第二十四話
山を登り始めてどの位の時間が経ったのか全く分からないまま俺たちはひたすら山頂を目指して歩き続けているのだが、登るだけならばVR世界のおかげで高山病にもならず標高が高すぎる山で行う体を慣らす作業の高度順応をする必要も無くただひたすら登っていられるので現実世界で休みとあらば一日中部屋に籠ってゲーム三昧の俺でも楽なのだが、今度は現実とは違いモンスターがそこかしこで現れては倒さなければならず、登っては戦い登っては戦いという流れを結構な数をこなしていた。
「さすがにそろそろ山頂に着いても良いと思うんだけど」
そう言いながらリリは黒い霧が薄まりつつあるのをかったるそうに眺める。
「ああ、確かに霧が薄れて来てはいるし、着いても良い頃だとは俺も思うんだが」
こちらに背を向けたまま相槌を打つコウジさん。
それからしばらく歩き続け霧が完全に消えると視界に広がったのは雪に覆われた山々とその先にあるのは氷が張っている巨大な湖とその中心にある浮島の上に出来ている街だった。
「おお、街がある! これで貯まりに貯まった素材で装備新調出来るな」
コツさんが嬉しそうに眼下に見える街を見つめる。
攻略ギルドの間違いなく最高峰である『ソル』に混じってこんな最前線に立っているが信じられなくなるが現にこうして一緒に新しい景色を眺めていること自分に驚いてしまう。ユウコを通じて仲良くなったこのギルドだったがユウコ抜きでもこんな風に打ち解け始めたのはいつだっただろうか? 俺がそんな事を考えていると
「トモくん、ありがとう。キミのおかげでここまで来ることが出来た。あの湖にある街でささやかだがお礼を兼ねて食事にしよう」
コウジさんはそう言って俺に手を差し出してきた。
「いえ、こちらこそ『ソル』の役に立てて嬉しいです。戦闘だって皆さんに任せっきりになる場面が何度もあったし足手まといだったと思うけど・・・・・・それでも楽しかったです」
俺は頭を掻きながら心からの礼を告げる。
「なぁにかしこまってんだかトモっちは。ほら! さっさと下山して街で騒ごうよ!」
コウジさんと向かい合って話していた俺をリリが後ろから押し出すようにして下山のためのルートに誘導していく。
「わ、分かったから押すなって! 危ないだろ!?」
俺とリリを先頭にして再び歩き出す各々。
と、俺たちが登って来た方とは別の崖になっている所から金属の擦れるような音が響いてきてそちらの方を向くとそこには全身が氷で形成されている虎が大きな図体を低くしてこちらを威嚇しながら近づいて来た。
「何もないと思って拍子抜けしてたが、遅れて登場とはな」
「待ってました! エリアボス・・・・・・で良いんだよね?」
ギルド内でも好戦的な二人、イヴェールさんとしずくさんがそれぞれ武器を構えて氷虎に対峙した。
「イヴェール、しずく!! こっちも装備を消耗してるし回復アイテムも少ない! いつもの無茶はするなよ!」
二人に声をかけながら自分も前に出て盾を構えるロナードさん。
「やれやれ、酒場行ってさっさと飯食いたいのに邪魔するんじゃねえよ」
コツさんもイラついているのか少し低い声を出しながら鎚を構える。それに続き俺とリリ、そしてコウジさんも両手剣を構え様子を窺う。
「さて、それじゃ飯の前にもう少し腹減らすための運動しますかねっ!」
コウジさんが一際大きな声を出して活を入れると氷虎はその音に驚いたのか低くした姿勢から一気に先頭にいるイヴェールさんとしずくさんを飛び越え俺たち後列に襲い掛かって来た。飛びかかりをそれぞれ回避して間合いを取り全員で取り囲むような陣形になってまずは先陣を切ったのはしずくさんだ。愛刀を居合の構えにして刀スキルを発動させる。スキル名は『虎月』、居合いの構えから一気に刀を振り抜いて勢いをそのままに自らも宙に跳ぶ初期スキルの一つだ。
「っ!!」
無音の気合いを発しながらしずくさんは『虎月』を氷虎へ放ち左前足を切り裂くとそのまま宙に跳び体を捻りそのまま反対側の右前足の辺りを切り裂きながら着地、氷虎のHPを僅かだが削り取る。氷虎はしずくさんの先制を受け後ろに下がろうとするも後ろにはロナードさんが槍を構えて後ろ脚を突いて追い打ちを与え反撃にとばかりに尾の先が鉄球のようになっているそれを振り回してくるが盾で防御し確実にダメージを与えている。
「おらぁ!」
「こんのぉ!」
今度はコツさんとリリが二人同時に鎚スキルを発動、氷虎の顎を全力で叩き上げ、あまりの衝撃で氷虎の巨体が少しばかり浮き、その隙を逃すまいとコウジさんが両手剣スキルを使って首に向かって攻撃を叩き込む。たまらず悲鳴を上げる氷虎に今度はイヴェールさんが走り出して突撃、走り高跳びの要領で一気に氷虎の頭上へ飛び乗ると槍を後頭部に突き立てる。急所判定で大ダメージを食らい、のたうつ氷虎にさらに追い打ちをかける。氷虎のHPはまだまだゲージ3本ほどある、ひとしきり槍でダメージを与えたイヴェールさんは槍を引き抜き頭から離れる。体を起こした氷虎が俺の顔を見るや鋭利なナイフのような牙を見せつけるようにして口を開き襲い掛かってくる。一瞬身が竦むが覚悟を決め俺も使い慣れた体術スキル『灰燼脚』を発動させ迎撃するも俺の装備ではダメージがあまり通らなかったようで氷虎の頬に当たって目立った反応も示さないまま左前足に掴まり地面に叩きつけられる。
