「君は理解してくれるだろう」と私に我慢を強いる婚約者は別の令嬢に永遠の愛を誓っていました
満開のピンクの小さな花が風で舞っている
温かい季節になると、一斉に咲くディルネイト公国にしか咲かないその花は
令嬢の間では恋の花と呼ばれている。
ベルリーと言う名のその花は一年のうち、咲くのがたったの一週間という短いものだ。
その花の下で愛を誓うと、永遠に結ばれるという逸話がある。
令嬢達は意中の人や婚約者と共に、ベルリーの咲く季節になると、その花のもとで愛を誓った。
夢だった。
いつか愛する人が出来て、その人に愛されて、ベルリーの花の下で愛を誓う。
きっと子供の頃に聞かされるその逸話を聞いて育った令嬢達は、
そんな夢を描きながら、大人になってくのだ。
「君に永遠の愛を誓うよ。」
婚約者の声が聞こえる。
四年前に政略で決まった婚約者だが、私は彼を大切に思っていた。
柔らかい癖のあるはちみつ色の髪と、穏やかで優し気なエメラルドの瞳。物語の王子様みたいに甘い顔立ちの二歳年上の彼は、レットリー伯爵家のカイネン様だ。
当時、私は兄の友人で、文官を目指す四歳年上のシエル様に憧れていて、その彼の婚約が決まりそうだと聞いて泣いて過ごしていたのだ。
シエル様は公爵家の嫡男で、子爵家の私ではもともとつり合いが取れなかった。
泣いて過ごす私を心配した父が、友人であるレットリー伯爵家のカイネン様との婚約を調えた。
レットリー伯爵家は古い歴史をもつ家だが、カイネン様の祖父の代で、事業に失敗し、借金を抱えていた。我が家は子爵家だが、商才のある父の商売のおかげでかなり裕福な生活を送っていた。
その借金の肩代わりをする代わりに父は私の婚約を調えた。
カイネン様は伯爵家の跡継ぎで、我が家は娘を伯爵夫人という立場に出来、伯爵家の歴史と信頼を得られる。
レットリー伯爵家は子爵家からの支援金で借金も返済でき、家を持ち直すことが出来る。
完全な政略であったが、カイネン様は優しく穏やかな少年だったので、私も婚約の話を嬉しく思った。
シエル様への思慕を忘れられるかもしれないと思えるくらいには、惹かれていた。
「エヴァ。君が婚約者で良かった。」
婚約が調ったばかりの頃は、カイネン様はとても優しくて私の事も大事にしてくれていたと思う。
沢山手紙を贈ってくれた。
一緒に美味しいお菓子を食べながら沢山お話をした。
エヴァが甘いよりも甘酸っぱい果物が好きだと言えば、王都で人気の甘酸っぱいベリーのタルトをお土産に買ってきてくれた。
はちみつにレモン。
紅茶にオレンジ。
エヴァの好みを知れば、人気のお店から取り寄せてお茶会の時に用意してくれたし、黄色の花が好きだと言えば、誕生日には黄色の花ばかり集めた花束を持ってお祝いに来てくれた。
「君は優しいから理解してくれるだろ?」
いつからだろう…。
彼が私に理解を求めるようになったのは。
彼には妹のように可愛がっている従妹がいる。
カイネン様の伯母であるジルベルト侯爵家の令嬢、ミネット様だ。
ミネット様は社交界でも人気の令嬢で、可愛らしさと美しさを併せ持つ美少女だ。
華やかで明るく蠱惑的な彼女は…シエル様の婚約者でもあるのだ…。
彼女に憧れる令息、令嬢は沢山いる。
次期公爵となるシエル様とはお似合いで、美男美女として有名だった。
シエル様の婚約者がミネット様だと聞いた時にはお似合いの二人で良かったと思った。侯爵家の令嬢で誰もが認める美しさ。
大好きなシエル様の隣に相応しい方…。
明らかにとても敵わないとわかる、全てを兼ねそろえた完璧な令嬢…。
彼女で良かったと思った。
思って…いたのだ。
彼女が私の婚約者、カイネン様の愛する方だと知るまでは…。
「君に永遠の愛を誓うよ、ミネット。僕は家の為にエヴァと結婚しなくてはならない。でも真実、愛するのは君だけだ。」
「まぁ…、カイネン。私も貴方を愛しているわ。でも格上の公爵家からの縁談を拒否することは出来ないの…!ねぇ、お願い。私達が結ばれる事は無くても、永遠に私だけを愛していてね。約束よ…?」
「ああ!もちろんだ、ミネット!」
「カイネン…!」
永遠を誓うようにピンクの花びらが舞う中、二人はお互いしか見えていないように唇を重ねた。
このベルリーの花の下で愛を誓うのが夢だった。
カイネン様と婚約してから四年。
私は16歳になった。あの時のシエル様と同じ歳。
少しずつ、少しずつ、シエル様を大好きな初恋の人から、初恋だった人に出来ると思った。
カイネン様に優しくされる度、彼に真摯に向き合って、彼だけを愛するようになりたいたいと思っていた。
ミネット様は17歳。シエル様との結婚は18歳の成人を迎える一年後の予定だ。
彼女の結婚が近づくにつれて、カイネン様は結婚前でナイーブになっている従姉妹を支えたいと、私との予定より彼女を優先するようになった。
