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君に届けられない手紙 — そびえ立つ城壁の彼方の物語  作者: Miiloo


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第一章 741年の私たち

1.


「……シャランド歴741年の秋、私は父に連れられて南方へ来た。父は数日間の出張だと言っていて、そのため母と私も一緒に同行することになった……」


外の太陽はじりじりと照りつけ、過ごしやすい北方と比べれば、まるで地獄のようだった。


ゆっくりと進む蒸気機関車に揺られながら、一人の少女が興味深そうに窓の外の景色を眺めていた。


北方には鬱蒼とした森と緑豊かな草原が広がっているが、南方に見えるのは、まばらな低木と剥き出しの土ばかりだった。


ここは、この国「シャランド」の南部――キャサリンにとって、あまり馴染みのない土地である。


「キャサリン! ちゃんと座りなさい。窓に寄りかかるんじゃありません。落ちたらどうするの!」


背筋を伸ばし、椅子の背にもたれずに座る女性が少女をたしなめた。キャサリンの母親だった。


「はーい!」


キャサリンは素直に席に戻った。


両親と同じ向かい合わせの個室に座り、唇を尖らせながら短い脚をぶらぶらと揺らす。


「ママ、一緒に遊ぼうよ! すごく暇なの!」


「ダメ。ママは忙しいの。それに女の子は落ち着きなさい。ちゃんと座るのよ」


叱られたキャサリンは口をつぐみ、何も言えなくなった。母親は黙々と毛糸を編んでいる。


「じゃあ……パパは一緒に遊んでくれる?」


キャサリンは父を見上げた。しかし男性は資料に目を落としたまま、娘に視線すら向けない。


「ダメ。お父様はお仕事中です」


母が代わりに答えた。


両親とも遊んでくれない。長旅の疲れと退屈に耐えきれず、幼いキャサリンは次第に眠りへと落ちていった。


目を覚ましたとき、列車はすでに目的地に到着していた。「ヒデング市」という場所だ。


荷物をまとめた両親は、キャサリンが完全に目を覚ますのを待たず、車両を降りる準備をしていた。


「キャサリン、早く!」


「ちょっと待ってよ!」


よろよろと立ち上がった瞬間、母に手を引かれる。


眠気が残るまま、気づけば駅の外へ連れ出されていた。


ヒデング市は、北方の都市のような華やかさはなく、低く古びた家屋が並び、道も舗装されていない土道だった。蒸気車や機械式の車両は見当たらず、人力車や馬車が行き交っている。


