第四話
ゆっくりと盗賊たちの方へ歩き出す俺だが、内心は今すぐサオリを連れて逃げ出した方が良いんじゃないかと言う考えがどうにも消えず、だけど逃げたってこの手の連中は探し出して何かしらの手段で報復をしてくるのは明らかなのも確かだったりする。とにかくサオリだけでも助けられるようにしなければならない、俺がこのルートで単騎でフィールドを突っ切ろうなんて言い出したのだから。
「怯えるな、相手をしっかり見て胸を張れ」
小声で自分を励ましつつも着々と相手との距離は縮まりついに2メートルほどの距離までに近づいた。「よう、兄ちゃんさっきは馬で思いっきり轢いてくれてありがとよ。おかげで回復薬を無駄遣いしちまってさぁ、命だけは助けてやろうとか思ってたけど気が変わったんでアイテムも金も全部頂いた後にゆっくり殺させてもらうからそのつもりでな」
リーダーと思しき髭面の男が射殺すような目で俺を睨みつけながら口を開いた。
「轢いてしまったのは済まない、だがあんな突然目の前に現れたらさすがに止まれないし、第一あんた達は最初から殺すつもりしかなかったんじゃないのか?アイテムやら金だけ奪ってもいつか仕返しされる事だってあるかもしれない、それも盗られた人だけでなく大規模な討伐パーティーでね。そんな事になるくらいならここで確実に仕留めるはずだろう、違ったかな?」
俺が話している最中ずっとリーダーを含め他の連中もニタニタと俺を見て笑いながら話を聞いているのが不気味でしょうがなかったが、ビクついても仕方が無いので声が震えないように腹に力を入れて最後まで言い切る。
「けけけ、確かにその通りよ。で、どうするよ?身代わりにあの女だけ置いていきゃ俺たちは兄ちゃんには手は出さないぜ?兄ちゃんの連れの女中々いい女みたいだしよぉどうだい、悪かねえ話だと思うんだけどなぁ」
下卑た笑いをしつつリーダーはサオリを差し出す事で俺を見逃す提案をしてきたがそんなのは初めからお断りだ。あくまで身代わりになるのは俺で助かるのはサオリ、これが絶対条件だ。
「いや、出来るならその逆が良いな。俺がここで身代わりになるから、彼女だけは見逃してくれないか?」
サオリには俺たち二人が助かる交渉をするように言って来たがそんなのはこいつら相手に虫が良すぎる、なので生贄が必要になる訳でそういうのは俺がやるべき事だ。
「ヒーロー気取りか兄ちゃん、気に入ったぜ。俺と一対一で戦って勝ったら兄ちゃんから貰うもんは貰うが命だけは助けてやるよ」
「良いのか?」
「他の連中は気に食わないのが居るかも知れんが俺はこれで良いと思ってる。ここで借りを作っておけば討伐パーティーなんて厄介な物を用意される事も無いだろうしな、勿論来たら来たで反撃させてもらうがね。で、兄ちゃんはどう思うよ?」
違反プレイヤーにもこういう奴が居るのか。こんなすっきりした性格の奴が違反プレイヤーなんかしてるなんて何か事情でもあるんだろうか?だがまぁそれは置いといて確かに魅力的ではある。
「そっちがそれで良いというなら俺は構わないよ。要は俺が勝てばこの場は助かるってわけだろ?」
「交渉成立だな」
リーダーはそういうと仲間を離れさせ、背中に背負ったバトルアクスを構える。
「俺の名はエリド、もう二度と会わなくなるかも知れないが名乗っておく」
「俺はトモ、あんた強そうだからそうなるかもな。だけどやるからには最後まで諦めないさ」
俺はさっきのモグラと戦った時と同じ構えを取る。
「そんじゃ、行くぜ兄ちゃんっ!」
エリドはバトルアクスを振り上げ緑色のエフェクトを発生させ一気に距離を詰めて振り下ろして来た。俺はそれを寸前で体を横に移動させ回避し振り下ろした体制のエリドの無防備な横っ腹にパンチを叩き込む。ヒットはしたがエリドは体を鉄製の鎧で包んでおり、HPはほんの僅か減った程度で大したダメージは与えられなかった。流石にあの鎧の防御力を打ち抜く攻撃力は俺のパラメータ的に不可能に近いこのままでは長期戦になる、だがそれなら別の部位を狙えば良いだけの事だ。
「兄ちゃん、そんな安物グローブのパンチじゃ俺の鎧にはさっぱり効かないぜ?」
お互い再び間合いを取り、構え直す。
「そうみたいだな」
「余裕そうな顔してんなぁ!」
エリドは、バトルアクスの持ち方を変え再び緑色のエフェクトに包み込むと勢い良く地面に突き刺してエリドを中心に地面が抉られ土の塊が俺の体に叩きつけられHPが2割ほど削られた。俺はそれを視界の端に捉えながら多めに間合いを取り直す。
「結構斧スキル鍛えていやがるっ!!」
「どうよ、殆んど初期装備の兄ちゃんじゃ俺に勝てる可能性は限りなくゼロに近いんじゃないかぁ?」肩にバトルアクスを担ぎながら間合いを詰めてくるエリド。
「いや、そうでもないぜ」