「ごめん、エヴァ。ミネットが不安になっているんだ。ほら、結婚前って色々あるだろう?子供の頃から妹のように可愛がっていたから、僕じゃないとダメなんだ。君は優しいから理解してくれるだろ?」
「ミネット様にはお兄様がいらっしゃいます。本当の兄であるブレイク様に支えて頂いたら良いのでは…?今日の観劇は一年前から予定を押さえて楽しみにしていたものです…。」
「だから謝っているだろう?君だって同じ女性なのだから彼女の気持ちはわかるだろう?可哀想に…。彼女は公爵夫人になるという重責に押しつぶされそうなのだ…。」
わかりません…。
だって彼女が結婚するのはシエル様だもの。彼ほど素敵で優しく、頼りになる人はいないのに。
他人の婚約者に泣きつくほどの不安がどこにあると言うのか。しかも結婚式までまだ一年もあるのに…。
彼は黙った私が了承したと思ったのか、私を迎えに来たと思ったその足でミネット様のもとへ向かった。
今日の観劇は本当に…本当に楽しみにしていたのだ。一年前には既にカイネン様は私との約束があってもミネット様から連絡が来ればすぐに私に理解を求めて彼女のもとへ向かっていたから、大好きな本が観劇になる事を知って落ち着かない私の様子を見て、久しぶりに笑顔で観劇が開始される一年後の約束をしてくれたのだ。
私はその日を指折り数えて待っていた。きっとその頃にはミネット様も落ち着いているだろうと思っていた。だからきっとカイネン様は来てくれると…信じていたのだ。
朝から侍女達に磨かれた私は家族からとても可愛い、楽しんでおいでと言われ、ワクワクしてカイネン様を待っていたのだ。
たとえニ回に一度は約束を反故にされても、流石にこの日だけは…と。
観劇が終われば、ベルリーの花を見に行こうと誘うつもりだった。
だって花が咲くのはたった一週間。そろそろ咲き始める頃で、私にはとっておきの場所があったから…。
彼の背中が消えた玄関ホールで立ち尽くしたままの私に、シエル様と同じ文官として働く兄が、拳を握りしめて代わりにカイネン様に憤慨してくれた。
「大丈夫だ。私が代わりに行くから、一度だけ城に寄っていいかい?今日提出の書類があるだけだから、それだけ提出したら休みを申請する。」
「そんな…お忙しいお兄様につき合わせるわけには…。」
「何を言う。可愛い妹のためだ。気にしなくていい。」
温かさのこもった優しい眼差しに、エヴァは泣きそうになる。
「でも…。」
こうやって甘える事はミネット様と同じなのでは…と不安になる。
兄にもまもなく結婚する予定の婚約者がいる。同じ子爵令嬢のマリエル様だ。
私が今感じている気持ちを大好きなマリエル姉様に感じさせるのは…。
「マリエルなら、なぜ一緒に行ってやらなかったのかと怒るに決まっている。彼女はエヴァをとても可愛がっているんだぞ。彼女がいたら一緒に行きたがっただろうが、あいにく今は領地へ帰っているから…。」
マリエル姉様は、私を本当の妹のように可愛がってくれている。二人でお出かけする事も多く、領地へ帰る前には、沢山お土産買ってくるから、待っていてねと、会いに来てくれた。
「ほら、行こう、エヴァ。せっかく可愛くオシャレしたエヴァを連れ出さなかったら母上にも怒られてしまう。」
「ありがとう、お兄様。」
そこまで言われて、エヴァも笑って甘える事にした。
城に着くと、エヴァは邪魔にならないよう、城内の庭園のベンチに座り、兄を待つことにした。
城にはシエル様がいる。
エヴァはカイネン様と婚約してから出来るだけシエル様に会わないように気をつけていた。忘れられない初恋の人。
シエル様と出会ったのはまだエヴァが八歳の時だ。父譲りの明晰な頭脳を持った自慢の兄は、難関と呼ばれる高位貴族の子息が通う文官学校へ入学した。この学校へ入学した者は、城で文官として働く未来が約束されているエリート学校なのだ。
王都の中でも、文官学校から比較的近い場所に屋敷を構える我が家には、しょっちゅう兄が友人達を家に招いて連れて帰ってきていた。その中の一人がシエル様だ。
真っ黒のサラサラの髪と、金色の瞳。整った大人びた顔立ちで、まだまだヤンチャな兄の友人達の中で一際落ち着いて見えた。
黄色い花が好きになったのは彼の瞳の色に似ているから…。
我が家の庭は、植物が好きな母が植えさせた沢山の花が咲き誇っていて、いつものように庭で一人で遊んでいたエヴァを見つけたシエル様が、驚いたようにこちらを見ていた。
言葉をなくしたままこちらを見つめる誰が見ても整った顔立ちの男の子に、驚いたのはエヴァも同じだ。
「花の妖精…?」
ボソリと聞こえた言葉に目をパチクリと開いたエヴァは、首を傾けた。
「お兄様のおともだち…?」
エヴァが話しかけた瞬間、我に返ったように顔を赤く染めた。
「あぁ…、君はアーサーの妹か。」
恥ずかしげにクシャリと笑った彼の笑顔にまさにドーンと音がするほどの恋に落ちたのはこの時だ。
