記憶の混沌
暗い夜道。
そう遠くない家に向かって、一人で歩く。
翡翠とは、たった今別れたところ。
「ただいま帰りました」
誰の訪問も無かったような、普通の風景。
「おっかえりぃ」
三影さんは、笑って私を出迎えた。
何だか気が抜ける。
自然と頰が緩んだ。
「おかえり」
誰かと思えばハルさんだった。
少し微笑んでみえるのは気のせい?
「何してたのぉ?」
これは答え方に困るな。
「怒って出て行った翡翠を宥めに」
簡潔に答える。
それから私は、翡翠にも言ったことを話す。
「あの、私」
二人が同時にこちら向く。
「三年前の6月24日、私は交通事故に遭ったんです」
そこで1度、言葉を切った。
息を吸い込み、鼓動を落ち着ける。
「その時に私は、記憶を失いました。その代わりに、精神操作の能力を得たんです」
別に隠すことでも無いので、包み隠さず話した。
沈黙が降りる。
それを破ったのは、意外にもハルさんだった。
「傷は?」
私は首を振って答える。
「奇跡的に、無傷でした」
また黙りこみそうだったので、私は口を開く。
「私、三影さんに会ったことが有るような気がするんです。もしかしたら、三年以上前に…」
「わからないよ」
断言される。
それは何故?
問う前に、答えられる。
「僕は、二年前の7月に記憶をなくしてるから。能力はそのときに」
私は驚きに目を丸めた。
そんなことって。
「僕も、莉亜ちゃんとは会ったことがある気がするんだぁ」
となると、三年以上前に会ったことがあるかも知れないんだ。
記憶を失う前の私が気になった。
今度翡翠に聞こうかな、なんて。
半分の半分くらい冗談。
ズキッ────
頭痛。一瞬だけ、脳裏に何かが浮かんだけど忘れた。
私は、ほんの少し覚えている。
事故に遭い、遠ざかる意識。
そこで私は、誰かの名前を呼んだんだ。
でもそれを、思い出せない。
思い出したいのに、思い出せない。
もどかしさには慣れたつもりだったが、そうでもないようだ。




