セシル
私の特技。
そのせいで、友達は少なかった。
私と関わると全てを知られる。そんな噂も、途切れることはなかった。
好きでやってるんじゃない。なのに、何で…
興味本位で私に近寄る、私自身のオトモダチ。
ただ、面白がっているだけで、私と仲良しこよしするつもりなんて、無い。
それだから、かも知れない。
クラスメートが血濡れなのを見て、笑ったのは。
もう、誰を殺しても罪悪感など湧かないだろう。
それは直感じゃない。
もう、私には本当の友達になってくれる人など、いないから。
それはよく分かっている。
「莉亜ちゃん」
急に名前を呼ばれ、ハッとする。
「ちょっと出掛けるから、ハルと留守番しててぇ」
これはチャンスかも知れない!
「は、はいっ!」
大きく返事をした私に、ニヤリと笑ってから三影は出掛けた。
私は早速、ニュースを観ているハルさんに話し掛けた。
「あの、ハルさ」
「話し掛けないで」
嘘。嘘。
嫌な記憶が蘇る。
そう、こうやって、友達に避けられた。
皆して私を、無視して─────
話し掛けないで。その言葉だけが、頭に反芻する。
私の方を少しも見ずに、彼はそういった。
嫌だ。嫌だ。私は、私はただ…
救おうと、しただけで。悪気なんて無いから、嫌わないで。
私を突き離さないで。
「嫌っ─────!」
私は胸を抑えて蹲った。
心臓が、破れそうなくらい痛い。
心理的にじゃなく、物理的に。
「もう、やめて」
そう言った筈だけど、私の声は聞こえない。
私の頰を、生温かい何かが伝った。
きっと、涙だろう。
視界の端で、ハルさんがこっちを向いて立ち上がるのが見えた。
その顔には、驚愕の色が。
むねが、いたいの。
私は叫び続ける。
嫌だ!嫌だっ!もう、許して。私を突き離さないで!
私は目を閉じていた。
信じていたものに裏切られた。
ハルさんは、きっと大丈夫だろうって思ってたのに。
それは私の勝手な推測。分かってる。分かってるけど、嫌。
「うあああぁぁああっ!」
心臓に何かが突き刺さったような気がするけど、何も刺さっていない。
こんな痛みを感じるなら、殺して。
「私を、殺して!」
その声は相変わらず聞こえない。
でも私は叫ぶ。
「嫌っ、殺して!殺してよ!」
誰にともなく叫ぶ。
私は自分で自分の首を絞める。
その手を誰かが掴んだ。
それを振り払って、私は言った。
「死なせてよっ!」
くははははっ!傑作だな、お前。死にたいのに、死にたくないって思ってるだろ?
そんな言葉が頭に響く。
「誰、なの!?」
しかし聞こえるのは、笑い声だけ。
誰かが私の肩を揺さぶる。
その手を払いのけて、泣きながら叫んだ。
「笑わないで!」
そう言ったのを最後に、私の意識は途切れた。
意識が戻る。
頭痛は治まっていた。
「大丈夫!?」
三影?何で、いるの?
「い、や。嫌、だ。三影、さん。私を、殺して─────その手で、殺して」
「しっかりしてっ!」
三影さんの蒼白な顔が目に飛び込む。
ハルさんも、私の顔を覗き込んでいた。
「ハルさん、私を、殺して」
私が嫌いなら、そうして。
「ごめん、莉亜。それは、出来ない」
何で謝るの?
「声、まだ聞こえる?」
私は首を振る。
ハルさんと三影さんは、安堵の表情になった。
「誰の声、だったんですか?」
三影さんが、躊躇いがちに答えた。
「悪魔だよ。悪魔は、人間の絶望に取り憑き、取り憑いた人間の魂と引き換えに、願いを一つ叶える。要するに、取引だ。莉亜にも取引を持ち掛けてきただろ?」
三影さんは、私を呼び捨てにした。
それだけ本気なんだろう。
「いえ、笑い声と…少しだけ、言葉が」
「…不思議だな。悪魔が取引を持ち掛けないなんて」
三影さんは顎に手を当てて何かを考えている。
「あの…悪魔は今何処に?」
三影さんに問い掛けたのだが、ハルさんが答えた。
べつにどっちでもいいけど。
「君の中。すまない、悪魔を追い出せなかった。俺があんなこと、言わなければ…」
ハルさんは俯いて、懺悔した。
「莉亜ちゃん、約束してぇ?」
三影さんが、何処か怖い笑顔で言った。
「な、何をですか?」
「もう、死にたいなんて言わないで。死のうなんて、思わないで。ね?」
怖いので、頷く。
「指切り」
三影さんは小指を差し出す。
子供っぽいな、なんて思いながら、私はそれに自分の小指を絡めた。
怖くない、優しい笑顔。
つい私も微笑み返した。
「悪魔憑きの瞳は紅くなる。…俺らのようにね。莉亜ちゃんも、その紅い瞳、妖艶で似合ってる」
今、ちょっと衝撃的なワードが隠れていたような?
