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どのくらい車を走らせただろうか。俺は、男が出血のあまり失神でもすればすぐに投げ捨ててしまおうと画策していたが、果たして男は最期まで警戒を解かなかった。バックミラー越しにうつろな目で俺をにらみつけ、銃の引き金を人差し指にかけたまま、かすれた声で道を示し続けたのだった。
気付けば山の際からわずかに太陽がのぞき、空はやや白み始めていた。燃料も底をつきかけたところで、男が車を止めるよう指示した。
そこは初めて訪れる町だった。前方には煌々とした明かりの灯った高層ビルがいくつかそびえているが、車を止めた場所はその陰のスラム街だ。立ち並ぶ平屋の木造の建物と、いたるところにある品の無い落書き、それに舗装されていない道に散らばる薬莢は、この町の治安の如何を物語っている。
俺は、男からの指示が無いのでギアをパーキングに入れた。男は相変わらず俺に銃口を向けたまま、しぶとく生きている。
「あの、これからどうすれば…」
俺が口を開きかけたところで辺りの建物からぞろぞろとごろつき共がのぞき始めた。慌てる俺を男が制し、しばらく待機しているとスーツ姿の男三人が人の群れをかき分けて現れた。
「あれ、おっさんの仲間か?」
俺が震え声で男に尋ねた。もう気力も限界に近いのか、男は安心したようにひとつため息をつき、ほんの少しうなずくだけだった。
どうやら俺の役目もここまでのようだ。残り燃料でどのあたりまで行けるかを思案し始めた俺だったが、こちらへ向かう黒服たちの様子がおかしいことに気づいた。
「降りろ」
黒服達は、当然のように拳銃を取り出し、俺達へ向けて構えた。このボロ車のガラスなんて容易に吹き飛ばしてしまいそうな、見るからに強力そうなやつ、回転式拳銃だ。ご丁寧に、窓の外すぐ目の前で撃鉄を引き起こし、弾倉が回転する様を見せつけてきた。
俺は泣きそうになりながら後部座席の男に指示を仰いだ。
「お、となしく…従ったほうがいい…俺を出してくれ」
クソ…どうしてこんなことに…。どうしてあの時…。俺は悪党だぞ、こんなやつ放っておけばよかったんだ…!
なんて後悔してももうどうしようもない。俺は慎重に、ゆっくりと車を降り、連れてきた男を担ぎ出した。
「お前が運んでくれたのか。世話になったな坊や」
黒服は一切表情を変えることなく、簡単に謝辞を述べた。別に構わないから、どうか早くその拳銃をしまってくれ。
銃口を向けられたまま立ち尽くす俺をよそに、男はふらふらと黒服たちの前へ歩み寄り、絞り出すような声で語り始めた。
「ボブさん、あいつ…人間じゃねえ…俺3回は…こ、殺したんだ」
「…気が触れたか」
―!
乾いた音が響き、頭に風穴を開けられた男が崩れ落ちた。
黒服の一人が発砲したのだ。
「え、いや…こ、これ…」
人が、死んだ。
俺は腰を抜かして尻もちをつき、女のようにその場にへたり込んだ。もはや何かを考える気力すら起こらず、ただ目の前の惨状に動揺するばかりだった。
黒服のリーダーらしき男はそんな俺の様子になぜか吃驚したようで、サングラスの下の目を大きく見開いた。
「君、人が殺されるの見るのは初めて…のようだな」
「くそ、部外者を巻き込むなとあれほど…」
男を撃った、がたいの良い黒服が頭を抱えながら俺に銃口を向けた。
まま、待ってくれ、こんな、とととこで俺のじ人生はお、おお終わるのか?頭の中で必死に命乞いの言葉を並べるが、口はパクパクと動くばかりで声を発することができなかった。黒服がのしのしと俺に歩み寄ってくる。死が近づいてくる。
「運が悪かったな、坊主。恨むなよ」
気付くと俺はぽろぽろと涙を流していた。カチカチを顎を鳴らしながら、情けなく必死で首を振った。これは泥棒を働いてきた罰なのか…?黒服が一歩、歩み寄る度に、頭の中を走馬灯がよぎる。改めて振り返ってみてもつくづくろくでもない人生だった。他のやつから見たらまるで生きてる価値の無い人間だ。
…でも、まだ死にたくない…!お、俺は…!
「ま、まあそう早まるなって」
ボブ、と呼ばれた男が黒服をギリギリのところで制止した。
「け、けどボブさん…こいつを逃がすわけには…」
「誰も逃がすなんて言ってないさ。ちょっと聞きたいことがあるんだよ。
…可哀想に気を失ってる。裏の車に運んでやれ。うちまで連れてく」