私の気持ち
私は考えた。凄く凄く悩んで考えて。
でもやっぱり裏切れない気持ちと、それでも離したくないあの手の狭間で、真剣に悩んだ……。
「ママ大丈夫?」
息子と娘の言葉に我に返り、「大丈夫よ。なんでもないよ……」
なるべく笑顔で答えたが、ちゃんと笑えているだろうか。
「何か具合でも悪いのか?」
夫の言葉にハッとした。
「何だろうね。風邪ひいたかな?」
誤魔化す様にリビングから寝室へと向かった。
まずい。本当にどうしたらいいのだろうか……。このままじゃ何もかもが中途半端じゃないか。
そんな事は分かっているけど、結局答えなど出ないまま出せぬまま、数週間が過ぎた。
『もしもし? 今大丈夫?』
ある日湊君から電話がかかってきた。
『あ……。うん』
何となく話しづらいな。
『考えてくれた? 俺もあれからずっと考えてた。でもやっぱりお前を諦め切れない。自分勝手だし、無茶苦茶なのは分かってるよ。
ただ、お前を諦めたら一生後悔する。あいつともそれとなく話しをしてるんだ。元々価値観の違いとかあって、最近上手くいってなかったけど、離婚となると仕事に支障をきたすとか言っててさ。何だそれ? って感じで話して……。色々話してるうちに、離婚したくない理由がそれなんだなって思ってさ……』
『ーー好きじゃないって事……?」
『……分からない。ただ前程の感情はないかなぁ。子供居ないし、あんまり話す事ないしね』
『夫婦でいる意味がないって言ってるの?』
『確かに夫婦じゃなくて友達みたいになってきてるな。お前と居るほうが安心するし』
『湊君……』
『お前は俺と違ってきちんと家庭を持ってるし、子供も居る。旦那とも仲悪くないみたいだし……。それでも。……それでも離したくないんだ』
そう言われたら、心が揺れるじゃない。尚更揺れて分からなくなるじゃない。
私達の関係はいけない事なのに、そう思えなくなる。
『取り敢えず考えて欲しい。本気で』
そう言って電話を切った。
湊君の気持ちは本当の本当で、私だって湊君と一緒にいられたらって思うよ。
でも現実はきっと許してくれないだろう。
何度も何度もそう自分に言い聞かせる。
「あなた……、ちょっとお話があるんだけど……」
ある日の夜、子供達を寝かせた後。私は意を決して夫に全てを話す覚悟を決めた。
きっと責められるだろう。罵られるだろう。
だけどいつまでも悩んでいられない。
はっきり言ってこの先どうなるかなど分からない。
けれどこのままじゃダメだ。
「話しって何? 子供達の事?」
寝室のベッドに座った私は、向かいの椅子に夫を座らせた。
「突然で本当に申し訳ありません。私……ずっと貴方に黙ってた事があるの」
キョトンと私を見つめる夫の目を真っ直ぐ見据え……。
「好きな人がいるの」
はっきりとした口調でそう言った。
「本当にごめんなさい……。家族を裏切ってるって分かってる。許されないって事も……。でも、好きな人がいるの」
余りの衝撃だったのか、暫く夫は口を開けず呆然としていた。
私は俯き夫の言葉を待った。
「それって、誰?」
「……前に付き合ってた人」
「最近出かけてたのって、そいつと会う為? て言うか、いつから……?」
私は包み隠す事なく話した。同窓会の後から二人で会っていた事。彼と離れたくない気持ちがある事も。
「離婚したいって事? 子供達はどうするつもりだ? いや、別れたいと思っているのか?
そいつと一緒になりたいって?」
「自分でも分からない。だけど本当に申し訳ないと思っています……。ごめんなさい」
「分からないって……。じゃあどうするんだ? 此処を出て行くのか?」
「……このまま貴方と一緒に暮らせないよね? こんな私と一緒に今まで通り暮らせないよね? 他の人に気持ちがあるのに、家族としてなんて暮らせないよ……」
涙が溢れて止まらない。こんな自分勝手な話しをしておいて、泣くなんてあり得ないのに。涙が止まらない。
何の涙なのか分からず、私はただ泣いた。
暫くして 「取り敢えず実家に帰れよ……。子供達連れて……」
悲痛な声を振り絞り、夫が呟いた。
私は頷くしかなかった。
”離婚”の二文字が頭に浮かぶ。
夫は悪くないのだ。悪いのは私……。
数日後、母に全て話し子供達を連れて実家に帰った。
有り難いのは子供達の生活圏が変わらず、幼稚園を移らなくて良い事と、パパと別れて暮らす事が余り理解していなのか、仕事の都合と言ったら納得してくれた事。
実家に帰り、私はまた色々考えた。これからの事、湊君との事。もちろん子供達を優先に……。
「旦那さんと別居したんだ?」
「うん……。全て話してね。離婚まではまだ話してないよ」
「そっか……。俺も話したよ。離婚したいって」
「そうなんだ……。何て言ってた?」
「仕事に支障でるってだけかな? あんまり納得してない」
「仕事かぁ……。奥さんそんなにいいポストにいるんだ?」
「まぁね……。お偉いさんとの懇親会とかによく行くから……」
「私は……平凡だよ? 何も持ってないよ?」
「そんなの要らないよ。ただ側に居てくれたら、それでいいんだ……」
湊君と会ってこれからの事を話した。私達のこれからの事を。
だけどまだ踏み切れない気持ちが私の中にある。これでいいのか、このまま湊君の手を取っていいのかって。
今更なんだけど……。
子供達が寂しがり始めたのもあるんだ。パパに会いたいって泣かれた。
それが私の気持ちを困惑させる。
でも、こんな私をきっと夫は許さないだろう。家族としてなんて無理だ。
私の気持ちも揺らいでいるのに……。
「とにかくお互い相手とよく話し合おう」
湊君への気持ちは確かに変わらない。でも現実が押し寄せる。
私は何処に行くのだろう……。
ぼんやり考えた。
「迷いがある?」
「分からないの……。湊君と一緒に居たいけど、子供達を考えると分からなくなるの。色々考えると、ね」
「分かるよ。その気持ち……。だけど何度も言う通りだから……」
「うん……」
結局話は堂々巡りで終わった。
ただ。もう戻れない事だけは確かな事実で。
これから進む道も平坦ではない。
それはきっと罪を犯した罰の一つであろう事はよく分かった。