エヴァは髪も瞳も淡い水色の、とてもぼんやりした色合なのだ。兄の髪は母と同じ金髪にエヴァと同じ水色の瞳で顔立ちは似ているのに、色が違うだけで全く印象が変わる。
最初に花の妖精だと勘違いしたまだ少年だったシエル様は、遊びに来るといつもエヴァの名前と妖精をかけて、
「エヴァリー」と私を呼んで、一緒に遊んでくれたり、本を読んでくれた。
「俺には妹はいないから、アーサーが羨ましいよ。」
そういってエヴァの淡い水色の髪を優しく漉いてくれた。彼との出会いから四年後、シエル様の婚約が決まりそうだと聞いた。
私は彼を避けるようになった。
婚約者のいる人を思うのはいけないことだと、彼を諦める努力をした。
時々遊びに来るシエル様に会わないよう、部屋から出ない私を心配した兄が、何か言いたそうにしていたが、私はこれ以上シエル様を好きになりたくなかった。
公爵家の嫡男であるシエル様。
この国に公爵家は二家しかない。
辿れば王家とも繋がりのあるほど高位の家門だ。
もともと子爵家の令嬢でしかない私には分不相応だった。
望むことも烏滸がましいほど、遠い存在だった。
そのうち、シエル様の婚約が正式に調ったことを兄から聞いた。
「私にも妹が出来たみたいで嬉しい。」
そういって笑ってくれた大好きな金色の瞳を思い出す度、私は泣いた。
父も兄も私がシエル様に恋をしていたことを知っていたから相当心配をかけたと思う。
母は何も言わずに抱きしめてくれた。
私が欲しくて仕方なかったシエル様の婚約者という立場にいる美しい令嬢は、今、私の婚約者のカイネン様の心まで奪っている…。
「これは…酷いな。」
兄が私の肩を抱き寄せたまま怒りに震えて呟いた。
「…カイネン様……。」
周りの様子に気付くことなく熱く見つめあう恋人にしか見えない二人を木の陰から真っ直ぐに見つめる。
本当は知っていた。カイネン様が私の事なんて好きじゃないこと。
いつだって私に対して義務しかなかった。
最初の一年くらいは沢山交流してくれていたけれど、そのうち必要最低限の交流しかなくなった。
いつだって私は彼女…ミネット様よりずっと優先順位は下だった。
家の都合で婚約者に決まった子爵令嬢である私を、カイネン様は下に見ていた。
伯爵家の嫡男である自分がなぜ、ただの子爵令嬢でしかない私と結婚しなければならないのか…。
彼が友人と話しているのを聞いたこともあった。
でもいつかは…心を通わせられる日が来るかもしれないと思ってずっと努力してきたのだ。
シエル様を思ったまま、一歩も動けなかった私に、足を踏み出すきっかけくれた人だから。
「ごめんね、エヴァリー。私の婚約者が君を傷付けて…。」
兄と反対側の耳元に優しい声が響く。
「エヴァリーの婚約を潰すことになるけど、良いかな…?」
声は優しいのに有無を言わさない冷静さのこもった言葉に、そっと顔を上げた。
間近で私を見つめる金色の瞳に目を奪われる。
全身が心臓になったみたいに鼓動が大きくなる。
だから会いたくなかったのだ。
大好きなことをやめられない自分を思い知るから。
全然忘れられていないことを思い知るだけだから。
あの後、私が兄を庭園で待っていると、兄の代わりに迎えに来たのがシエル様だったのだ。
兄は仕事でトラブルがあってすぐに出られないからと、代わりにシエル様が一緒に観劇に行ってくれることになったのだ。
「ごめん、私もずっと見たかった観劇だから、無理を言ってアーサーに代わってもらった。アーサーは仕事が片付いたら劇場まで迎えに来るそうだ。それまで私が代わりに傍にいてもいいかい?」
この観劇のもとになった本は、昔シエル様が読んでくれた本だった…。
彼が読んでくれて、大好きになったお話。
久しぶりに近くで会ったシエル様は、ときめかずにはいられないほど、やっぱり素敵で…。
いつもミネット様と連れ立って参加する夜会などで、遠目に見つけては視線を意図して外していた為、まともに顔を合わせるのは本当に久しぶりだった。
「綺麗になったね、エヴァリー。君に避けられるようになって寂しかったよ。」
「…も…申し訳ありません…。シエル様が婚約されると聞いて…本当の妹でもない私が傍にいてはいけないと思って…。」
綺麗になった…その言葉に胸が大きく鼓動を打った。
「…寂しかったよ…。でも、ようやく会えたからいい。今日は付き合ってくれるだろう?」
優しく細めた金色の瞳で見つめられると頷く以外出来なかった。
それから二人で劇場に赴き、カイネン様と見るはずだった観劇をシエル様と見た。
私もシエル様も本が好きで、もともと本を好きになるきっかけをくれたシエル様との好みも同じだったから、感想を言い合うのもとても楽しかった。
話すのは久しぶりなのに、そんなことを感じないくらい楽しい時間を過ごした。
観劇が終わって劇場を出ると、約束の場所には既に兄が迎えに来ていて、そのままの流れで一緒に私が行きたかったベルリーの花を見に来たのだ。
