第一話
第二のデスゲームがアナウンスされて二日目。
絶望に立ち尽くしていたプレイヤーが未だに広場から動けずかなりの人数が残っていた。
そんな中でも精神面が強いのかただのMなのか分からないが気持ちを切り替え
再び攻略に乗り出すプレイヤーたちもそれなりに居た。
たとえば今俺の右手を左手でがっちり掴んでぐいぐい引っ張っていく黒髪の少女ユウコ。
彼女はアップデート前のヘル・オンラインでラスボス部屋まで到達し鍵を手に入れるまでに至った
トッププレイヤーの一人だった。
そんな彼女もアップデート初日は広場で泣き叫んでいたが近くで立ち尽くしていた俺に気づくと
涙を手の甲で乱暴に拭って左手を横に振るってメニュー画面で何かを確認すると
ピシッと姿勢を正して立ち上がりこちらに近づいてきて手を差し出しいつもの笑顔でこう言ったのだった。
「さ、今度こそやってやるわ!トモ、今回はあんたも手伝ってね?」
そんな事があってユウコに連れられて早々にスタトの街を後にしてそこから一番近くにあった
リモコというスタトには大分見劣りするがそれでも十分立派な街並みを構えた街に来ていた。
ちなみにユウコは現実世界では俺と幼稚園から一緒の腐れ縁的存在。本名は中村悠子
幼稚園の頃はいつもゲームばかりしていた俺と悠子だったが年を重ね小学校高学年辺りになってくると
可愛い女子たちのグループに混ざり始め遊ぶ機会が減っていき中学校に上がれば学年一の美少女と
同じ学年の男子からは憧れの的になったりと俺みたいな中肉中背のオタク野郎とは
別世界の住人のように成長していった。そして高校に上がった時には即効でチャライ男子から
次々と告白されている所を度々見かけるようになったが悠子はきっぱりと交際を断り
誰とも付き合わずに居たが、それを面白く思わない女子たちからは疎まれるかと思えば
持ち前の明るさが敵意を和らげるのか女子たちからも慕われる
性別問わず学年の人気者になっていた。
このように片やオタク片やマドンナという月とスッポンという言葉がしっくりくるほど
違いすぎて引け目を感じる俺の事など気にも留めず暇さえあれば俺の部屋に勝手に
上がりこんでゲームを借りに来たり深夜アニメを一緒にだらだらとくっちゃべりながら見たりと
付き合い方が幼稚園の頃と変わらずに続いていた。
そしてこの『ヘル・オンライン』も二人で夏休みを利用して三日前から並んで手に入れた物だった。
話は唐突に変わるがこの『ヘル・オンライン』はネカマは出来ない。
ゲームを起動する際にシステムチェックで自分の体を触るという項目があり
それを元にゲーム内でのアバターが製作されるからだ。
ゲームだから顔とか弄れるだろうと思っていたがそんな事が出来る店は結局ゲーム開始から
この間のアップデートの日までの一年半の間一切見つけられずに終わった。
そういう事情により全プレイヤー人数は現在一万六千弱。
その殆どが男性プレイヤーが占めていて女性プレイヤーはほんの一握りなのである。
居たとしても死ぬのが怖くてスタトの街の宿屋や市街地から一歩も動かず引きこもっているのが
殆どで人目につかない、それが美少女となれば尚更だ。
ある意味レアモンスター並みの扱いになっていたりする。
そんなレアモンスターに手を握られ引っ張られている俺に対する妬みや羨望の視線は
強烈すぎて視線でHPが削られていくんじゃないかと思うほどである。
だから正直、別行動がしたい。
それに俺はこのゲームから早く開放されたいとかはそんなに思っていない。
現実に帰ったって進学か就職かって鬱陶しい問題が待ってるし。
それに既に一年半が過ぎてる。もう現実世界でどう生きていたかすら曖昧になってる気がする。
そして俺は死ぬのが怖い。
アップデート前の時はスタトの街から一歩も出ないで街中を毎日毎日ブラブラしていた。
死ぬのは怖いけど街中は安全。
だったら街からは出ないで散歩とかしてればNPCから適当な街中で済ませられる簡単な
クエストを受注してクリアして食費(仮の空腹感が設定されているので)を稼いでいれば
いいんじゃん?
