり、時には叱ってくれた優しい人。
先輩なのに人懐こい感じで、いつも笑顔でいてくれた。
好きになった人。結婚したいと思った人。
それなのに、私は何をしてしまったのだろうか……。
「そんな顔するな。自分で決めた事だろ? お前はそいつに惹かれたんだろ? 惨めになるからそんな顔するなよ」
俯く私にかけられるのは優しい言葉。
私を包んでくれる大きな存在。
今更ながらに思い知らされるとは……。なんて醜いんだろう。私って。なんて愚か者なのだろう……。
湊君を好きだと思って。その気持ちを抑え切れないのに。ふとした瞬間思うのは、夫の存在の大きさ。
「子供達を頼むな。あんまり会えなくなるけど、父親は俺だ」
その瞬間涙がとめどなく溢れた。自分の愚かさが情けない。声を殺しても漏れてくる嗚咽を止められない。
「何故泣く? 泣くくらいなら始めから俺の手を離すな。 泣くくらいならよそ見するな。 人の気持ちなんて簡単じゃないんだよ。 生半可な気持ちでいると、取り返しがつかなくなる。 お前だって解ってるだろう……」
胸に突き刺さる言葉に、やっぱり泣き止む事はできなかった。
理解していた筈なのに。こうなる事は覚悟していた事なのに。あの人の手を離したくないって思ったのは本当なのに……。どうしてこの人はこんなに優しいの?なじって、罵倒された方がよっぽど良かったよ。
「泣き止みなさい。 これから色んな事が待ってるんだ。 いちいち泣いてなんかいられない……」
優しい声。暖かな眼差し。この人は何でこんなに優しいの?
「ごめんなさい。 もう泣かない。 貴方はいつもそうなのね? 何故そんなに優しいの?」
上司に叱られた時も、先輩から嫌がらせされた時も、こうやって慰めてくれた。
「優しくなんてないよ。 お前が好きなだけだ。 裏切られたのに、簡単には嫌いになれない情けない男だよ。 人の気持ちなんてそんな物だろ?」
「私を嫌いになってくれた方がいいよ。 軽蔑してくれた方が……」
「そんな事できない。 そうした方がお前にとって楽なんだろうけど。 そんなもんじゃないだろ? 過ごした時間を考えれば分かる」
「過ごした時間……?」
「どれだけの時間を一緒に過ごした? 楽しい事ばかりじゃなかったが、苦しいばかりでもなかった。 子供に恵まれ色々変わっても、根本的には変わらないよ」
ああ、本当に何て人なのだろう。この人は……。だから結婚したんだ。
「とにかく、だ。 離婚の手続きは任せる。 後の事はまた連絡するから」
そう言って夫は今まで話していたカフェを出た。
私は一人になり、今まで夫が座っていた場所をじっと見つめ、ため息をついた。
私って本物のバカだ。
呟く言葉は周りの声にかき消され、またポロリ、涙が頬をつたった。
湊君の手を離したくないのは本当だ。でも私の掴んだ手は湊君でなく、夫の手だった。
醜い自分に嫌気がさして、やっぱりこれも罰なんだと思った。