第九話
ユウコとサオリを見送った後、俺は所持金が足りないのでそのままバイトクエを強制受注することになった。ちなみにここで断ってNPC等に危害を加えて会計をしないまま立ち去ったりすれば即座に違反プレイヤー認定をくらってしまうので、もちろんここは従っておく。
「はぁ・・・・・・まさかこんな流れになるとは。まぁいいやさっさと終わらせてしまおう」
俺は気持ちを切り替え、バイトクエストのリスト一覧に目を通す。
「とりあえず、外に出ないクエならなんでもいいや・・・・・・ん?これ、良さそうだな」
目に留まったのは決められた場所に品物を届ける宅配クエだった。
「街の探検も出来るし街の情報も手に入るかもしれないしな、よしこれに決定!」
俺がリストの下にある受注ボタンを押した途端、視界が白一色に包まれて何も見えなくなり一瞬後、目を開けるとさっきまで装備していた最低限の防具からこの店の制服に着替えさせられていた。
「おお、久しぶりの飲食店系のクエだから、こういう衣装チェンジがあるのを忘れてたな」
現実の世界では全くバイトなどせずダラダラと帰宅部を貫いていた自分がこっちじゃ生きていくために働いているというこの状況がなんとも言えず苦笑いが生まれてしまう。
「なんだかなぁ」
そんな物思いに耽っていると厨房からNPC(たぶん店長)がやってきて俺に少し大きめの紙袋に詰められた品物を俺に手渡してきた。
「こいつはお得意様のお気に入りのサンドイッチでね、いつも夜食に注文を貰っているんだ。ささ、場所はこのメモに書いてある。早く届けてやってくれ」
店長NPCはそういうと再び厨房へと引っ込んでいった。
「早くか。んじゃとびっきり早く届けてあげますかね」
俺はほくそ笑みながら店を出て繋いでおいたライバックに声をかける。
「よう、相棒。調子はどうだ?ちょいと俺のバイト手伝ってくれよ」
俺の言葉を理解しているのかいないのかライバックは
『待ちくたびれたよ坊主』とでも言っているような目で俺を見下ろしてきた。
「よっしゃ、メモに書いてある場所をマップに同期させて・・・・・・と、そんでマップを常時表示モードに切り替えて。オッケー!しゅっぱーつ!!」
ライバックに乗って手綱を握るとライバックは嬉しそうに嘶くと俺の指示した方向へ全力疾走を開始した、道行く人たちは大慌てで脇に避けたり驚きのあまり口をあんぐりと開けたまま動かなくなってる人なども居たりして。俺はその光景をニヤニヤ笑いながら目標のお得意様の家へライバックを走らせる。
裏道を通り時には大通りの人混みを飛び越えたりしながら走り続けているとマップに表示された目的地が近付いてきていた。
「ええと、だいたいこの辺りみたいだな。どっかライバックを繋いでおける木とかないかな」
辺りを見渡しながらゆっくりライバックを歩かせていると現在地と目的地のカーソルがほぼ重なった。
「ここかぁ」
テブルの街に立っている建物全般がレンガ造りなどの洋風なデザインなのに対して俺の目の前にあるこの家はそれを真っ向から否定する。昔ながらの障子やら縁側などがある日本の伝統とも言える木の家だった。
「これって絶対NPCじゃねえよな、ここだけデザイン違うのにNPCだったら、ある意味すげえバグだろこれ」
とりあえずバイトクエの途中なので玄関の引き戸をそっと叩く。
「こんばんはー、スマイルカフェの者ですがご注文の品をお届けにあがりました」
反応がない、ただの屍のようだ。じゃなくて!
「すいませーん」
もう一度声をかけるが反応が無い・・・・・・いや、玄関先まで誰かが来ているのが物音でわかる。
「本当にスマイルカフェの人ですか?いつもはNPCの女の子なのに今日は違うから・・・・・・」
聞こえてきたのは少し怯えてるようで震えている女の子の声だった。
「あ、はい。怖がらせてすいません。正真正銘スマイルカフェの者です。といってもバイトクエでたまたま働いてるだけの一般プレイヤーですけどね」
数秒の間を空けて玄関の引き戸が開けられるとそこに立っていたのは淡い青色、スカイブルーとでもいうべきなのか、そんな色をした髪を肩口で切りそろえたショートヘア。体格は小柄で俺より少し小さいくらい全体的に華奢な印象を受ける女の子だった。
「バイトクエ・・・・・・ですか。あの品物は?」
女の子はまだ信用出来ていないようなのですぐに手に持っていた紙袋を手渡す。
「これです。急いで持ってきたから出来立てですよ?」
怖がらせないように普段全く使った事がない営業スマイルというやつを浮かべながら声をかけてみる。
「はい。確かに。これ・・・・・・代金です」
少女はメニューを操作して代金を払う仕草をする。すると俺の視界には『会計を受け取りました、店に戻って配達完了の報告をしてクエスト終了です』のアナウンスが表示される。
「確かに受け取りました、ご利用ありがとうございました!」
俺は最後まで怖がらせないように爽やかに振る舞うとそそくさとライバックに向って走る。
とそこへ
「あの!」
女の子から声をかけられた。
「はい?」
なんだろう、何か気に障る事でもしてしまったか?あ、まさかあれか!?俺の営業スマイルがキモかったか!?等とあれこれ自問自答していると
「お仕事頑張って下さい・・・・・・それじゃ!」
バタンッと勢い良く玄関が閉められ再び施錠される音が聞こえた。
「頑張ってだってさ。よぉしなんかやる気出てきた。こうなったら今受けられるバイトクエ全部制覇する勢いでやってやるか!」
と俺が浮かれているとライバックがこちらを見ていた。
『青春だな、坊主。俺も若い頃は色々あったもんさ・・・・・・』
とでも言うように遠い目をしながら視線を夜空に移した。
またまたまた一か月です。そしてまたまたまた日常回です。脱日常回!!と言うだけ言ってみる。意見感想待ってます。




