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《闇紋の勇者と失われた器(ダークヴェッセル)》  作者: おたけ


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1/1

闇の器(ダークヴェッセル)

アレンが王国を追放されたのは、三日前のことだった。

罪状は「魔王因子の暴走」。

しかし誰よりアレン自身が知っていた。——あれは暴走ではない。ただ、王国が“都合よく失敗として扱った”だけだ。


今は王国の北外れ、崩れかけた見張り塔。

湿った風が石畳をなめるたび、冷たさが骨へと染み込む。

そこが彼の、唯一の寝床だった。


塔の下には小さな集落がある。

奴隷や流民ばかりが押し込められた、王国が存在ごと無視する「外れの地」。

アレンはそこを通り抜けようとした時——小さな気配に足を止めた。


倒れていたのは、痩せた少女だった。

鎖、痣、ぼろ布。奴隷の印。

そして肩口には、王族の紋章に似た、だがまるで別種の“闇”を孕む痕が刻まれていた。


アレンはほんの一瞬だけ迷い、ため息をつくと少女を抱き上げた。

気まぐれではない。ただ、その紋章が気になった。


——あれは、俺の紋章と似ていた。



少女は“リラ”と名乗った。

塔の一室、粗末な布の上で目を覚ました時、怯えながらも礼を言った。


「どうして……助けたの?」


「別に。気になっただけだ」


「わたしの紋章……?」


アレンは肩をすくめた。


「相性が悪かったら、触れた瞬間に焦げて死んでる」


リラは小さく震えた。

しかしアレンにとってそれは事実だった。

魔王因子を抱える自分は、人に触れるだけで相手を傷つけてしまうことがある。

だが、リラには何も起こらなかった。


むしろアレンの闇が静まっていた。


不可解な沈黙が二人の間を流れる。


「……お前、何者なんだ?」


リラはうつむいた。

言いにくそうに、ひとつの言葉を絞り出す。


「……闇の器。そう作られたって……言われた」


その言葉は、塔の空気を一瞬で凍らせた。

アレンはゆっくりと息を吐く。


「闇のダーク・ヴェッセル? お前が?」


リラはさらに小さく頭を下げる。


「でも、わたしは……失敗作だって。薬で魔力を封じられて、奴隷として……捨てられた」


アレンの眉がわずかに動いた。

失敗作という言葉の裏に、微かな嫌な予感が走る。


その時だった。


塔の外で、金属の軋む音がした。

砂埃を巻き上げながら、重い足音が近づいてくる。


アレンが窓辺に立ち、目を細める。


「……来たか」


外れの地に似つかわしくない、王国の紋章を掲げた兵士たち。

黒ずんだ鎧に、隠す気もない殺気。

明らかに“追手”だ。


リラが息を呑む。


「どうして……? 死ぬはずだったのに」


「……死んでないからだろ。王国にとって俺達は都合が悪い」


アレンは剣を手に取る。

その刃に宿る闇が、リラの紋章に反応してざわりと揺れた。


「そこにいろ。……俺が片付ける」


「わたしも——」


「動くな」


アレンの声は冷たく、だが震えていた。

恐れではない。

胸の奥で、理解できない焦りが燃えていた。


——リラを失うのが怖い。


そんな感情が、自分のものだとは信じたくなかった。


しかし追手との戦いの最中、アレンは気付く。

兵士たちが叫んでいたのだ。


『闇の器候補No.48が覚醒反応! 絶対に回収しろ!』


覚醒反応——?


アレンが塔の中へ戻った瞬間、空気が歪んだ。


リラの周囲に、黒い霧が渦を巻いている。

さっきまで封じられていたはずの魔力が、悲鳴のように漏れ始めていた。


「っ……いや……違う……! 戻って……!」


リラは涙を流しながら胸を押さえ、必死に抑え込もうとしていた。

しかし闇は形を変え、うねり、アレンの影さえ引きちぎろうとしてくる。


アレンは剣を捨て、リラの肩を掴んだ。


「リラ、落ち着け!」


「アレン……わたし……壊れる……!」


「壊れねぇよ。俺がいる」


アレンの闇が、リラの闇へ触れた。

普通なら激突し爆ぜるはずの二つの力は——

奇妙なほど滑らかに混じり合い、互いを弱め、静かに収束していく。


リラはその腕の中で震えながら、アレンを見上げた。


「どうして……アレンは平気なの……?」


「知らねぇよ。……けど、お前の“失敗”ってやつ、たぶん間違いだ」


リラの紋章が淡く光る。

完成しきらない未熟な紋様が、まるで“成長しよう”と脈打った。


その光景を見ながら、アレンは確信する。


——リラは失敗作なんかじゃない。

王国が“恐れたからこそ捨てた存在”だ。


塔の外では追手の兵が体勢を立て直し、

闇夜に号令が響く。


アレンはリラの手を取った。


「リラ。ここから先、王国はお前を殺しにかかる」


リラは目を伏せる。


「……怖い」


「当たり前だ。だが——」


アレンは、初めてその言葉を口にした。


「一人じゃない」


塔の入り口に影が揺れる。

追手が迫っている。


アレンは剣を握り直した。


「行くぞ。真相を暴く。

 お前が“失敗作だった”って嘘も、

 俺が“暴走だった”って嘘も、全部だ」


闇の風が吹いた。

二人の紋章が、不気味な共鳴音を立てる。


こうして——

追放された勇者と、闇の器と呼ばれた少女の物語が始まった。

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