この場所は昔シエル様に教えてもらったとっておきの場所だった。
知っている人が少ないから特等席で見ることが出来るよと、連れてきてもらったことがあったのだ。
「婚約は解消することになるけど、いいかい?」
もう一度私に確認するシエル様に、後ろから兄が当たり前だ!と代わりに返事をする。
私はそんな兄に笑って、なおも心配そうに私を見つめるシエル様に強く頷いた。
もともとシエル様を忘れるために調えられた婚約だった。
カイネン様を好きになろうと努力したし、淡い恋心もあったかもしれない。でも、こうしてシエル様に再会してみると、結局私の中にあったカイネン様への思いは、あっけないほど軽いものだったのだと身にしみてわかってしまった。
婚約が解消されたら、私には瑕疵が出来るし、きっとまともな新しい婚約者は見つからないだろう。
それなら家を出て働いてもいい。
本が好きで、沢山読んだ。
少しでもシエル様に近づきたくて学んでいたから勉強も出来る方だし、シエル様に恥ずかしくない令嬢でありたいと、淑女教育も熱心に受けた。
きっと子供の家庭教師くらいなら出来るのではないかしら…。
図書館で司書として働くのもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、顔にかかる髪を優しくシエル様が耳にかけてくれた。
「大丈夫。私に任せてくれ。」
安心させるようにニコリと笑うと、シエル様は私を残して彼らの前に出て行った。
「これは明らかな不貞行為だね、ミネット嬢。」
シエル様の静かなよく通る声に、二人の世界に入っていた彼らはハッと顔をこちらに向けた。
「…シ、シエル様!!な…なぜここに…?」
焦ったようにカイネン様を押しのけたミネット様は慌てて駆け寄ってくる。
「ち、違います!私はずっと従兄である彼に付きまとわれていたのです!!わかってもらうために話し合っていただけで…!!」
必死な様子のミネット様に、カイネン様が呆然としている。
「はっきりと聞こえたよ、『カイネンを愛してる。私達が結ばれる事は無くても、永遠に私だけを愛していてね。』…だったっけ?レットリー伯爵令息には婚約者がいたと思うけど、なぜ君は婚約者でもない令嬢に永遠の愛を誓っているんだい?」
「ウェリントン公爵令息様…。いえ…その…。僕は…。」
「シエル様!!信じて下さい!私は不貞など…。」
必死で弁解するミネット様は、瞳を潤わして悲し気にシエル様を見つめている。
その表情だけ見れば本当に信じてしまいそうになる。でも…。
「必死に弁解しなくてもわかっている。君達二人の様子を見ていたのは私だけではないし。」
「ええ…。私も見てましたよ。」
シエル様の背中から前に出た兄の姿に、今度はカイネン様が目を見開いた。
「我が妹との約束を直前で反故にしただけでなく、こんなところで別の女性に愛を囁いているだなんて、驚きました。」
嫌悪感も露に、兄が彼らを睨みつけた。
「もちろん、レットリー伯爵家有責で婚約を破棄させて頂く。今まで援助してきた資金はもちろん、慰謝料も請求させていただく。」
兄の言葉に慌てた様にカイネン様が声をあげた。
「待ってください!アーサー殿!そんなことになったら我が伯爵家は…!!」
「そんなこと知るわけないでしょう!散々妹を蔑ろにしておいて!!」
怒りに染まった兄の肩に、そっとシエル様が手を乗せた。
「ミネット嬢。私ももちろん、不貞を犯すような婚約者を我が家に迎え入れるわけにはいかない。生まれた子が誰の子かわからないなど、そんな危険を犯すことは出来ないからね。それと…我が公爵家からの縁談…だっけ?おかしいな。我が家から君へ婚約を打診した覚えなどないが。必死で頼み込んできたのは君の父上であるジルベルト侯爵だったと思うが…。そんなことも覚えていないような残念な頭の令嬢を尚更迎え入れるわけにはいかないね。」
「そ、そんな…。待って…、シエル様…!」
ベルリーの花が舞う中、ミネット様はシエル様に縋りつこうとして躓いた。
それを慌てて支えたカイネン様をドンッとミネット様が押しのけた。
「触らないで!!私にこれ以上付きまとうのはやめて!シエル様に誤解されたじゃない!!」
「は?何を言って…。」
「私が愛しているのはシエル様だけよ!お願い、シエル様!私を信じて下さい!本当に彼には付きまとわれて困っていただけなのです。」
「ほぅ…、そうなのか?」
ギロッと睨まれたカイネン様は慌てた様に否定する。
「違います!証拠もあります!彼女からの恋文や何度も呼び出された時の手紙も全て保管してます!ミネットと私は…愛し合っていたのです!」
「嘘よ!!やめて!」
半狂乱になって否定するミネット様に、呆れたような顔を向けたシエル様は後ろにいた私を振り返った。
「エヴァリー。君の婚約者と私の婚約者は愛し合っているようだから、婚約は解消だね。君もそれでいいか?」
