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あの日にかえりたい。  作者: 七草せり
3/12

その手を握って

湊君と初めて会う約束をした。


私は週末少しお洒落をし、子供を連れ実家に帰った。二人を預かってもらう為だ。


お洒落と言ったら、シフォンワンピースくらいしか思い浮かばず、クロゼットから昔の服を引っ張り出し無難な物を選ぶ。


あまりお洒落過ぎても、女友達と飲みに行くと言ってあるから、怪しまれてはダメだ。


友達には変わりないのだけどね……。


パールのピアスとお揃いのネックレスをし、子供達を連れて家を出た。


「ママ何処行くのぉ?」


「何かいつものママと違う〜」


「ちょっとお友達に会うだけだよ。早く帰るから、 おばあちゃん達の言うことをよく聞いてね」


目ざとい子供達の言葉を流し、母に宜しくねと手を振った。



待ち合わせの場所はこの間、同窓会を開いたカフェバー。

夕方の時間帯なので、店内は薄暗くなっていて、何組かお客さんがお酒を飲んでいた。


私は息を整え、既にカウンターに座っている湊君へと近づき、 「お待たせ」 と声をかけた。


「お疲れ。子供達、 大丈夫だった?」


「うん。大丈夫だよ」


「そっか。あ、 何飲む?」


「あんまりお酒詳しくないからなぁ……」


「甘いのとか色々あるよ」


「じゃあ、 甘い何かで……」


そう言うと、湊君がマスターに何やら注文する。



「ベリーとミルクを使った物です」


暫くたって差し出されたのは、ピンク色したカクテルだった。



「じゃ、 乾杯」


湊君はウィスキーのロックを注文し、二人で乾杯した。


「何に乾杯?」


「うーん……。 再会?」


「こないだ会ったじゃない」


「まぁ改めての再会って事で……」



二人グラスを傾け乾杯をし、一口カクテルを飲んだ。甘酸っぱさが口の中に広がる。


「美味しい……」


「良かった」


変わらない笑顔に胸がドキドキする……。




あの頃は、二人でお酒を飲む日がくるなんて、考えもしなかった。





学校の帰りに図書館に寄ったり、コンビニで何か買ったり。

だけど二人でいる事が嬉しくて、楽しくて。

一緒に居られるだけで幸せだったな。



「高校入っても、 ずっと気になってた……」


突然紡がれた言葉に驚いた。


「そんな事、初めて聞いたよ」


「別れてから連絡取れないよ。何て言っていいか分からないし……」


「そうだね……。でも少し期待してたよ。もしかしたら、 連絡くれるのかなぁ。なんて……」



カクテルをぐっと飲んでカウンターに置いた。


「連絡取ってたら、 やり直してた?」


「……あの頃なら、 ね……」


「別れを言ったのに、 都合よくまた付き合いたいなんて、 言えないよ……」


「優しいから」


カランと湊君のグラス中の氷が音を立てた。


「優しいか……。意気地が無いだけだ。受験の邪魔になりたくなかった。お前、 一生懸命だったし……」


「それでも……。側に居て欲しかったって言ったら、 我儘になる?」



溶けていく氷の様に、戻る事はできないけど……。あの頃の気持ちに戻ってしまう。



「所詮は子供だった……。お互いに」


「真剣に想っていたよ?」


「あーあ……。正直になってれば良かったのか」


「昔の事だけどね……」


「……家庭を持ったから? そんな事言うの」


「それもあるかな……。そうでしょ? 戻れないし、 どうにもならないよ」



口に含んだカクテルは、甘くて酸っぱくて、そして悲しくて……。


お互い今更何を求めてる?

失う物はあっても、得る物は無い……。


引き返すなら、今しかない。

これ以上は引き返せなくなる。



「時々でいい。会えないかな?」


「無理だよ……。そんなに家を空けられないし」


「そうだよな。ごめん……」


「いい思い出にしよ?」


そう言った私の手をぐっと握った。



「湊君……?」


「本当に、 たまにでいいんだ……。俺、 今自営だから時間の都合つけるし。昼間でもいい……」


「奥さんと何かあった、 とか?」


そっと手を離しながら尋ねた。



「いや、 何もない……」


「じゃあ、 何で……」


「理由なんてないよ。この手を離した自分が情けなく思ってた。ずっと」



再び握られた手を振りほどく事ができない。

ダメなのに。今なら引き返せるのに。


やっぱり本気で好きになった人だからだろうか。

ずっと忘れられなかったから。



頭の中で都合の良い言い訳をしてしまう。

一つ。また嘘が積み重なる……。


世に言う良くない関係になってしまうのか。


「結婚って言うのが、 こんなにも苦しいなんて思わなかった」


優しい笑顔は切なくさせる。

この手をあの時離して居なければ、違う未来が待ってたの?


違うかも知れないし、そうかも知れないし。

そんな事は分からない……。



「家庭を壊したくないよ。お互いの……」


「分かってる。だけど……。ごめん、 自分勝手過ぎたよな」



そう言って私の手を離し、ウィスキーを飲み干した。



離された手が、寂しいって思った。

頭ではダメだって思った。

引き返せなくなるって……。


思った。

どうにもならないと分かっている筈なのに……。


「湊君……。やっぱり私も自分勝手な人間だよ……」



彼の手をギュっと握った。離したくないかの様に……。



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