第9話 まるで乙女ゲームのヒロインのような
翌朝。宿舎から登校しながら、昨日は本当に色々あったなと思い返す。
(マリーのいじめの現場に極秘の調査。おまけにパヴィリオンの中庭の破損まで………)
昨日のことを思い出すだけでも、どっと疲れが出てしまう。
けれどふとグレイから聞いた極秘調査について思案した。
マリーに関する去年の騒動には真犯人がいて、グレイがその調査を秘密裏に進めている。
けれどよくよく考えてみても、それを知っているからといって私のやることは変わらないだろう。
前世の親友と重なって見えてしまう彼女を放っておけないし、それにセレスティアから『お目付役』を任されている以上、一定の距離を保ちながらも見守るしかない。
もしマリーの身に何か起きた場合「なぜ監視していなかった」と私の責任になるかもしれないのだ。
(それに………原作のマリーと性格が違う理由も気になるし)
だから私はマリーのそばでサポートしながら様子を見守るしかない。
ただし、グレイの調査を邪魔するような真似は絶対にしない───うん、それだけだ。
そんなことを考えながら教室へ向かっていると、私の目の前に一人の令嬢が立ち塞がる。
スカーレット・クラークだった。
「エニスさん!」
「スカーレット様、ご機嫌よう。いかがなさいました?」
多分昨日のことだろうなと思いながらも一応聞いてみる。
すると彼女は不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、私に詰め寄った。
「昨日のことだけれど…………よく考えたら、貴女が謝るのっておかしくないかしら?だって、あのマリー・ギャザウェルからは正式な謝罪もないのよ?それなのに、貴女が代わりに謝るなんて甘やかしすぎじゃなくて?」
それは確かにそうではある………。
学園の廊下には朝の登校ラッシュで多くの生徒が行き交っていたが、スカーレットの張りのある声が響き渡り、あたりの視線が一気に私に集中した。
(スカーレットの言いたいことは確かにそうなんだけど………)
マリーはもしかしたら被害者の可能性もある。
それを知る身として、彼女が安易に謝罪しても良いのだろうかと思ってしまうのだ。
(まあ、私なんかはほいほい謝っちゃうんだけどね………)
そんな気持ちもあり口篭っていると、スカーレットがハッとした様子で見つめる。
「まさか、貴女………マリー・ギャザウェルの肩を持とうとしてるの!?信じられない!あの女は殿方を惑わせて、学園を混沌に陥れた悪女よ!その肩を持つなんてあり得ないわ!」
「いえ、私はそんなつもりじゃ───」
「だったら、彼女に相応の態度を取らせなさいよ!それも『お目付け役』の役目でしょう!」
スカーレットの罵声に周囲の生徒達が騒ぎ始めた。
何を言ってもどこまでも畳みかけてくる彼女に内心冷や汗をかきながら「どう切り抜けようか」と考える。
しかし、その時───
「ハボットさん!」
凛とした声が廊下の向こうから響いた。
振り返れば、学園のブレザー制服をきっちり着こなし、淡いピンク色の髪をショートカットにした少女が近づいてくる。
まるで別人のような雰囲気だが、見間違えるはずもない。
───あの、マリー・ギャザウェルだった。
「どうかな?」
そして私の前に立ったマリーは、どこか恥ずかしそうに聞いてくる。
「どう、って………え、どうしたの!?」
「昨日言ってたでしょ?『自分の言葉を信じてもらうには、まずは見た目から変えなきゃ』って。
だから制服を元に戻したの。それに心機一転して髪も切ったのよ?………自分で切ったから、ちょっと短すぎたけど」
恥ずかしそうに話すマリーに呆然とする。
確かに制服は元の仕様に戻っていた。
しかし問題は、彼女の髪である。
うなじがはっきり見えるほどのショートカット。
───貴族の令嬢の間では、それは《大罪人の証》とされている。
かつてこの国にいた極悪な令嬢が罪を裁かれる際、ギロチンの刃に髪がかからないようにと短くされたのだ。
それ以来、その髪型は不吉な象徴とされ、特に貴族の間では忌避されてきた。
私やスカーレットの顔が引き攣るのも無理はない。
だって今彼女は、現代日本でいうと「私は大罪人です」というタトゥーを顔に彫ってきたようなものなのだから。
するとマリーはスカーレットの存在に気づいたのか。
そちらを見てふっと微笑んだ。
「あら、いたのね。…………昨日のことはともかく、去年私が原因で学園が混乱に陥ったことは謝るわ。本当にごめんなさい」
「へ?いや、それより貴女、その髪…………」
「髪?ああ、ハボットさんのアドバイスもあって切ったのよ」
きょとんと首を傾げるマリーにスカーレットがバッと私の顔を見る。
違う違う!