「…はい。もちろんです。いつも私より他の令嬢を優先する婚約者はいりません。」
「!!エヴァ!なぜ、君がここに…。」
「貴女まさか仕組んだのね!?」
二人の視線を受けた私を隠すように、シエル様が前に立つ。
「何を言っているのだ。もともと今日はレットリー伯爵令息と婚約者のエヴァ嬢が観劇に行く予定だったのを、君が急遽呼び出して予定を狂わせたのだろう?残された彼女が代わりに他の人間と行くのは当然の流れだろう。」
「まさか…シエル様が一緒に…?」
「ああ。彼女は兄と行く予定だったが、少し仕事でトラブルが起きてね。急遽代わりに私が同行したのだ。私の婚約者…いや、元婚約者である君のせいでもあるからね。」
「そんな…。あ、貴女、さすがに図々しいわよ!ただの子爵令嬢ごときが、婚約者のいる公爵家の男性に擦り寄るなんて!」
「聞いて呆れる…。よくその言葉を君が言えるね…。」
兄の言葉にミネット様はカァっと顔色を羞恥で染めた。
「ま、待って、エヴァ。君は理解してくれていただろう…!?」
「理解…?」
「ああ。君は優しくて賢い。私とミネットの関係は彼女の結婚までの短い間だけだと…。理解してくれていたじゃないか…。」
「貴方の言う理解というのが、婚約者への不誠実な行いに対してということなら、理解出来るわけないでしょう。何度止めても諫めても変わらない。一方的に私に我慢を強いる貴方と共に歩む人生なんて御免です。」
キッパリと告げると、思った以上にスッキリとした。
そうだ…。ずっと我慢していたのだ。
もともと私は彼に罪悪感があった。私の中の一番深い場所に居るのはシエル様だった。
どんなに努力しても忘れようとしてもそれは変えられない事実で。
そんな心の中で違う人を愛している私と婚約してくれたカイネン様には、いつも罪悪感があった。
だから彼がミネット様を大事にしても優先しても強く言い返せなかった。
ただ私はカイネン様と婚約してこの四年。
ちゃんと彼に向き合おうと…彼を愛そうと努力してきた。
でも、カイネン様は私と向き合おうとはしなかった。
最初から政略でしかなかったのだ。
だから愛するミネット様が呼べばすぐに駆け付けたし、私が教えた秘密のベルリーの咲くこの場所で、堂々と婚約者ではない彼女に愛を誓ったのでしょう。
『君は理解してくれるだろう…』
彼の言うこの言葉は
『君は我慢出来るだろう』を置き換えた都合のいい言葉だった。
その後、シエル様は兄と共にミネット様の実家であるジルベルト侯爵家と、レットリー伯爵家へ事情を話し、証拠を揃えてそれぞれの婚約を破棄した。そう…。兄もシエル様も以前から証拠を集めていたのだ。
ミネット様は最後まで私は被害者だと言い張っていたが、その後カイネン様から愛を綴った手紙や、呼び出した時の手紙などを提出され、黙るしかなかった。
ミネット様は本当はシエル様を愛していたそうだ。
幼い時に出会った茶会で一目惚れしたシエル様と結婚したいと、娘を溺愛するジルベルト侯爵に頼み込んで、婚約を調えてもらったそうだ。それなのに、なぜ、カイネン様にも愛を囁いたのだろう…。
「理解出来ない話ね…。」
庭のガゼボでお茶を飲みながらフッと零れた言葉に、背後から最近よく聞く穏やかな声が返事をする。
「何がだい?」
振り向くと、兄に会いに我が家を訪れていたシエル様がすぐ傍に立っていた。
「シエル様…。」
サラッと揺れる黒い髪と、涼やかな目元の整った顔立ち。静かなのにお腹に響くような低い声。
昔よりずっと逞しく成長されたシエル様は、どうしたって私の心を騒がしくさせる。
「エヴァリー?」
「いえ…、その…。ミネット様は…。どうしてシエル様を愛していたのに、カイネン様に誤解を与えるような行動をとったのかしらと不思議で。」
こんなに素敵な婚約者がいたら、余所見なんて出来るわけがないのに…。
「ああ、それか。どうしてだと思う?」
フッと笑って隣に座ったシエル様に、侍女がお茶を用意する。
近い距離に緊張しながら、そっとシエル様を見つめた。
「…わかりません。だって…シエル様は誰が見ても完璧で素敵ですもの…。私だったら他に目を向けることなんて出来ません…。」
最後の方は恥ずかしくて声が小さくなってしまう。
シエル様は驚いたように目を見開くと、クシャッと嬉しそうに笑った。
あぁ…、この笑顔を見るのも久しぶりだわ…。
精悍でクールなイメージのシエル様の気の抜けた笑顔を知る人はほとんどいない。
昔はよくこのクシャッとした可愛い笑顔で笑っていた。
「そうか…。エヴァリーは私しか目に入らないということだね?」
「な…!ち、違います!もしもシエル様が婚約者だったらの話です!」
真っ赤になって否定する私の頬に手を伸ばすと、シエル様はそっと愛おしそうに撫でた。
トクン…
どうしてそんな顔…。
「答えは簡単だよ。カイネン殿は君の婚約者だったから。」
「…え…?それが理由になるんですの?」
どういうこと…?