と考えて自由気ままに過ごそうと決めていたらユウコから覚えたての両手剣スキルでぶっ飛ばされたのは
良い思い出。
「早く、帰らなきゃおじさんたちが心配するでしょうが!」
そんな事を良いながらユウコは俺の手を今みたいに引っ張ってゲームクリアを目指して装備を強化
していった。
無理矢理フィールドに連れて行かれたりもしたけど、それでも俺は死ぬのは怖かったのでユウコの叱咤激励とか
ギルドの勧誘とか全部断って街中を闊歩していたのだった。
その時のあまり戦闘に役に立ちそうもないけど成り行きで覚えたスキルたちは消えてしまったけど
今回のアップデートでも存在が確認できたので今回も街中での暇つぶしには事欠かないようだし
今回も今まで通り断固拒否するつもりなのでそろそろもう良い頃合いではないだろうか?
「なぁ、ユウコ。お前のそのクリアするために頑張ろうとする根性とやる気は素直に凄いと思う。
けど、俺は前も言ったけどやっぱり死ぬのは怖いんだ。
いくら武器や防具で身を固めようと結局、ダメージが0になるわけじゃない、
それでHPが減っていくのを見るだけで俺は耐えられない。
だからユウコ、お前と一緒には行けない」
俺の言葉を聴いているのかいないのかユウコは全く歩みを止めずに進み続け
やがてフィールドと街の境目のアーチ状の看板の下で止まった。そこでは
「パーティー組みませんかぁ!?」など次の街へ向かうためのパーティーメンバーを募集するプレイヤーたちで
賑わっていた。
「トモ、私今まで頑張ったよね?」
喧騒の中に消えてしまいそうな声だった。
「HPが0になったら終わり、それを知った時凄い怖かった。だけどそれでも早く向こうの世界に
帰りたいって気持ちを支えにして戦った、いっぱいいっぱい戦った。
ギルドを作って私と同じ気持ちの人たちと本当に命懸けで戦ってきた。
トモが誰かがクリアするのをただ待ってるっていうやり方も考えた。
だけどやっぱり私は誰かが命懸けで戦っているのに街でただ待つっていう行為が
申し訳無くて耐えられなくてだから私は、自分でクリアを目指すことを続けてきた。
でも、今回ので私の心は弱ってしまった。
やっとここから出られると思ったのに、また一からやり直しなんて
心が折れそうになった。
それでもあの時、近くにトモを見つけたとき凄いほっとしたの」
そこでユウコは俯いていた顔を上げて涙を浮かべた瞳を真っ直ぐ俺に向けて口を開く。
「トモが傍に居てくれたら私、もうちょっとだけ頑張れる。
だからお願い、私と一緒に戦って・・・・・・」
長い付き合いで見慣れてるいつもと違うユウコの熱の篭った瞳に見つめられて言葉に詰まりかけるが
それでも俺の気持ちは変わらない。
「ごめん、ユウコ。
俺は考えを変える気は無いよ。俺はまたこうやって街中でひたすら待つことにするよ」
俺も目を逸らさずユウコの瞳を見据えながらはっきりと意思を告げる。
「・・・・・・そっか、残念」
ユウコは今まできつく強張らせていた表情を緩ませると苦笑を浮かべた。
「わかったよ、トモ。
私一人でまた一からメンバー集めてギルド作って今度こそクリアするために頑張るよ
だけど、たまにはご飯一緒に食べようね?」
苦笑を浮かべたままユウコは一歩二歩と下がりやがてクルッと体の向きを変え
背中を向け手をひらひらさせながら歩き出す。
「ああ、またな。ユウコ」
何処か寂しそうなその背中にチクリと胸を痛めつつも
ユウコがパーティを募集している一団に話しかけ参加させてもらい他のプレイヤーに混じって
