第十六話
レックスさん達が来るまでなんとしてでも守り抜いてみせる。アタシはそう自分に言い聞かせながら目の前の白狼たちを睨みつけ手に持った片手剣を握り直す。それにしてもなんで今日の朝の時点では視界にはHPバーなんか表示されていなかった。だというのにたった数時間後に街に戻ってみたらこの有り様だ、何が一体どうなっているんだろう?
「考えていたって仕方がないか。今はこの場を切り抜ける事だけ考えなきゃ」
再び飛びかかってきた白狼の攻撃を躱しすれ違いに剣を振るい体力を削る事に専念する。この剣じゃよっぽど防御が低い敵か体力がギリギリまで削られている状態でもない限り一撃で倒す事なんて不可能。今アタシに出来るのは時間稼ぎだ。
攻撃をしたりされたり躱したり躱されたりしながらどれくらい時が経っただろうか?時間の感覚が緊張と精神的な疲労で曖昧になり始めた頃、遠くから声が聞こえてきた。
「おーい! サオリちゃーん!」
アタシは目線を動かそうとするのを必死に堪え気を緩ませまいと意識を集中する。レックスさんの声とウルの足音がどんどん近づいてくる。その間もアタシは白狼たちを相手に立ち回る。
「よく頑張ったなサオリちゃん、こっからは俺も暴れさせてもらうぜ」
レックスさんはそう言いながら背中合わせに片手剣を構えた。
「サオリさん、店のみんなは無事だったかい?」
ウルの背中に掴まりながらウダイさんが震える声で聞いてきたので少しでも安心させようと出来るだけ優しい声でウダイさんに
「はい、皆さん無事です。お客さん達と一緒に休憩室に隠れてます」
それを聞いたウダイさんは今にも泣きだしそうな声で
「そ・・・・・・そうか、良かった。本当に良かった・・・・・・」
とウルの背中に顔を埋めながら言った。
「おい、ウダイ! まだ終わってねえんだ、泣くのはひとまず後にしろ」
レックスさんがウダイさんを叱りつけるように言うが、なんとなく声が震えている気がした。
「レックスさんの言う通りです、まずはこの白狼たちを倒してからです! ウル、ウダイさんをお願いね」
アタシはそう言うと駆け出し、レックスさんが動き出すのと重なり白狼たちの反応が遅れる、この隙を逃すわけには行かない、アタシは動きが遅れた手近な白狼に切りかかりダメージを確実に与えていく。先ほどの戦闘でこの場に残っている白狼たちはほぼ全員がHPを半分以下まで削っているので終わりは近い、なによりアタシなんかよりよっぽど戦闘慣れしているレックスさんがアタシよりも多くダメージを与え一匹、また一匹と数を減らして行く。
「ラスト!」
アタシは声を張り上げ剣を最後の一匹へ突き立てると白狼はアイテムをドロップし粒子になって消えた。
「ふう、なんとかなったな。それにしても一体この街で何が起こってるんだ?」
レックスさんはそう言いながら街の変わり果てた惨状に目をやる。
「本当にこの状況は一体なんなんでしょうね、バグって訳でもなさそうですし」
アタシもレックスさんと同じ様に辺りの壊れた建物を見ながら答える。
「二人とも、とにかくまずは一息入れようよ。さっきから戦いっぱなしだろ?休まなきゃ持たないよ」
そう言ってウルの背中からウダイさんが降りてこちらに歩み寄りながら話す。
「それもそうですね、また襲われるかも知れないしひとまず削られた体力を回復させておきましょう」
アタシはウダイさんの方を向いて頷くとノースガーデンの壊れて開いたままになってしまっているドアを通り店内に入ってフォレストさんとベンホウさんを呼んだ。
まずい、非常にまずい。
何がまずいって、緊急事態で周りがゾンビだらけで街の至る所が壊れてたり燃えてたりどこぞのゾンビ映画みたいな状況に目が覚めたらなっていてなんとか宿から飛び降りてライバックに乗ったのは良いんだ。
だがしかし、問題なのは宿で知り合ったマキシというプレイヤーだ。俺は基本的に人見知りで初対面の人には決して自分からよっぽどの事が無い限りは近づこうとはしないのだが起きて早々戦闘になり気が動転したまま流れで自己紹介をし合って行動を共にする事になってしまった。今のライバックの速度は全速力からは程遠い物のそれなりの速度で走っている、にも関わらずこのマキシというプレイヤーは苦も無く併走していた。
「マキシさん、ステータスの筋力か敏捷のアビリティ結構鍛えてるんですね初期化されて間もないのに」
俺はなんとなく気になったのであえて自分から話題を振る。
「え?ああ、これには事情があってな。アップデートされる以前の事なんだが俺の所属していた数人の小さいギルドが丁度南エリアの砂漠を歩いていた時に地中から大型のサソリのモンスターが現れてさ、みんな必死に戦ったものの防御が硬すぎてダメージは通らないし攻撃は尻尾と鋏のダブル攻撃、メンバーが一人二人と死んでいきリーダーがサソリに一人で突っ込んでってさ、俺の逃げる時間を稼いでくれたんだ。その時以来俺は速さを鍛えて戦闘も逃亡にもしっかり安全圏を保つようにしてるんだ、悪いな長々と」
バツが悪そうに顔を背けるマキシさん。その顔から滴が飛んでいくのが見えたが口には出さなかった。