「エヴァリー…。君が私を避けるようになったあの頃、私には沢山の縁談の話が来ていた。」
「ええ…知っています…。公爵家の嫡男で、格好良くて優しい素敵なシエル様だもの…。令嬢達からはモテモテだったってお兄様から聞きました。」
「モテモテかどうかは…。とにかく縁談の話はひっきりなしに届いていた。でも私はそのどれも受けなかった。気になっている令嬢がいたからね。」
気になっている令嬢…。
「その人はまだ幼くて。公爵家の我が家とは家格的に釣り合わない子爵家の令嬢だった。だから私は待つことにした。彼女が成長し、両親を説得するための材料を手に入れるまで…。」
真っ直ぐに自分を見つめる金色の瞳を見つめ返す。
「そんな時、彼女の家に圧力がかかった。友人だった彼女の兄から相談を受けた。なぜか子爵家の経営する商会に圧力がかけられ商売が上手く進まなくなったと。調べてみると、私との縁談を望む家から、不当な圧力をかけられていることがわかった。完全に私の油断が招いたことだった。」
当時を思い出すように切ない表情をしたシエル様が唇を引き結んだ。
「……。」
「両親に訴えたが、私の両親は貴族的な考え方の人間だからね。そこまで望まれているなら、彼女を守るためにもその家の娘と婚約すればいいと勝手に婚約を決めてしまった。もともとその相手は両親が最良だと考えていた侯爵家の令嬢だったからだ。」
「それが…ミネット様…?」
「ああ…。仕方がなかった。その代わりに両親には婚約に関して条件をつけた。子爵家への圧力を解かせること。そして万が一この婚約が相手側の有責で解消されたときは、次は自分の望む婚約者を選べること。」
「ミネット様がカイネン様に過分な関心を寄せたのは…。」
「ああ。君が私の思い人だからだよ。」
「……う…そ……。」
「嘘じゃない。初めてあの花の庭園で君を見つけた時からずっと…エヴァリーは私だけの妖精だった。四才も年下の友人の妹が可愛くて仕方ないなんて…恥ずかしくてアーサーにも言えなかった。最初は本当に妹みたいに思おうとしたけど…私を見つけると嬉しそうに駆け寄ってくる君が愛おしくて可愛くてどうしようもなかった。初めての恋で…自分でもこれがどんな気持ちなのかわからなかった。そのうち縁談の話が出てきて、どれだけ良い条件だろうと誰にも心が動かなくて。頭に浮かぶのは君だった。ようやく自分の気持ちに気付いた頃、君が私を避けるようになった。ショックだったし傷ついた。そのうち親に強引に婚約者を決められ、アーサーから君の婚約が決まったことを聞かされた。」
「ご…ごめんなさい…。」
夢を見てるのかしら…。
シエル様が私を好きだったと…そう言っているの…?
「投げやりになって…遠くから君の幸せを祈ろうと思っていた。気付かれないようにしていたつもりだったけど、女性は鋭いからね。ミネット嬢は私が相変わらず君を忘れられないことに気付いていたのだろう。プライドの高い彼女の事だ。君を傷付けるためにカイネン殿に近付いた。」
「カイネン様は最初からミネット様がお好きだったのでしょう…。」
「いや、たぶん最初はきちんと君を大切にしようとしていたと思う。もちろん家のこともあっただろうが…ただ、君はかなり優秀だった。彼が友人達に完璧すぎて可愛げがないと愚痴る様子を聞いたことがある。彼は伯爵家の嫡男として生まれたが凡庸だった。共に過ごすうちに年下なのに自分より優秀な君に引け目を感じるようになったのだろう。そんな時に公爵家の婚約者がいる高嶺の花と言われていたミネット嬢が甘えるように近付いてきた。傍から見ているとわかりやすいほど彼は現実から逃げるように落ちていった。」
「…彼らはどうなりますか…?」
「ジルベルト侯爵はミネット嬢をレットリー伯爵家へ嫁がせるように動いている。お互い婚約者がいる身での不貞…醜聞が広がれば社交界で生きていけない。純愛だったとすれば傷は…まだ浅く済むだろう…。まぁ、自己保身のためにあれだけカイネン殿をストーカー呼ばわりしていたミネット嬢を、カイネン殿が今までのように大切にすることが出来るのかはわからないけどね。」
「そう…なのですね…。私にはミネット様の考えはわからないけど、無事にカイネン様と婚約解消出来てホッとしました。シエル様、ありがとうございました。」
小さく笑うと、困ったような顔で大きなため息をつかれた。
「シエル様?」
「エヴァリー。私は君に愛の告白をしたんだよ?」
「へ…?子供の頃、私を好いていて下さったということ…ですよね…?」
「現在進行形だよ。」
「…。」
「エヴァリー?君は私をそういう対象には見れないかい?」
どこか祈るような切実な熱を感じるほど、真っ直ぐに私を見つめる美しい金色の瞳に、喜びと共に夢を見ているのではないかという、信じられない思いが溢れる。
