再び繋いで。
翌日、私は子供達を連れ病院へ向かった。
事を達匂い会わせるのは、お互い良くないと分かっていても。
「おはようございます。 貴弘さん、今日は会わせたい人がいるの……」
「君か。 会わせたい人って?」
その時、病室の外にいた子供達が中に入って来た。
「パパ〜!」
「パパ‼︎」
いきなりの事で目を大きく見開く貴弘さん。
「パパ!貴人だよ。 怪我大丈夫?」
「柚宇だよ?痛いの?」
そっとベッドに近付き、二人は話しかけた。
「君達は…………」
「……僕らの事、忘れちゃった?」
ギュっと拳を握り、真っ直ぐに貴弘さんを見つめる貴人。
「パパ〜。 柚宇の事覚えてないの?」
貴弘さんの手を握り顔を覗き込む柚宇。
私はごめんね…………。と心の中で謝った。
父親に忘れられた子供達。辛くて仕方ない。
「君。 どういうつもりだ?この子達は一体…………」
「貴弘さんの子供です。 覚えていないと思いますが。 まぎれもなく、貴方の子供です」
ハッキリそう告げた。
「…………誰も何も言わないから。 そうか、僕の子供か…………」
「驚かないの?」
「いや…………驚いたよ。 しかし、否定できないだろう。 でも何故今頃?」
「あなたたち、外で待ってて」
子供達を外に出すと、ベッド脇の椅子に座った。
「いきなり連れて来てごめんなさい…………。 でもこれが最後だと思ったから。 貴弘さんと私は離婚が決まってるのは、何となく分かるでしょう?それでも子供達には会って欲しかった。 けど、今日でお終いにするね。 貴方の記憶がいつ戻るか分からないし、戻ったとしても新しい生活が待ってるでしょう?だから…………」
「最後にしようと思った?」
「ええ。 私が貴方の妻である事も終わりにしようと思った」
「そうか…………」
「これからは子供達三人で生きていく」
「三人?聞くところによると四人になるんじゃないのか?もちろん僕ではなく」
「いいえ。 三人よ。 実家を出るの。 それに、新しい誰かは居ない」
「居ない?何故」
「私には資格がないから。 誰かの隣に居る資格がないから…………」
「資格?」
「私は貴方を裏切った。 そして不幸にした。 そんな女が幸せになっていいの?いいはずない。 だから誰の手も繋がないって決めたの」
「雪村君の言う事とは違うない…………」
「何も違わないわ。 貴弘さん。 今までごめんなさい。 どうか幸せになって…………」
涙が溢れ、貴弘さんの姿が霞む。
これでいいんだ。子供達には申し訳ないけれど、これでお終い。
「じゃあ、身体大切にね?離婚届けは家にあるから、退院したら提出して」
椅子から立ち上がろうとしたら時、病室のドアがバーン!と開かれた。
「貴女!どういう事なの⁉︎こんな子供たちをここへ連れて来て!」
雪村さんが物凄い剣幕で現れた。
後ろには怯えた子供達が居る。
「貴弘さんに子供達と会って欲しくて連れて来たの。 貴女にとやかく言われたくないわ」
子供達へと近付き雪村さんを睨んだ。
「貴弘さんが混乱すると思わなかったの?」
「それでも。 会わせたかった」
私の口調に一瞬怯んだ様に見えたが、剣幕は消えなかった。
「勝手な事をしないでよ!」
私に向かって声を荒らげる。
「勝手な事をしてるのは雪村くんじゃないかな?」
思いがけない声に振り向くと、ベッドから立ち上がった貴弘さんが居た。
「貴弘さん…………」
驚き駆け寄るより早く子供達が貴弘さんの方へと走った。
「パパ〜!」
「怖かったよー!」
そんな二人を優しく抱き締め、こちらを見つめる。
「最初は何も覚えていなかった。 けれど君が毎日僕の世話をしにここへ来る度に段々夢を見る様になったんだ。 時々お袋もここへ来ては君の話をするしね。 僕と君と子供達と楽しそうに笑っている夢。 始めは辛かった。 訳の分からない夢だったから。 でもその内に幸せだと思ったんだ。 けれど現実は違うと雪村君が言う。 僕達は破綻した夫婦だと…………。 それでも幸せだと感じた。 そして今日子供達が現実にここへやって来た。 確信したよ。 僕の家族だって」
「貴弘さん…………」
「騙されてはダメよ!この人は貴方を裏切ったのよ?それに…………」
「僕の家族に向かって失礼な事を言わないでくれ。 確かに破綻した夫婦だ。 けれど今日話を聞いてやはり離れるべきではないと思ったよ。 優真。 君は僕から離れるべきではない。 幸せにしてくれるのは君達だ」
凛とした言葉が病室に響いた。ああ、何でこの人はこうなんだろう…………?優しくて強くて。
私は裏切ったのに、どうしてこんな事を言ってくれるのだろう。
「貴弘さん…………。 私…………」
「今は何も言わなくていい。 僕だって完全ではないんだ。 でも君に、優真に僕の世話をして欲しいんだ。 頼めるかな?」
「私なんかでいいの?私には資格なんてないのよ?」
「そんな事は僕が決める」
「貴弘さん!目を覚まして!」
「雪村君、申し訳ないが帰ってくれないか?家族の時間なんだ」
そう言うと雪村さんを病室から追い出してしまった。
ギャアギャア騒ぐ雪村さんは、看護師さん達に止められ、取り敢えずは諦めて帰って行った。
恐らくまた来るだろう。
「実は退院できる事になったんだ」
暫く経ってから貴弘さんが口を開いた。
「本当⁉︎いつ?」
「来週頭くらいだと医者が言ってたよ。 だからそれまでには君達に家に帰って貰いたいんだけど」
「お家帰れるの?」
「やった〜!」
「でも、私…………」
「これからの事は退院してから話し合おう。 両親達にも」
「だけど…………」
「嫌とは言わないで欲しいな」
優しい笑みを浮かべる貴弘さん。
本当に良いのだろうか…………。
「実家には何て言うの?」
「夫が戻るから家に帰るじゃダメ?」
「そんな事…………」
「きちんと話すよ。 君が戻ると言うなら」
「…………ありがとう。 ごめんなさい」
ポンポンと私の頭を叩く貴弘さんはどこか嬉しそう。
子供達も嬉しそうにはしゃいでいる。
複雑な気持ちは否めないけれど、これでいいのだと思ってしまう自分がいる。
最低な事をしたのに…………。
けれど結局は貴弘さんはの退院前に家に戻り、退院の日をむかえた。
両家の両親は複雑ながらも良かったと安心していた。
貴弘さんの記憶はまだ曖昧でもあるが、大体の事は思い出してきた。
雪村さんは色々言ってきたが、私達は相手にしない。
湊君とは…………。連絡を完全に絶った。
これで良かったのだろう。
夫の手をまた繋ぎ直し、私はそう思った。
酷い事をした罪は償っていく。許されない事をした罰はもちろん受ける。
けれどもう間違えない。
私の顔を覗き込む貴弘さんの顔をじっと見つめた。