「いえ、俺もすいません。辛い事を思い出させてしまって」
俺はライバックに乗りながらもマキシさんに顔を向け誠心誠意頭を下げた。
「いや、良いってもう一年近く経つしな。だいぶ吹っ切れてるよ、それよりもうすぐ街の中心部だ、どうするんだ?」
マキシさんには詳しい事は行っていなかったので手短に話す。
「前に何度か友人と街でここまで酷くはなかったんですけど、こういうイベントを体験したことがあるんですよ、だからもしかしたらこれもその類なんじゃないかなって」
「そんな事があったのか、俺は一度も無かったな」
マキシさんは目を丸くしてこちらを見て来る。案外表情変わる人なんだな等と思いつつ
「友人曰く相当レアなイベントな上に難易度も街の一般クエストとは桁違いに難しいから一人でやろうとか考えないようにって言われました」
今も北を目指してギルドを率いているであろうユウコを思いつつ答えた。
「そんなに難しいのか、じゃあ俺たちだけでやるのも無謀なんじゃないのか?」
「あ、それはもちろん俺たちだけでやろうなんて思っちゃいません。確かめに行って、もしそうなら今この街に居る人たちやそのフレンドのみんなに協力してもらってこのクエストをクリアします」
「この街の人たちやフレンド・・・・・・か。当てはあるのか?」
マキシさんが心配そうに問いかける
「正直、今攻略の真っ最中でダンジョンに入られてたらメールが届かなくて手遅れになる場合もありますがあいつに来てもらえればなんとかなると思います」
あんまり自信満々に言うもんだからマキシさんが興味を持ったのか聞いてくる
「その人ってそんな凄いのか?攻略プレイヤー・・・・・・まさか、あの『SOL』のコウジか『エンカウント』のユウコだったり?」
「あ、はい。ユウコです」
「え?」
まさか本当だとは思ってなかったようで固まるマキシさんをしばし見守ると
「おいおいおい! あのユウコとお前がフレンド!? てことはお前も相当なプレイヤーなんじゃ・・・・・・」
「いえ、俺はただの一般プレイヤーですよ」
俺はそう言って広場から少し北にあるNPCの領主が住んでいる屋敷の敷地内に進みライバックを途中の壊れた街灯に手綱を結ぶと所々壊れつつも未だ立派に存在を主張する屋敷に向かって歩きだす。
前回までのこういった街独自のイベントは一般のクエスト受付などでは状況やクリア条件などが分からず時間切れになることもしばしばあったが何回か経験するうちに情報屋ギルド『住所不定無職』が調べたりしてくれたおかげで街のお偉いさんのNPC、村長やら町長とかそう言った類の役職のNPCを尋ねると教えてくれる事が判明したのだった。それを歩きながらマキシさんに話す。
「その情報が広まる頃には俺はギルドを抜けていたってわけか、もしあいつらが生きていたら参戦してたのかな」
何処か遠くのあったかもしれない風景を見ているのかマキシさんの瞳の中にかつての仲間たちとクエストに出発するマキシさんが見えた気がした。
扉をノックして執事が応対し客間に案内されて数分、俺たちの目の前に現れた領主は疲れ果てた顔で途切れ途切れになりながら話し出した。
「この、この街をなんとか救ってくれ・・・・・・あの、忌まわしい大蛇を・・・・・・」
その言葉を告げると体調が更に悪化したのか執事に支えられながら領主は部屋から出ていった。
そして、俺の視界にクエスト受注のアナウンスが表示された。
『バイオレットスネークの討伐を受注しました。なおこのクエストは明日の正午までクリアされない場合このテブルの街はモンスターによって破壊され今後安全圏としての機能を完全に失いダンジョンになります、ご注意下さい』
安全圏の機能を完全に失う?ダンジョン?そのバイオレットスネークとやらを倒さない限りこの状態のままってか、前回ユウコとクリアしたり失敗したクエストよりとんでもないやつが発生したもんだ。
「おいおい、マジかよ」
俺と同じく受注アナウンスが表示されたマキシさんが、口をあんぐり開けて固まっている。結構ヤバい状況だけどマキシさんの顔の変化を見るとリラックスになるな等と会って数十分しか経ってないのにそんな事を思いつつ俺はマキシさんに声をかける。
「さ、行きますよ。マキシさん、まずはユウコに連絡してそこから今度は少しでも多くの戦闘に参加してくれるプレイヤーを集めます」
「お、おう。了解だ。お前慣れてんのな、俺なんか緊張して震えてきたぜ」
「俺だって、ほら」
俺は手を差し出すとマキシさんに見せる。
「・・・・・・わり、怖くないわけないよな」
「誰だってそうですよ、もしかしたら死ぬかもしれないと思うと怖くてたまらない。でもこのままほっといたら沢山の人が死んでしまう。それだけはなんとかしなきゃって思うんですよ」
「ああ、俺もだ。なんのために鍛えてきたか、ここで見せないとアイツらに胸張れねえもんな」
マキシさんが拳を突き出してきた
「はい、やってやりましょう!」
俺はその拳に自分の拳を合わせながら答えた、マキシさんと自然に会話している事に驚きつつ。
結局一か月に一回更新の流れorz ノリと勢いの第十六話。意見感想待ってます。