「私…私は…。でも子爵家の人間だから…。次期公爵様となるシエル様に相応しいとは言えません…。」
あの頃と変わらず…私は身分が釣り合わなくて…。
いくらシエル様が良いと言って下さっても、周りが認めるわけがない…。
「エヴァリー。ただのシエルとして問うよ。私は君を愛してる。君は私をどう思っている?」
淡々と…落ち着いたように話しているのに、その瞳は切実で…。
思わず目を逸らした時にシエル様のその手が微かに震えているのが見えた…。
知らず口からこぼれ落ちるように言葉が溢れてきた。
「…愛してます。シエル様を…愛してます…。ずっとずっと、貴方が好きで、欲しくて!でも釣り合わなくて諦めなきゃいけなくて…!だから忘れなきゃって…。でも…忘れられなかった…。やっぱり大好きでどうしようもなくて。私はシエル様を…愛してます…。」
言葉と共に涙も溢れてくる。
滲んでいく視界に、大好きなクシャッとしたシエル様の笑顔が見えて、ギュッと抱きしめられた。
あの頃、まだ華奢だった少年の背中は、今は逞しくて温かくて、その力強く抱きしめられた胸元に涙が染みていく。
「では私と結婚してくれ。もう、障害はないんだ。君のおかげで。」
「私のおかげ…?」
そっと緩められた腕の中、見上げたシエル様は優しく愛おし気に私を見つめる。
「ああ。アーサーと進めていた王都から港への街道の整備が整ったんだ。子爵家の持つ商会の看板商品である薬草を使った茶葉が、隣国でとても人気でね。街道の整備が整ったから円滑に輸出できるようになった。」
「…それがどうして私のおかげ…なのですか…?」
キョトンと目を丸くして見上げる私の頭をぐりぐりと撫でくりまわしながら、シエル様が笑う。
「自覚がなかったのかい?薬草を使った茶葉そのものは隣国にも古くから存在していた。でもね、君が提案した薬草を使った茶葉に食用の花や香草を混ぜて薬効を高め香りを変化させた特別茶は隣国には全く無かった発想だ。植物に詳しいのは植物を愛する子爵夫人の影響だろう?その知識を活かして美容に良い茶、疲れが取れる茶、集中力を高める茶や、免疫力を高める茶…君はいくつもの茶葉を提案した。それらが隣国の王妃殿下のお気に入りの茶葉になったんだ。彼女は慢性的な頭痛に悩まされていたそうだ。だが、薬草茶を飲み始めて急激に改善したと社交界で話題になった。」
「…まぁ…!」
「君の父上もアーサーも商才に長けているからね。すぐにそれを商品化し専売特許を取っていた。今後模倣品が出たとしてもナルファリア子爵家の商品が正統なる商品として認識される。隣国からは王妃お気に入りのお茶として、大量の売買契約の依頼が来ている。これが隣国との関係改善にも大きく寄与したため、子爵家は、近く陞爵される予定だ。もともと外交も任されている有能なナルファリア子爵には以前から話があったんだ。だが、それを良しとしない一派もあって、進まなかった。今回の事は決定的で、陛下自ら陞爵を明言した。」
あまりの内容に呆然とする私を見つめて、嬉しそうに笑いかける。
「だから、もうしばらくすれば君は伯爵令嬢となる。私の次の婚約者は自ら選んでよいと両親からは言質をとっているし、今回の事で強引に婚約を結んだ母は珍しく落ち込んでいてね。王立学園で毎回成績優秀者に入り、淑女としても一目置かれているエヴァリーが相手なら文句はないと言われた。こんなことなら最初から反対なんてするのではなかったと、大いに反省していた。」
悪戯っぽく笑うシエル様に、夢を見ているようで言葉が出てこない。
いつの間にか侍女は下がっていて扉は開いていても部屋には二人きりだ。
私を抱き寄せる腕は優しくて、でも離すつもりはないようで、傍に感じる大好きなシエル様の体温にドキドキが止まらない。
「ねぇ、エヴァリー。私と結婚してくれるかい?」
甘い溶けるような金色の瞳に吸いこまれるように静かに頷く。
「はい…!シエル様を幸せにします。」
私の言葉に目を丸くした後、クシャッと嬉しそうに笑った。
「もう、幸せだ。」
そういうと、優しく私の顔を両手で引き寄せ唇が重なった。
すぐに離れたその熱に、顔を真っ赤に染めた私を見てもう一度「幸せだ」と笑った。
その後、ジルベルト侯爵は、ベルリーの下で誓った純愛だと、カイネン様とミネット様の婚約を調えた。しかし、以前からミネット様は親しい友人達にシエル様との婚約を大々的に自慢していたことや、自分をお姫様扱いしてくれるカイネン様を都合よく呼び出していたことが社交界では有名だったことから、二人の婚約を心から祝う貴族家は少なかった。ミネット様の18歳の成人と共に二人は結婚したが、あのベルリーの花の下で愛を誓いあっていた時の愛情も親密さもないようで、我儘でプライドの高いミネット様に早々に愛想をつかしたカイネン様との関係は冷え切っているという。