故郷とはまるで違う街並みだが、キャサリンの胸は好奇心でいっぱいだった。


しかし、景色をじっくり眺める間もなく、母に引かれて宿屋へと入る。


宿は古びていて、両親は明らかに不満そうだったが、結局そこに泊まるしかなかったらしい。


中へ入ると、ロビーの人々が一斉に異様な視線を向け、受付は目を輝かせて父を迎えた。


内装は見慣れないが、北方では見かけない物が多く、整然とした北の街とは違い、どこか雑然としていた。


「さあ、キャサリン、行くわよ」


父はキャサリンの手を取り、母も急かすように背中を押した。二人とも早くロビーを離れたいようだった。


部屋に入ってからも、不満は止まらない。


壁の汚れ、古い暖炉、壊れた家具――北方ならすぐ苦情を言うところだが、ここではそれも叶わない。


「おっと、もう時間だ」


父は懐中時計を見た。


「もう出かけないと」


「会議?」


「なら、この布を持って行って。……ここの市長、これが好きだって聞いたわ」


母は列車で編んでいた布を父に渡す。父は満足そうに頷いた。


「市長も喜ぶはずだ。これで仕事が早く終われば、早く帰れる!」


「本当!?」


母は大喜びだったが、キャサリンは黙って立っていた。


父が出かけた後、キャサリンは思いついたように声を上げる。


「お母さん! 私も外に遊びに行きたい!」


「外? 本当に?……じゃあ、あまり遅くならないでね」


少し迷った末、母は許可した。


キャサリンは喜びを隠しきれず、部屋を飛び出した。


父が政府の役人であることも、母が主婦であることも知っていたが、今はどうでもよかった。


列車から見た、あの南方の景色を、自分の目で見たかったのだ。


暑さで少し蒸れ、肌がむず痒かったが、それ以上に好奇心が勝っていた。


街を歩き回るうちに、キャサリンは気づく。建物は低く、木や砂で作られ、北方ほど洗練されていない。しかし、それが新鮮で、独特の趣を放っていた。


だが一つ、奇妙なことがあった。


この街の子どもたちは、皆キャサリンを避けているのだ。


男女問わず、彼女を見ると距離を取る。


疎外感を覚え、近くにいた二人の少年を見つめる。彼らは好奇心と恐怖が入り混じった表情をしていた。


近づこうとした瞬間、少年たちは一斉に逃げ出した。


「……なんなのよ」


その呟きを、近くにいた老婆が聞いた。


そこは小さな公園のような場所で、砂場と枯れ木、古い遊具とベンチがあった。ベンチには老婆が腰掛けていた。


「どうしたの、小さなお嬢ちゃん……」


かすれた声で話しかける老婆は、杖をつき、深い皺に覆われていた。


「……ここでは、私を見るとみんな逃げちゃうんです……」


老婆は微笑み、言った。


「……あんたが、ここらの人間じゃないからだよ……どこから来たんだい?」


「アリエン市です。家族と一緒に……」


「……今は、来るべきじゃない場所だよ……」


そう言い残し、老婆は去っていった。


キャサリンはベンチに座り、考え込む。


アリエン市とヒデング市――同じ国でも、文化も歴史もまるで違う。


孤立する感覚に、胸が締め付けられた。


「……それでも」


諦めなかった。


歩き続けると、前方で子どもたちが一人の少女をいじめているのが見えた。


キャサリンは叫んだ。


「何してるの!?」


北方ではそれで十分だった。


だが、少年たちは凶暴な目で睨み返す。


――しかし、キャサリンの服装と容姿を見て、彼らは怯んだ。


「ごめんなさい! 殺さないで!」


少年たちは逃げ去った。


助けられた少女に声をかける。


「大丈夫?」


褐色の肌、赤い巻き毛、そばかすのある少女が答えた。


「ありがとう……私はニーナ。あなたは?」


「キャサリン。北から来たの」


「北方!? すごい! 私、行ったことないの!」


ニーナは笑った。


「……友だちになってくれる?」


「うん、いいよ!」


こうして二人は友だちになった。


この街で、キャサリンが初めて得た、たった一人の友だちだった。


2.


「そういえば、キャサリンは北方の人だよね? じゃあ……北の街って、どんな感じなの?」


ヒデング市を案内しながら、ニーナはふと別の質問を投げかけた。


「どんな感じって……?」


キャサリンは少し言葉に詰まった。彼女にとって北方の街は正直あまり面白くなく、すぐには何も思い浮かばなかったのだ。


しばらく考えた後、低い家並み、まばらな木々、剥き出しの地面が広がるこの街を見回し、違いから話せばいいのではと思った。


「家がいっぱいあって、木もいっぱい、人もいっぱい……みんな忙しそう。私は……こっちの方が面白いと思う」


「大都市!!」


ニーナの目がぱっと輝いた。どうやら都会の暮らしに強い憧れを抱いているらしい。ほとんど何も説明していないのに、真剣な表情で目を輝かせる彼女に、キャサリンは少し戸惑った。