「ぐぅっ!?」
現実にこんな巨大な虎に押し倒されたらおそらくこの程度の圧迫感では済まないだろうな等と場違いな事を考えつつなんとか脱出しようと足に攻撃を加えるが全く意に介さず氷虎は俺の目の前で口を大きく開けて俺を食おうとしてきた。防具類が初期装備とそれほど変わらない今の俺の防御力はたかが知れており今の叩きつけに加え押さえつけられている事による追加ダメージでHPは一気に三割以下に落ち込み赤に変わるまで減少していた。そしておそらくこの噛みつきを食らったら間違いなく残りのHPは消し飛びこの世界から俺のアバターは消え去り、現実の俺自身も死ぬ。やはり、無茶せずせめて避ける事に専念していれば良かったんだ、いや違うそもそもスタトの街から出なければ良かった? 今さらどうでもいいような事を色々と考えている間にも氷虎の口は近づいてくる。
「トモっちから・・・・・・離れろぉおおおおお!!!」
視界の隅でリリが鎚を振りかぶり氷虎の横っ面に叩き込むのが見えた。リリの会心の一撃を食らい転倒する氷虎、そこへ他のメンバーが追い打ちをかけ更に氷虎を追い詰めていく。
地面に横たわったままの俺をリリは体の間に手を滑り込ませ強引に起こす。
「トモっち!? 大丈夫!?」
泣きそうな声を必死で張り上げリリが俺の顔を覗き込んで具合を聞いてくる、出来るだけ明るい声を出して安心させようとしたけど、出てきたのはなんとも頼りない消え入りそうな声だった。
「あ、ああ・・・・・・だい・・・・・・じょうぶだよ」
声も体も震えている、きっと涙も浮かべているんじゃないだろうか・・・・・・情けない限りだ。
俺のザマを見てさっきよりもさらに辛そうな表情でリリは俺を数秒見つめ一瞬だけ顔を伏せて再び顔を上げると
「・・・・・・待っててトモっち。すぐ終わらせてくるから」
そう言ってリリは立ち上がり氷虎へ襲い掛かる。
助け起こされても立ち上がるまで行かずへたり込んでしまっている自分がなんだか他人の体のような気さえしてくる中で、視線だけはかろうじて戦っている『ソル』の人たちに向けている。
「凄い、凄いよホント。あんな死ぬかもしれない一瞬をあの人たちは何度も何度も掻い潜ってきたんだ。それに比べて俺はユウコのギルドに混じってお使いみたいなクエこなしたり、危険な戦闘の時はただの緊急退避のための移動手段要員で直接戦闘に関わったことなんて一度もない。この前のイベクエだってたまたま俺は生き残っただけで何人かは死んでるんだ、もしかしたらあの時死んでいたのは俺かも知れないんだよな・・・・・・」
そう、俺がこの世界で命の危険を感じるほどHPが減ったことなんて今まで一度も無かった、エリドの時だって半分は残っていた。そんなぬるま湯に浸かり切っている俺がギルドに憧れ? 笑えるどころが腹が立ってくる。こんな俺がギルドを作ったりギルドに入ったりなんかできるわけがない。そんなの全力で死と隣り合わせの戦いをし続け来た彼らへの侮辱でしかない。
今だってロナードさんが盾の耐久値がもう既に限界に来ていていつ壊れてもおかしくないのに前に出て壁役を買って出て攻撃特化のメンバーをサポートしているしリリやコツさんは盾を持てないし重たい槌のせいで動きがどうしても他の武器より遅くて攻撃をどうしても躱しきれなくてHPを削られていくのにどんどん前に出てダメージを与えていってる。
「俺は・・・・・・やっぱり役立たず・・・・・・なんだな」
数十分後、氷虎を見事撃破しコウジさんたちは心配そうな顔で俺の方へ駆け寄って来た。
「大丈夫だったかい? トモくん」
「あ・・・・・・はい。大丈夫です」
コウジさんが俺に手を差し出してくれたのだが、その手を俺なんかが取っていいのか分からなくなって結局気づかないフリして一人で立ち上がりノロノロと歩き出す。
「さぁ・・・・・・行きましょうか」
俺は精一杯明るく声を出したつもりだったが思うようには行かず気の抜けた無気力極まりない声が喉から出た。
「どうしたの? トモ君、なんか変だよ?」
俺の眼を覗き込んでくるしずくさんの目をまともに見れず目を逸らしながら俺は答える。
「いや、まぁなんていうかちょっとさっきの死にかけた感じが抜けきらなくてですね・・・・・・ハハ」
それ以上『ソル』の誰とも会話したくなくて俺は一足先に下山ルートを歩き出した。
後方では俺を気遣う優しい『ソル』の声が聞こえてきたが俺には全てが辛くて聞こえないフリを続け下山中に戦闘になっても回避に専念してみんなの邪魔にならないように間合いを取り続けてやり過ごしひたすら歩き続けた。
そして下山して少し歩いて見えてきたのは俺たちの居る岸と浮島を結ぶ中々に長い橋だった。
「よし、それじゃ街までもうすぐだ。みんな気を抜かずにな」
コウジさんが声をかけてそれぞれそれに答えると警戒を怠らずに進みだしたものの、結局橋に入った時点で安全圏だったのですぐに警戒を解き談笑しながら橋を渡りきり、まずは食事という流れになってさらに騒がしくなる話し声、そんな『ソル』のみんなが意気揚々と酒場へ歩いている中で俺は下ばかり見ながら情けなく暗い気持ちのまま付いていくのだった。
パソコン復活しました! 待ってていてくれた人が一人でも二人でもいてくれたとしたら申し訳ない気持ちで一杯です。ノリと勢いの第二十四話。意見感想待ってます。