私はというと、ナルファリア子爵家が伯爵家へ陞爵され、伯爵令嬢となった後、シエル様との婚約が正式に調った。すぐにでも婚約を結びたいシエル様に、少しでも釣り合う身分で婚姻を結びたいとお願いした私は、婚約が調ったらすぐにでも公爵家へ移り住むのを条件に婚約を先延ばしにしてもらったのだ。
「エヴァ。元気だったかい?」
「お兄様!マリエル姉様!」
ミネット様の結婚式の少し前に、結婚式をあげた兄とマリエル姉様の間に子供が生まれたと聞いて、お祝いに駆け付けた私とシエル様は幸せそうに子供を抱く二人にお祝いを伝える。
「まぁ、なんて可愛いの!天使ね。」
マリエル様の腕の中で眠るまだ薄い金色の髪と、赤いほっぺ。
デレデレになってるお兄様に呆れたようにマリエル様が苦笑いする。
「エヴァの結婚式ももうすぐね。楽しみだわ。」
「エヴァ、今、幸せかい?」
兄の言葉に、力強く頷く。
「ええ。最高に幸せよ。」
私の幸せ溢れる笑顔に安心したように兄がシエル様に視線を送る。彼は今、父と話している。
「よかったよ。お前があの男に蔑ろにされていることをシエルに話したら、すぐに証拠集めに動き出したからな。その上で、うちの領地を通る王都から港への街道の整備を上層部に進言して、結果、我が家の商会の商品は隣国への販売ルートが確保できて陞爵された。もちろん隣国との関係改善や他に理由はいくつもあったが、シエルは全て計算していたと思う。お前を手に入れるために。公爵家との婚姻は相手が子爵家だと外野が煩いからな。お前に辛い思いをさせないよう、自分を下げることは出来ないから相手を上げる方向にしたんだろうな。まぁ、お陰で商売もさらに軌道に乗って我が家の将来は安泰だ。」
……待って…。
じゃぁ、私のおかげだなんて言ってたけど…。
シエル様は全部わかっていたの…?
ジッと見つめていたからか、シエル様がこちらに気付いて嬉しそうに笑った。
あぁ…本当に…。
私は昔からずっと彼には振り回される運命なんだわ。
私を守るために…私を手に入れるために…?
公爵家へ居を移してからも、彼は暇さえあれば私に会いに来て夢のように大切にしてくれている。
公爵夫人について学ぶ中、顔色を見て頑張りすぎていないか常に気にかけてくれている。
二人の時間を毎日作って、愛されているのだと言葉で、態度で表してくれる。
幸せで…思わず涙がこみ上げてくる。
私の様子に気付いたシエル様がすぐに駆け寄ってきて、顔を覗き込む。
「どうした?エヴァ、体調が悪い?」
心配そうに金色の瞳を向けるシエル様に溢れそうな思いを伝える。
「いいえ。ただ、愛してるだけです。」
「…っ…。」
驚いた後、最近毎日見られるようになったクシャッとした笑顔で嬉しそうに笑うシエル様の手を握る。
「この後、ベルリーの花を見に行きたいです…。」
「…ああ、もちろん。ナルファリア伯爵に、今がちょうど見ごろだと聞いて私から誘うつもりだったよ。」
優しい金色の瞳は、私への愛おしさが溢れていて、シエル様と再会して以降、私はずっと夢みたいに幸せだ。幸せにしますと誓ったのに、私ばかりが幸せだわ。
ベルリーの花の下で愛を誓うと永遠に結ばれるという逸話がある。
ずっとずっと夢だった。
いつか私も…、そう夢を見ていたけれど、本当に誓いたいのはたった一人。
シエル様だけだった。
「シエル様、私は生涯貴方に永遠の愛を誓います。」
満開に咲くピンクの花が風で舞って、まるで花びらが踊っているみたいだ。
大好きな黒いサラサラと揺れる髪と、涼し気な金色の瞳。
初めて出会ったときに私を花の妖精だと勘違いして笑った初恋の人。
「ありがとう。私も…。もうずっと君だけだったよ。世界でたった一人、エヴァリー。君を愛している。生きている限り、きっとその先もずっと…永遠に君を愛し慈しみ、命を懸けて守ると誓うよ。」
そう言ってギュッと抱きしめられた。
ドキドキするのに、安心するようになったのはいつからだろう。
観劇を見に行ったあの日から、共に過ごす時間を重ねて愛と信頼が深く降り積もっていく。
「私ばかり幸せでごめんなさい。でも、幸せなの。シエル様に私の全てを捧げます。だからずっと傍にいさせて下さい…。」
ハッと短く喉が鳴る音が聞こえた後、強く強く抱きしめられた。
ハァ…と耳元で熱の籠った息を吐く音が聞こえ、掠れた声が響いた。
「結婚式までまだ少しあるんだから、これ以上煽らないで…。我慢出来なくなるから…。」
そのあと甘い香りの花びらと共に口づけが降ってきたのだった。




