翡翠と莉亜は…
「莉亜を奪いにきた」
彼は確かにそういった。
皆、惚けている。
でも、私だけは違った。
ゆったりとした足取りで、翡翠の元へ。
「行こう、莉亜」
彼は手を差し伸べた。
「話し合いましょう」
しかし私は、その手を取らなかった。
「莉亜は、殺したこと無いんだろ?なら、まだ間に合う。表に戻るんだ」
その言葉に、私はとびっきりの笑顔で返した。
「嫌だ」
だって、表は退屈すぎる。
「ん、そうそう」
三影が口を挟んだ。
「明日の夕方、一緒に仕事しよ、莉亜ちゃん」
「おい、それ以上は莉亜に話しかけるな死神ッ!」
翡翠はそう叫んだ。
「はい、します」
私は三影にそう言った。
「莉亜!」
翡翠の叫びは、少し痛々しかった。
それでも私は、冷酷に告げる。
「私は表に戻らないよ。何を言われようと、絶対に」
いつの間にか私の中に戻っていたセシルが、嗤う。
煩いなぁ、と心の中で毒付いた。
「何…言って」
私は自分の能力で、記憶をすり替えて初対面ということにしようと試みた。
でも、効かなかった。
私は大きく目を見開く。
私はセシルにそれを訊いた。
「何でか知らねぇが、彼奴には能力は効かない。ま、悪魔の能力は別だけどな!」
悪魔の能力だなんて初耳だぞ。
「てことで、バイバァイ」
三影は翡翠にそう言った。
だが、翡翠が帰る様子はない。
彼は強引に私の手を掴む。
「強行手段は使いたく無かったんだが」
今迄とは打って変わり、その声は氷河のように冷たかった。
「嫌っ、離して!」
痛い。締め付けられる。
「やめろ」
ハルの声。心なしか、震えた声に聞こえた。
翡翠に隙ができたのを見計らい、私は翡翠の鳩尾を思い切り殴った。
「ぐっ…」
やってから、ちょっとだけ後悔する。
いや、何というか…ごめん。うん。
やり過ぎた。
私を掴む手が緩んだので、ハルの背後に逃げた。
翡翠は俯いていた。
「俺は……よ」
「え?」
私は聞き返した。上手く聞き取れなかった。
「俺は悪者かよ!?」
悲痛、だった。
「そうやって、俺が莉亜を攫おうとしてる、みたいに…元のように、生活してほしいだけ、なのに」
それって。
「私、翡翠と会ったことある?」
そうにしか、聞こえない。
「もう、3年だもんな。覚えてないよな」
肯定。でも私は、思い出せない。
「もう、いい」
そう言い残し、帰っていった。
力無く歩く、その姿は今にも壊れそう、で。
それが、翡翠の心の闇。
悪者扱いされることが、前にもあったんだろう。
彼はそれに、酷く傷付いた。
そりゃもう、トラウマになるくらい。
閉まったドアに何も言えず、私は立ち尽くした。
でも。
「─────闇」
私はそう呟いた。
覚悟を決め、翡翠を追い掛ける。
外は暗く、星が瞬いていた。
貴方の本心は、私が見抜く。
三影やハルの声が聞こえたが、知らんぷり。
「翡翠!」
私はその背中に叫んだ。
彼は驚いて振り返る。
「それが、貴方の本心」
私は聞こえるか聞こえないかの声でそう言った。
「莉亜…?」
私は彼に対峙した。
「貴方は、悪者なんかじゃない」
だって、貴方は。
「赤の他人の私を、本気で心配してくれてる」
「赤の他人じゃないッ!」
いきなりに翡翠が叫ぶ。
真っ直ぐに、こちらを見て。
「俺たちは、3年前に会ってる」
彼の頰を、涙が伝った。
「それは」
私は思い出せない。
「3年前の、何月?」
「─────五月」
思い出せなくて、当然。
「私は、その一ヶ月後、事故に遭ったの。そして、記憶を失ってる」
この能力に気付いたのは、その後。
記憶の代わりに、能力を持った。
「ごめん、覚えてられなくて。あと……痛かったでしょ?」
苦笑気味に問う。
彼も少しだけ、微笑んだ。
「翡翠は前にも善意でしたことで、悪者扱いされたこと、あるんでしょ」
問いかけではなく、確信を持って告げた。
翡翠の顔から笑みが消え、目を見開いた。
「辛かったんだよね。トラウマになるくらい」
「何もわからない癖に」
刺々しく吐き出された言葉。
「少しは分かるつもりだよ」
儚げに、微笑んでみせた。
「空回ってばかりなんだよ、表って。でも裏なら、やってける気がする。だから…」
「わかった。莉亜がそれでいいなら、いい」
その時みせた笑顔に、不本意ながらときめいた。
「絶対死ぬなよ」




