再会
山野優真三十歳。
夫と二人の子供の四人家族。
社内恋愛で結婚した夫とはまあまあ上手くいっていると思う。
五才の長男、貴人、三才の長女柚は、私の宝物。
夫の貴弘さんも優しいし、これを幸せと言わず、何を幸せと言うのだろう……。
そんな事を思いつつ、日々を過ごしていた。
「中学校の同窓会?」
平日の昼下がり、久しぶりに会った親友とお茶をしていたら、思いがけない言葉を聞いた。
「そ! 懐かしいでしょ? 幹事は私なの。何か久しぶりに皆んなに会いたくなってさ。あ、 勿論参加は自由よ? たまには会社以外の男の人と会ってみたいなぁ。なんて思ってさ……。まぁ、 既婚者ばっかだとは思うけどね」
アイスティーを飲みながら、親友はそう言った。
中学校からの仲良しで、今でもたまにお茶などしている。彼女はまだ独身で、色んな出会いを求めているのだ……。
しかし掘り下げ過ぎかと思うが。
「で、 いつ? 同窓会は。 少しなら旦那か誰かに子供預かって貰えるかも知れないし」
「ホント⁈ ありがとう! えーとね。再来週の土曜日かな? 時間はお昼からで、 場所は駅前の新しくオープンしたカフェバーなの」
一気にまくし立て、またアイスティーを飲んだ。
「再来週か……。 分かった。ちょっと聞いてみるね。……で、 あの人は来るの……?」
カフェオレを一口飲んでそう尋ねた。
「あの人? ああ! あんたの元彼? 勿論来るって。昔の事でしょ? 気にしない、 気にしない。 じゃぁ宜しくね」
親友と別れた後、私の気持ちは複雑だった。
中学二年の夏から約一年、付き合ったあの人……。初めての彼氏で凄く好きだった人。
今でも時々思い出す、懐かしい日々を。
まあ、今は関係ないけど……。
「ただいま。ごめんね、 幼稚園のお迎えお願いして。今から夕飯作るね」
「いや、 大丈夫だよ。子供達も喜んでくれたし、 たまにはいいもんだね」
二つ年上の夫は優しい。早く帰れる日は、子供達のお迎えもしてくれる。
「で、 楽しかった?」
「うん。とっても」
キッチンで夕飯の準備に取り掛かる私は、同窓会の事をいつ言おうか迷っていた。
やましい事がある訳ではない。けれど何故か切り出せなくて、そのまま夕飯の時間になった。
「今日はチキン南蛮か」
「お肉大好き! 私沢山食べるね」
「お野菜もね」
家族で食卓を囲む時間は、私にとっても安心する時間だった。
食事も終わり、子供達はお風呂に入り子供部屋へと入った。
リビングのソファーで寛ぐ夫の隣に座り、思い切って同窓会の話を切り出した。
「同窓会? いつの?」
「中学校の。今日会った友達が幹事なの」
「随分昔の事だよね? で、 いつ?」
「再来週の土曜日なんだけど……」
「分かったよ。行っておいで」
「ありがとう!」
思わず抱きついてしまったのは、後ろめたさがあったのだろう……。
それから同窓会の日はあっと言う間にやってきて。私は朝から落ち着かなかった。
「お昼は冷蔵庫に用意してあるから」
「楽しんでおいで。子供達は大丈夫だから」
「ありがとう。遅くならずに帰るから」
家の事や身支度を終え、私は家を後にした。
「昔の事だもの。過ぎた過去……。今更どうって事はない……」
誰に言い訳をするでもなく、そんな言葉を呟いた。
中学二年の夏、私の片想いで始まった恋。
バスケ部所属の彼をマネージャーの位置からずっと見ていた。
今から思えば子供の恋愛ごっこだろう。
けれど本気で好きだった。だから受験の為に別れた時は辛くて悲しくて……。
「バカバカしい。いつの話よ」
自分にそう言うと、目的の店のドアを開いた。
「あ! 優真! 久しぶり。元気だった?」
一人の女の人が話しかけてきた。
「もしかして杏? 懐かし〜い! 元気だった?」
「元気元気。あっ、 最近結婚したんた。確か貴女も結婚したよね?」
「うん。二人の子持ちだよ」
「ママかぁー! 凄いよね」
懐かしい顔触れが揃い、同窓会が始まった。
皆んな思い思いのテーブルに座り、飲み物やら食べ物を注文する。
幹事の親友、夢華は忙しく皆んなに挨拶して周っていた。
「遅くなった!」
バーンとドアが開かれ、スーツ姿の男性が息を切らして入って来た。
「おー! 広尾か? 遅いよ!」
テーブルに座っていた男の人、同級生が声をかけた。
「急な仕事が入って……」
「大変だな。まぁ座れよ」
広尾……。広尾湊
忘れもしない、私の元彼……。
少し離れたテーブルで、彼の姿を盗み見る様に見つめた。
大好きで仕方なかった人。高校に入っても、大学に行っても、ずっと忘れられなかった。
就職して暫くたって、友人から聞いた。彼が結婚したと。
向こうにとっては昔の思い出であって、引きずる相手でもなかった。
私一人が引きずっていただけで……。
「優真! 湊君だよ」
「う、 うん……」
「挨拶しないの?」
杏の問いかけに戸惑った。
「別に敢えて挨拶なんて……」
「昔の事でしょ? もう何でもないんだからさ、 ちょっと話して来れば?」
「え? いいよ……」
何て言ったらいいか分からないし。
心の中で呟いた。
「おーい! 優真!」
急に名前を呼ばれ、そちらを向けば同級生が私を手招きで呼んでいた。
杏に促され席を立ち、声の主のテーブルへと向かう。
「湊、 来たぞ?」
悪戯に笑う同級生の男の子は、座る様に椅子を引いた。
向い合う、私と湊君。
「久しぶりだね……。変わらないよね」
大人の人の声。私の知らない湊君が目の前にいる。
「本当に久しぶり……」
小さな声で返すと、柔かな笑みがそこにあった。
「元気だった?」
「うん……」
何を話せばいいのか分からない。震える声を必死に抑えた。
「なーに初々しく話してるんだよ! もっと話すせよ!」
「ちょっと、 やめてよ……」
粗野な同級生を軽く睨む。
「あー、 ハイハイ。俺は向こうに行くから」
そう言って、席を立ってしまった……。
「……」
沈黙が怖い。
「結婚したんだって? 子供は?」
「あ、 うん……。えと、 二人居るよ」
「へー。二人のママさんか。信じられないや……」
「湊君は?」
「結婚してるけど、 子供は居ないよ」
「そうなんだ……」
これ以上は無理だ。何も出てこない。
話題を探そうとする私を見て、また優しく微笑んだ湊君。
「今度お茶でもどうかな……? 何て人妻に言う台詞じゃないよね? ごめん」
「え? あ! あの、 大丈夫……です」
思わず言ってしまった!
だって、だって……。断る事ができなかった……。言い訳は沢山あるけど、ダメだよと言えなかった。