「二人も悪魔憑き…ですか?」
瞳が紅いのは、もしかして、悪魔憑きだから?
「ちがぁう。俺らは特例ぃー。悪魔と人間の混血(Mixed blood)」
もう驚かないぞ。
「くはははははっ!」
笑い声。悪魔だろう。二人は気付いていない。
心の内で問いかける。
貴方、誰?
「俺はセシル。知っての通り悪魔だ。ハジメマシテ、莉亜」
私は、三影さんとハルさんを見た。
聞こえていないみたいだ。
何故、私に取り憑いたの?
単に気紛れと言うのなら、即刻出て行って貰おうじゃないか。
そんなことを考えながら、返答を待つ。
「お前の絶望は、奥が深い。単なる薄っぺらい絶望なら、俺はお前に取り憑いてなかったな。あと、出て行ってもらうって、どうするつもりだ?小娘が」
つい、そこでムカついた。
何だと!?貴様を払うためなら除霊でも何でもしてやろうじゃねぇか!小娘言うなー!
もとの口の悪さが出た。
心の内だから良いけど。
「除霊なんかじゃ俺は払えねえ
ぜ?」
さあ、どうかしら。
「莉亜ちゃん、どうしたの?黙り込んじゃって」
「あ、い、いえ。何でもないです」
平然としらを切った。
「ハル、ごめんなさいは?」
三影さんが、そんな親みたいなことを言う。
「ハルのせいだよ?莉亜に悪魔が憑いたの」
「う…その…ご、ごめん」
外方を向いて謝るハルさん、可愛い。不謹慎かもだけど。
「あー……ハルさんを必要以上に探ろうとしたのは私、ですし。自業自得っていうか…」
「それは俺が頼んだからだろ。莉亜は何も悪くない」
もしかしなくても私、甘やかされてる?
「ネオテームよりも甘いな。そんなんじゃいい大人にならねぇぞ?」
いきなり現れた男が、そんなことを言う。
誰だよ、お前。
「忘れたのかー?さっき自己紹介しただろーが。セ・シ・ル・だ!」
嗚呼、あのサノバビッチ悪魔。
お前人間になれたんだ。
「心の中で言いたいこと言いやがって、このビッチ!」
三影さんとハルさんは、1人で喋る悪魔を見てキョトンとしている。
「あの、莉亜ちゃん…話がみえないんだけど」
「えっと、私に憑いてる悪魔の…セシルです」
簡潔に紹介。正直、面倒だし。
「俺にだけ冷たく当たるのヤメロ。地味に傷つくわ」
セシルが傷付いても、私にデメリットはない。
つまり、どうでもいい。
「俺何かした!?」
そろそろ可哀想になってきた。
「セシルぅ、何で莉亜ちゃんに憑いてるの?」
三影さんが当然の質問をした。
「そんなのどーでもいいだろ」
私には答えたのに、セシルは答えるのを放棄した。
うっわ、自己中だ。
「うるせぇ!説明面倒なんだよ!」
ほら、自己中だ。あと面倒くさがり。
「んー、気になる。ハル、何だと思う?」
三影さんは、ハルさんに向き直った。
「……一目惚れ?」
「絶対違う!断じて違う!誰がこんなビッチ!」
断固否定。そりゃそうだ。
私、美人でも美少女でもないし。
あと女子力低いし、不器用だし、家事全般出来ないし…。
「お、おい。なんとういか…まあ…ドンマイ」
と、セシル。
それは嫌味か?
ドンっ、ドンっ、ドンっ。
家の扉が乱暴に叩かれる。
思わず身体を強張らせた。
ドンっ、ドンっ、ドンっ。
皆、顔を見合わせている。
嫌な予感しかしない。
バキッ
ドアが蹴破られた。
そこに居たのは、翡翠色の髪と眼の、翡翠、だった。
「莉亜を奪いにきた」
その唇は、僅かに弧を描いていた。