「……」


キャサリンは苦笑いするしかなかった。


「じゃあ……いつか北に遊びに来てよ!」


思いつきでそう言った瞬間、ニーナの笑顔が一瞬消え、空気が固まった。南と北の間に横たわる、大きな隔たりがそこにあった。


この一言でニーナに距離を置かれてしまうのではないか。そんな不安と後悔が胸に広がり、キャサリンは自分の発言を恥じた。


「いいよ!」


ニーナは笑った。


「だって、誰かに誘われたことなんて今まで一度もなかったんだもん。キャサリンが初めてだよ!」


その笑顔を見て、キャサリンはほっと胸をなで下ろした。自分の心配は、どうやら取り越し苦労だったようだ。


「ねえ、北に行くと寒いんでしょ? 雪が降るって聞いたけど……雪って何?」


少し間を置いてからの質問に、キャサリンはまた答えに詰まった。


「白くて……すごく冷たい……」


曖昧な説明だったが、ニーナはそれでも満足そうに頷いた。


「そうなんだ!? 見てみたいなあ!」


羨ましそうな視線を向けられ、キャサリンはうまく説明できなかったことを少し悔やんだ。でも同時に、いつか必ず見せてあげたいとも思った。


「絶対! 絶対に見せてあげる! 約束だよ!」


自信満々に言うキャサリンを見て、ニーナは思わず笑った。


「ふふっ。ねえキャサリン、北の人たちって普段どんなことして遊ぶの?」


二人の前には空き地があり、ボロボロで継ぎはぎだらけのサッカーボールを、子どもたちが楽しそうに蹴っていた。


「遊び? 趣味?」


キャサリンはまた困ってしまう。父のように、彼女の周囲には仕事に追われる大人ばかりだった。


「わからない……でも、母は布を織るし、私はピアノを弾くのが好き……」


「ピアノ? それって何?」


興味を示すニーナに、キャサリンは少し首を傾げた。


「……楽器、かな」


「楽器って、吹いたり叩いたりするものじゃないの?」


ニーナは身振りで吹奏と打楽器を表現した。説明が難しく、キャサリンは話題を変えることにした。


「えっと……それはまた今度説明するね。それより、ニーナは最近何してるの?」


「私? 日記を書いてるよ!」


順番が回ってきて、ニーナはとても嬉しそうだった。


「日記?」


「日記に書けば、忘れないでしょ? 今日キャサリンと出会ったことも書くの。そうすれば、忘れない!」


両手を広げて語るニーナを見て、キャサリンは気づいた。北の街では忙しさの中で、そんな習慣を失ってしまっていたのだと。


その後、キャサリンも興味を持った。


「じゃあ私も日記を書く! それに……ピアノも教えてあげる!」


興奮したキャサリンは走り回り、二人はヒデングの市場へと近づいていった。


その途中、キャサリンは両親を見つけた。


父は母の腕を掴み、叱責している。


「勝手に出歩くな!」


「買い物してただけよ!」


険悪な雰囲気を察し、ニーナは言った。


「行かないほうがいいよ……」


だがキャサリンは聞かず、ニーナの手を引いて近づいた。


「お父さん! お母さん! この子、私の友だち! ニーナっていうの!」


だが両親の視線は冷たかった。母はキャサリンを強く引き寄せる。


「ダメ! その子と遊んじゃいけません!」


「どこでそんな子と知り合ったの!」


二人はキャサリンを連れて行ってしまった。


ニーナは手を伸ばしかけたが、恐怖と身分の差に縛られ、引っ込めた。


その場に残されたニーナは、遠ざかっていくキャサリンの背中を、ただ見つめていた。


3.


