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あの日にかえりたい。  作者: 七草せり
4/12

季節は巡っても

湊君とは多くて月に一回、少なくても二カ月に一度は会う様になった。


あの日から私達は秘密の関係になってしまったのだ。

いや……、なってしまった。のではない。二人が望んだ結果と言えばいいのだろうか。


どちらにせよ、世間的には間違った関係なのだが……。


けれどあの時どうしてもあの手を離せなかった。付き合っていた頃に離してしまった手を、もう一度離す事はできなかった。



「ただいま。今日は疲れたよ。ご飯何?」


「お疲れ様。今日は肉じゃがとアジのフライだよ」



帰宅した夫と普通にやり取りをする。

申し訳ない気持ちを抑え、夕飯をテーブルに並べた。


「今日は何か暑かったなぁ……。ビールある?」


「あ、 ごめんね。今出す」


ビールを冷蔵庫から出し、コップを夫に手渡した。


「一緒に飲む?」


「ううん。今日は止めておくよ」


「そっか。……」



日常の何気ない夫婦の会話も、何処か夢現に思えるのは、地に足が着いていないからだろう。


浮かれいる訳ではない。寧ろその逆だ。


恵まれた家庭を敢えて壊す様な事をしている自分勝手な私に、何も知らずいつも通り振舞う夫への後ろめたさが付いてまわる。


けれどやっぱりそれとは裏腹の私もいる。



「子供達はもう寝た?」


「うん、 ぐっすり」


「最近まともに顔見れないなぁ……。残念だよ」


「仕事なんだし仕方ないよ」


「今度纏めて休み取ろうかなぁ……」



そんな夫の優しさも、醜い私は何処か他人ごとの様に受け流した。




『今度いつ会える?』


『来週火曜日かな?』


秘密のメールは夫が寝てから。シンとしたリビングのソファーに座り、電気も付けずに行う。



咎める自分も勿論いる。どうにもならない事を続けても、ゴールなんかある訳ない。


頭では理解しているつもりだ。

けれど一度繋いだ手は、中々離れない……。


季節が巡っても、小さな嘘を積み重ねていた。



「久しぶりだね。最近変わった事ない?」


「何もないよ。そっちは? 仕事忙しいんでしょ?」


平日の昼下がり、少し離れた街の一件のカフェで、湊君と会っていた。


最近仕事が忙しい様で、久しぶりの再会。


コーヒーを飲みながら、他愛のない会話をする。

それでも、嬉しいと思う私がいた。



「中々会えないよね。ちょっと寂しいかな……」


「何言ってるの……」



あの頃の思い出にただ浸りたいだけなのかも知れない。

出来なかった事をやりたいだけかも知れない。

だけど二人でただ会うだけなのに、満たされていく私の想い。

嬉しくて、楽しくて。でも虚しさも現実に存在する。


「何処か行きたい所ある?」


「え?」


「たまにはちょっと遠くに行かないかなと思って。あ、 勿論日帰りだし、 遅くならない様にするし……」


「嬉しい……。あ、 でもいきなりは難しいから、 前以て言ってくれたら予定合わせるよ」


「良かった。たまには二人でのんびりしたかったからさ。予定分かったら連絡するよ」


「うん」



こんな時、私達が普通のカップルならいいのにと思ってしまう。何の弊害もなく、堂々と手を繋いで歩けたらと。


欲張りだ。私……。


それでも、彼を独占できたらいいのにと思ってしまう。醜い心は毒に侵される。



ひどい妻、ひどい母親。

今更ながらに胸が詰まる……。



「またメールする」


手を振って彼を見送った。

私もまた日常に戻る。


束の間の夢。これは現実ではないのに。

嘘を重ね、いい訳を並べても……。

夢を見たいと願う。


どうにもならない私と彼。行き着く先は何処にもない。


グルグルとそんな事を考えながら、日々を過ごす。


優しい夫、可愛い子供。これ以上ない幸せな家族。

それでも。私はかつて恋した人とまた恋をする。


矛盾した二つの日常。

それでもやっぱり。彼の手を離せない……。


彼もまた矛盾した中に居るのだろう。

私達のこれからを考えているのだろうか。

或いは別の事を考えているのか……。



お互い何も言わないまま、それでも二人手を繋ぐ。温もりを分け合う様に。

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