俺は構え直しながら視界に映るメッセージを読んだ。
『条件を満たしたので体術スキルを習得しました』
「へへ、これでさっきよりかはマシかな?」
体術スキルとは文字通り体を使った攻撃スキルで、拳やら足やらを使った要は格闘技スキルとも言える超接近戦型攻撃スキルで、習得条件は拳やら蹴りで攻撃を何度かヒットさせる事。さきほどの巨大モグラとエリドへの攻撃で条件が満たされたので習得したというわけだ。
「こっからはちょっとマシになるかもよ」
俺はさきほどと若干違う足を僅かに上げた構えに変え狙いを定める。そこへエリドが最初に使ってきた突進型斧スキル『アクスブロー』で飛び込んでくる。振り上げ切った状態から振り下ろしが始まるまでの間は無防備なのがこの技の弱点、その隙に俺は覚えたての体術スキルで唯一使える蹴り技『灰燼脚』を赤いエフェクトを放ちながらエリドの顔面に叩き込みギリギリのタイミングで振り下ろしを避けすれ違う。
「ぐうっ!」
顔面を押さえよろめくエリドにここぞとばかりに只のパンチやキックを灰燼脚使用後の待ち時間に織り交ぜ確実に鎧に守られていない頭頂部周辺や首に攻撃を叩き込んでいく。
だがそこで狙ってやったのかたまたまだったのか知る由もないが俺の右足をエリドは左手で掴み右手で持ったバトルアクスで右斜め下から左斜めに俺の体を切りつけた。途端に、HPが5割ほど減り緑から赤に変色する俺のHPバー。
「っがあああ!!」
たまらず悲鳴を上げ闇雲に暴れエリドの腕から逃れ距離を取ろうとするが離す事が出来ない、見ればエリドのHPバーも俺のラッシュで5割を切っていた。
「やってくれるじゃねえか、兄ちゃん。俺もさすがに格下相手に熱くなりすぎた今回はここまでにしないか?賭けは成立。アイテムと金だけ置いてあの姉ちゃんと次の街に行くと良い」
「本当に良いのか?」
俺は一瞬走馬灯が過ぎっていた頭を上手く切り替える事が出来ず声が裏返ってしまっていた。
「男に二言はねえ、さぁとっとと荷物を出しな」
俺は助かった実感が掴めず震える手でメニュー画面を開き所持している回復アイテム、金をその場にドロップしようとしたのだが震えていたせいか全アイテムオブジェクト化を押してしまい俺の体は白いエフェクトに包まれ光が消えると俺の足元にはリモコで新しく買った回復薬やら薬草の他薄手のローブやらグローブだけに止まらず本当の初期装備のTシャツとズボンまで外してしまいパンツ一丁の姿をエリドたちの前に晒してしまっていた。
「・・・・・・」
さすがにエリドもそこまでは要求してないぞ?という困惑した顔を浮かべたがすぐに笑いを堪えられなくなったのが他のメンバー同様爆笑し始めた。
「ぎゃーはっはっは!!おいおい、あんな熱くて面白いバトルをした後に今度はそんなんで笑わせてくるとか兄ちゃんただもんじゃねえな!」
「ち、ちが!これは手が震えて押し間違えたんだよ!」
「わーったわーった、とにかく服着ろ。プクク、向こうで連れの姉ちゃんが待ってるぜ?気をつけてな」
そう言ってエリドは俺の肩を叩いて俺がオブジェクト化した回復系のアイテムと装備品、ただしローブとグローブのみを回収すると他のメンバーに声をかけ離れていった。
と、俺がTシャツとズボンを装備し直してサオリの元へ振り返り歩き出そうとしたところで
「トモって言ったか、兄ちゃん。またどこかでな」
そう言ってエリドはとても違反プレイヤーとは思えない清々しい笑顔を浮かべ俺に手を振り今度こそ俺たちとは別方向へ仲間達と歩き出して行った。
「またって・・・・・・、正直もうこんな命のやり取りは御免被りたいんだけどなぁ」
そう俺は呟きながら、座り込んでいたサオリに近づいていき声をかけた。
「最初の話し合いで解決は無理だったけどなんとかなったよ」
俺がそういうとサオリは俺の顔をじっと見つめて
「あんた、本当に馬鹿なのね。自分の命を差し出してアタシを助けるとか死ぬのが恐いとか言ってた癖に全然言ってる事とやってる事が違うじゃない!」
「だってさ、サオリみたいな可愛い子を差し出して自分が助かるとかありえないでしょ。男は見栄を張りたい生き物なんだよ、それに死ぬのは恐いけど戦うのは嫌いじゃないんだよね、俺」
俺は頬を掻きながら答えるとサオリは僅かに頬を赤くし
「か、可愛いとか。ば、ばっかじゃないの!ほらさっさとライバックに乗って次の街に行きましょ!」
とか言いながら妙にせかせかした態度でサオリはのんびりと雑草をむしゃむしゃ食べているライバックに向かっていくのを眺めながら俺はなんとか繋いだ命を確かめるように深呼吸をして頭上に広がる青空を眺めた。
久方ぶりの戦闘回です。書いてて日常回も戦闘回も好きなんだなぁって思いました。意見感想待ってます。