翌日、ニーナは砂場のそばにしゃがみ込み、木の枝で絵を描いていた。


どこか元気がなかった。まるで、大切な友だちを失ってしまったかのように。


「すごく上手じゃない! これ、なに描いてるの?」


「きゃあ――――っ!?」


突然背後から声をかけられ、ニーナは思わず叫んだ。


「なにするの!?」


目の前で手を振る少女を見て、ようやく理解する。


「……キャサリン!」


ニーナは駆け寄り、キャサリンをぎゅっと抱きしめた。


「えっ!? どうしたの?」


「キャサリン、どうして来たの? もう会えないと思ってた……」


「私、死んだみたいな言い方しないでよ……」


キャサリンは、泣きそうな顔で驚くニーナを見つめた。友だちを失った悲しみと、再会できた喜び――その両方が、仕草や目に滲んでいた。


ただ友だちが欲しかっただけなのに、こんなにも自分を大切に思ってくれる子に出会えるなんて、キャサリンは思ってもみなかった。


「パパとママを思いきり怒鳴って、それから逃げてきたの!」


キャサリンはそう言って、ニーナの頭を撫でる。


実際は、両親が不在だっただけだが、ニーナは信じたようだった。


「そんなことしちゃダメ!」


ニーナは頬を膨らませ、真剣な顔で言った。


「お父さんとお母さんに、ひどいこと言っちゃダメだよ」


「…………」


キャサリンは予想外の反応に言葉を失った。


「ごめん、ニーナ。怒鳴ってないの。たまたま家にいなかっただけ。それに、ちゃんと許可ももらってる!」


「うん、それならいい!」


ニーナは安心したように笑った。


「ねえ、ニーナ。あなたのご両親は?」


キャサリンが尋ねると、ニーナは答えず、また砂場にしゃがみ込んだ。


「……私、親はいないの。孤児だから」


「…………」


また失言してしまったと、キャサリンは後悔した。話題を変えようとして、ふと手の中の紙幣に気づく。


「ニーナ、日記帳を買いに行こう! それから、ピアノがある場所も知ってるの!」


「えっ!?」


ニーナはそのまま手を引かれ、市場近くの雑貨屋へ向かった。


店に入った瞬間、客も店主も、妙な視線を向ける。それは子どもだからではなく、キャサリンの服装と立ち居振る舞いのせいだった。


ボロ切れのような服を着た人々の中で、キャサリンだけがあまりにも浮いていた。


彼女は気づかないまま、上質な羊皮紙で綴じられた日記帳を選び、楽しそうにレジへ向かう。


店主は緊張した様子で、小銭を床に落としてしまう。キャサリンは何も考えず、一緒に拾った。


その場の空気を、ニーナだけが敏感に感じ取っていた。


「ありがとう」


店を出ようとしたとき、店主がニーナを呼び止めた。


「キャサリン、先に外で待ってて」


ニーナは微笑んで言い、キャサリンは素直に外へ出た。


店内で、店主は低い声で尋ねた。


「……あの北の娘は何者だ? なぜここに?」


その問いには、恐れと怒り、そして北への反発が滲んでいた。


「友だちです。家族と来てるだけ……それ以上は知りません」


「北の人間が……なぜここへ……」


その視線に、ニーナは寒気を覚え、何も言わず店を出た。


「ニーナ?」


「大丈夫。行こう」


キャサリンは気づいていた。中の会話を、すべて聞いていたことを。


「図書館に行こう! ピアノがあるの。ママに聞いたんだ。これから毎日弾きに行くって言ってあるから!」


嬉しそうに話すキャサリンに、ニーナは苦笑した。


ヒデング市の図書館は、古い砂石造りの平屋だった。蔵書も少なく、管理人は八十近い老人。


奥の奥に、埃をかぶったピアノが置かれていた。


「こんにちは、ピアノを弾きに来ました」


老人は微笑み、眠そうにうなずいた。


「どうぞ……」


雑多な物の中に、塗装の剥げたピアノがあった。


「……武器?」


銃や弾薬に目を奪われるニーナをよそに、キャサリンは鍵盤を叩く。


軽やかで、明るい旋律が響いた。


「やってみて!」


「無理だよ……」


キャサリンはニーナの手を取り、後ろから導く。


「大丈夫。魔法をかけるから」


キャサリンは乳白色の腕輪を外し、光を集め、ニーナの頭上から降り注がせた。


不思議と、心が落ち着いた。


ニーナは、鍵盤の音が“わかる”ようになった。


「ほら、できた!」


「……それは、あなたの魔法のおかげ……」


「これ、あげる」


キャサリンは腕輪をニーナの手に乗せた。


「自信と勇気の魔法だよ」


「……ありがとう」


それから二人は、何曲もピアノを弾いた。


やがて別れの日が来た。


「……私、帰らなきゃ」


「また、明日……じゃないよね……」


「日記を書く。手紙も送る!」


指切りを交わし、抱き合い、キャサリンは去っていった。


ニーナは左手の腕輪を見つめる。


勇気と自信をくれる魔法でも、心の空白までは埋められなかった。

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