「聖職者と悪魔」(ジェームズ・ジョンソン『悪魔の伝承』第四章より抜粋)
さて、悪魔と言えば、興味深い例がある。十五世紀イタリアの神父サルヴァトーレ・ジョルダーノが遭遇したとされる悪魔である。
悪魔との関わりを指摘された彼の、審問官に対する供述が考察を進める上で参考になる。
ジョルダーノはある日の夕方、礼拝堂で神に祈りを捧げている最中に「奇怪な男の訪問を受けた」と語っている。その男は「狡猾な詐欺師にも怜悧な役人にも見える、不思議な雰囲気の持ち主」で、「超自然の霊」を名乗り、自分が果たしてきた仕事のいくつかを語った上で、魂と引き換えに助力を申し出てきた。ジョルダーノは「その誘いを即座に拒絶し、聖句を唱えながら十字架を投げつけて悪魔を追い払った」と審問官に語っている。
結果から言えば、ジョルダーノは見事に無罪を勝ち取った。彼の弁明や審問の流れには触れない。それはそれで非常に興味深い問答ではあるが、本題とは関わりがないため、割愛する。
ここで取り上げるべきは、彼が出会ったという「超自然の霊」のことである。記録によれば、ジョルダーノは「超自然の霊」の印象をこう述べている。
「あれは間違いなく地獄の悪魔である。それもただの悪魔ではない。あれが語ったことが真実であるならば、あれは名を替え、姿を替え、いくつもの伝承に顔を出している。数多の英雄、貴族、富豪の栄枯盛衰の陰にあれの姿がある。そうと語りはしなかったが、或いは聖堂騎士団を堕落させた悪魔かもしれず、或いは神の子を試した悪魔であるかもしれない。あれは何であってもおかしくはなく、或いは全ての悪魔はあれの化身か分身ではないかとすら思える。全ての悪魔はあれであり、ゆえに、あれこそが唯一の悪魔、あれこそが憎むべきサタンではないのかとの考えを見出さずにはいられない」
悪魔学に精通する読者は、或いはサルヴァトーレ・ジョルダーノの名を目にした時点でお気づきかもしれないが、これは研究者の間で「名無し顔無しとして知られる悪魔の逸話の一つである。この悪魔に関しては諸説あり、「唯一の悪魔」説を否定する点において概ね一致を見るも、「化身」や「分身」の数については現在でも解釈が分かれている。
ところで、すぐに拒絶して追い払ったと述べたジョルダーノについて、一つの疑問を提起したい。
ジョルダーノの末路は次のとおりとされている。後の教皇アレクサンデル六世、ロドリゴ・ボルジアと教会の重要事項を巡って争う中、突然の病死を遂げる。この「病死」はボルジア秘伝のカンタレラによる毒殺であると解されている。
ここで気にかかるのは次の二点である。即ち、一介の神父に過ぎず、しかも権力欲とは無縁な清廉な人物であると目されていた彼が、なぜ権勢の絶頂に向かいつつあったボルジアと権力を巡って事を構えるに至ったのか。また、そもそも、どうしてそのような舞台に立つことができたのか。
果たして、サルヴァトーレ・ジョルダーノ神父は本当に「悪魔」を拒絶し、追い払ったのだろうか。