次の街を目指し歩いていくのを視界から消えるまで見送り続けた。
ユウコを見送った後、俺はそのままリモコの街中をぶらついて適当なNPCたちに話しかけて街から出ないクエストで
なおかつ前のヘル・オンラインで俺が習得していたスキルを鍛えられる物を物色していた。
ユウコとスタトを出てからリモコに着くまでにちょっとだけクエストを受注しスキルとアビリティを覚えるだけは
して置いたのであとは鍛えてこのゲームがクリアされるまで存分にここでの暮らしを楽しむつもりだ。
「お、あったあった」
希望の条件を満たしたクエストを発見したので受注する旨をNPCに告げると
俺は指示された街外れにある運び屋に向かって歩き出した。
これまでのヘル・オンラインの移動手段は歩き、NPCに代金を払い馬車を出してもらう、それか一度でも行った事がある街なら
それぞれの街の中央広場に設置してある転移門からの移動(行き先を告げると瞬時に目的の街に行ける)
もちろん、安全なのは最後の転移門だが新しい街には行けないのがネックだったりする。
まぁアップデートで何かしら条件が変わってたり手段が増えてたりするかも知れないが今のところは以前と変わりないようだった。
ちなみに以前見かけたのだが他のプレイヤーがフレンドから行った事の無い街の名前を教えてもらいそれを転移門に告げたが反応せず
手を繋いだ状態でならとやってみたが行った事があるプレイヤーだけが転移し相方が残されるという結果に終わった。
そんな事もあって一番無難なのがNPCに馬車を出してもらうというのがこのゲームでの主な移動手段だ。
だが必ずしも安全とは言い切れない。このヘル・オンラインの中には殺人を文字通りゲーム感覚で楽しむプレイヤーキラー略してPKを
する危険なプレイヤーが存在しており馬車が襲われるなんてことがあるので移動の際は出来るだけ助け合えるようにある程度の
人数で移動するのが鉄則になっていた。
ただしクリアを目指すプレイヤーたちは殆ど馬車には乗らない、なぜならフィールドを歩くモンスターを相手に
自分の装備武器のスキルを鍛えたりアビリティを強化したりしなければならないのでとにかく戦闘をこなさなければならないからだ。
あとは単純に戦闘が好きだからという理由で疲れた時くらいしか馬車などを使わないという人もいる。
「まぁ、まだ二日目だからそんなに身構える事もないかもしれないな」
俺は空を仰ぎ流れる雲を眺めながら誰に言うでもわけでもなく一人で呟いた。
考え事をしているうちに目的の場所に着いた。
「ええと、店長はあの人かな?」
俺は沢山の馬がもしゃもしゃと牧草を美味そうに食べているのを見て満足げに微笑む一人の老人NPCに話しかけた。
「あんたが依頼を受けてくれた人か、とりあえず案内しよう」
老人は事情を歩きながら話し始めた。
「いやぁ、あの暴れ馬をなんとか手懐けたくてねぇ。だけどあんな気性が激しいのは運び屋の仕事に使うのは無理だし
とりあえず手懐けてくれたら一頭だけを貸し出すようにするつもりなんだ、もし手懐けてくれたらあんたには無料で貸し出すよ
さぁ着いたぞ、こいつがこの店一番の暴れ馬ライバックだ」
おいおい、名前がキッチンじゃ負け無しの無敵おじさんじゃねえか!確かに暴れ馬には良い名前かもな。
これが俺の習得しているスキルやアビリティの熟練度を上げるのに最適なクエストでとにかく一定時間対象に騎乗し
続けて大人しくなったらクリアという物。
前回もこれと似たようなクエストをクリアしまくって駆け回ったもんだ。
このクエストで上がるスキルは騎乗スキルと調教スキルの二つ。あと暴れ馬の手綱を握り続けることになるので
