季節は巡っても
湊君とは多くて月に一回、少なくても二カ月に一度は会う様になった。
あの日から私達は秘密の関係になってしまったのだ。
いや……、なってしまった。のではない。二人が望んだ結果と言えばいいのだろうか。
どちらにせよ、世間的には間違った関係なのだが……。
けれどあの時どうしてもあの手を離せなかった。付き合っていた頃に離してしまった手を、もう一度離す事はできなかった。
「ただいま。今日は疲れたよ。ご飯何?」
「お疲れ様。今日は肉じゃがとアジのフライだよ」
帰宅した夫と普通にやり取りをする。
申し訳ない気持ちを抑え、夕飯をテーブルに並べた。
「今日は何か暑かったなぁ……。ビールある?」
「あ、 ごめんね。今出す」
ビールを冷蔵庫から出し、コップを夫に手渡した。
「一緒に飲む?」
「ううん。今日は止めておくよ」
「そっか。……」
日常の何気ない夫婦の会話も、何処か夢現に思えるのは、地に足が着いていないからだろう。
浮かれいる訳ではない。寧ろその逆だ。
恵まれた家庭を敢えて壊す様な事をしている自分勝手な私に、何も知らずいつも通り振舞う夫への後ろめたさが付いてまわる。
けれどやっぱりそれとは裏腹の私もいる。
「子供達はもう寝た?」
「うん、 ぐっすり」
「最近まともに顔見れないなぁ……。残念だよ」
「仕事なんだし仕方ないよ」
「今度纏めて休み取ろうかなぁ……」
そんな夫の優しさも、醜い私は何処か他人ごとの様に受け流した。
『今度いつ会える?』
『来週火曜日かな?』
秘密のメールは夫が寝てから。シンとしたリビングのソファーに座り、電気も付けずに行う。
咎める自分も勿論いる。どうにもならない事を続けても、ゴールなんかある訳ない。
頭では理解しているつもりだ。
けれど一度繋いだ手は、中々離れない……。
季節が巡っても、小さな嘘を積み重ねていた。
「久しぶりだね。最近変わった事ない?」
「何もないよ。そっちは? 仕事忙しいんでしょ?」
平日の昼下がり、少し離れた街の一件のカフェで、湊君と会っていた。
最近仕事が忙しい様で、久しぶりの再会。
コーヒーを飲みながら、他愛のない会話をする。
それでも、嬉しいと思う私がいた。
「中々会えないよね。ちょっと寂しいかな……」
「何言ってるの……」
あの頃の思い出にただ浸りたいだけなのかも知れない。
出来なかった事をやりたいだけかも知れない。
だけど二人でただ会うだけなのに、満たされていく私の想い。
嬉しくて、楽しくて。でも虚しさも現実に存在する。
「何処か行きたい所ある?」
「え?」
「たまにはちょっと遠くに行かないかなと思って。あ、 勿論日帰りだし、 遅くならない様にするし……」
「嬉しい……。あ、 でもいきなりは難しいから、 前以て言ってくれたら予定合わせるよ」
「良かった。たまには二人でのんびりしたかったからさ。予定分かったら連絡するよ」
「うん」
こんな時、私達が普通のカップルならいいのにと思ってしまう。何の弊害もなく、堂々と手を繋いで歩けたらと。
欲張りだ。私……。
それでも、彼を独占できたらいいのにと思ってしまう。醜い心は毒に侵される。
ひどい妻、ひどい母親。
今更ながらに胸が詰まる……。
「またメールする」
手を振って彼を見送った。
私もまた日常に戻る。
束の間の夢。これは現実ではないのに。
嘘を重ね、いい訳を並べても……。
夢を見たいと願う。
どうにもならない私と彼。行き着く先は何処にもない。
グルグルとそんな事を考えながら、日々を過ごす。
優しい夫、可愛い子供。これ以上ない幸せな家族。
それでも。私はかつて恋した人とまた恋をする。
矛盾した二つの日常。
それでもやっぱり。彼の手を離せない……。
彼もまた矛盾した中に居るのだろう。
私達のこれからを考えているのだろうか。
或いは別の事を考えているのか……。
お互い何も言わないまま、それでも二人手を繋ぐ。温もりを分け合う様に。