私そんなアドバイスしてない!!
「エニスさん………貴女って意外と手厳しいのね」
「誤解です!私は何も言っていません!」
しかしスカーレットは私を見つめて、頬を引き攣らせている。
そして慌てて周囲を見渡すが、そこにあったのは冷ややかというよりもドン引きした生徒達の視線だった。
(ちょ、ちょっと!何このサイコパスを見る目!?そもそもスカーレットだってマリーに洒落にならない報復しようとしたじゃない!)
めちゃくちゃ納得いかないんだけど!
スカーレットがそろそろと後退りし始めるのに、思わず突っ込みそうになる。
そしてその場からスカーレットがいなくなった後、私はすぐさまマリーの手を引いて人気のない空き教室に逃げ込んだ。
「ちょっとどうしたのよ。私何かやっちゃった?」
「…………まず、貴族の常識から教えなきゃ駄目そうだね」
「それにしてもスカーレットの反応、微妙だったわね。まあ、簡単には受け入れてくれないとは思ってたけど」
「いや、そういう問題じゃないんだね………」
呆れながらそう返すと、マリーはふと真剣な顔で口を開いた。
「その………初対面の時、あなたのことを認めないって言ったけど、やっぱり『お目付け役』をお願いしたいの。
私は平民出で貴族の常識には疎いから、知らずに誰かを傷つけることがあるかもしれない。だからよければ、そういうのも教えてくれると嬉しいなって」
しどろもどろに話すマリーを見て、思わず毒気を抜かれてしまう。
………もしかしたら、こうやって男の子達とも距離を縮めていったのかな。
そう思うものの、慌てて首を振る。
彼女が冤罪の可能性もあるんだった。
「…………でも初対面の時、『冴えない女と一緒にいるの恥ずかしい』って言ってたじゃない」
「そ、それは違うの!一緒にいたら貴女も嫌がらせに巻き込まれると思って!」
「へぇ?じゃあ冴えないって部分は否定しないんだ?」
「ち、ちがうわよ!?そんなこと思ってない!貴女の柔らかい栗毛の髪なんてアレンジし甲斐があるし!私が作った服を着てほしいって思えるほど、美少女だって思ってるんだから!」
ちょっと意地悪してやろうとそう言えば、マリーは慌ててまくし立てる。
それに今度は私がポカンとしてしまった。
(マリーって意外と………オタクっぽい?)
早口で話す彼女に前世の親友の姿が重なる。
いや、早口で話すからオタクっぽいというわけではないが、語彙のチョイスとかどことなく現代日本の若者っぽさを感じるのだ。
(やっぱり私に言えないだけで、転生者なのかな?)
とりあえず、そんな彼女に貴族の令嬢としての一般教養を教えることが先決だろう。
そうでもしないと、今みたいな流れ弾が私にぶち当たるかもしれない。
そして、こちらを伺いながらもどこか落ち込んだ様子のマリーに苦笑する。
「…………エニス・ハボットよ。エニスって呼んで」
私がそう言うと、マリーの顔がぱっと明るくなった。
「私はマリー・ギャザウェル!本当は、お母さんからもらった『エインズワース』って名字の方が好きなの。でも長いから、マリーって呼んで!」
花が咲くように微笑むマリー。
その姿が、まるで乙女ゲームに登場する───誰からも愛されるヒロインのようだった。
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