筋力アビリティも結構上がったりする。
これの熟練度を上げて馬を借りて街中を駆け回るのが俺の日課だった。ほぼ毎日そんな暇な事をしているので
他の真面目にクリアを目指しているプレイヤーや街から出ないで引きこもってなんのスキルもアビリティも上げないプレイヤーから
『上様』などと嘲笑されていたりしたが死ぬのが怖いけど元々の性格のせいか、じっとしてるのが嫌いなので引きこもりにもなれず
フラストレーションが溜まっていた時にこのクエストとスキルを見つけた時の嬉しさは半端ではなかった。
毎日乗る度に少しずつだが騎乗スキルや調教スキルが上昇し新しい街が開放されればすぐに馬でフィールドを突っ走って
街に到着するやその街でまた新しい暴れ馬情報を聞きつけ手懐けてと言う事繰り返して過ごしていたのだった。
「さてさて、はじめるとしますかライバックさん」
暴れ馬にそう話しかけると俺はさっそく馬に飛び乗った。
途端に暴れだすライバックを手懐けるべく俺も必死に手綱を握り振り落とされまいと踏ん張る。
小屋から飛び出し土煙を上げながらひたすらに俺を振り落とそうとすライバック。
こりゃまずい、必要スキルは覚えているけど熟練度が足りてない!
俺がライバックに左手の人差し指を手綱を握りつつ無理矢理タップしてステータスを開いてその事を知ると
一瞬ライバックが首を捻って目だけをこちらに向けてきて
「坊主、おまえさんにはまだ早いんじゃないか?」
ダンディなおっさんの声で言われている気がした。
まぁ確かにまだ熟練度は足りてない。だが足りて無くてもやれない事はない、ただ成功率が低いってだけで。
「まだまだ、諦める気はねえぜ」
俺は自然と口の端を吊り上げ笑っていた。
この類のモンスターや動物を手懐けるクエストのクリア条件は一定時間騎乗し続けるか手を触れ続けているかのどちらかなのだ。
リスとか猫とか犬とかなら触れている時間、今俺が挑戦している馬とか牛とか体格が大きい対象の場合が騎乗時間だ。
視界の上に表示されているクリア時間は残り3分を切った所だった。
「このままなら行ける!」
俺は一層強く手綱を握りライバックの荒々しい動きに体を委ね衝撃を受け流しまさにロデオマシーンを楽しむように
時間が経つのも忘れ没頭し始めた。
やがて3分が経過しポーンと間の抜けたクエスト達成の効果音が鳴り店からさきほどの老人が現れ
「おお、まさか本当に手懐けてしまうとはな。あんたは筋が良い様だ。これが報酬の金だ、受け取ってくれ。あとそれから約束どおりあんたにはこの
ライバックをいつでも無料で貸し出すよ、こいつに乗りたくなったらいつでも来なさい」
老人はそういうとまた店の中に戻っていった。
「だってさ、これからちょくちょく熟練度上げるために乗らせてもらうからよろくしな、ライバック」
俺が顔に触れてスキンシップを図ろうとするとぷいっとそっぽを向いてしまった。
「ひねくれてんなぁお前、名前が名前だしな。逆にべったべたにデレられても怖いよな」
ともかくこれでクエストクリアだ。
さてさて報酬も手に入ったところで、丁度昼飯時だ。
街にずっと居る上での楽しみの一つは手に入れた。次はやはり
「美味い店を探す、これに限るな!」
俺は空腹を覚える腹を摩りながら街の中心部を目指した。
感想意見してくれた方ありがとうございます。こんな底辺小説もどきをよんでくれたなんてきっといい人なんだろうなぁ。ところで変な改行なるのをなんとかしたいんだけどどうすればいいんだろうか・・・・・・orz