第6話 原作とは違うピンク髪の男爵令嬢
教室へ向かおうとしたけれど、やっぱり引き返してマリーの跡を追うことにした。
きっとまだ私はマリーの『お目付け役』から解任されていないだろうし、マリーは加害者であるはずなのに前世の親友と重ねてしまう。
それに前科はあるものの、びしょ濡れの少女を放っておくのもどうかと思い彼女を追いかけることにした。
しかし、医務室からタオルを借りに行っているだろうなと思って向かってみたがそこにマリーの姿は見当たらない。
とりあえずタオルを拝借し、再び探せばマリーは人気のない渡り廊下にいた。
けれど何故かスカーレットや柄の悪い男の子達もいて「どんな状況?」と思ってしまう。
「スカーレット様、こちらで一体何をされているんでしょうか?」
不思議に思ってそう尋ねれば、スカーレットが反対に「貴女はどうしてここへ?」と聞いてくる。
普通にマリーが心配になって追いかけてきただけだが、マリーを敵視しているスカーレットに正直に話せば火に油だろう。
しかし嘘をつくのも違うなと思い、なるべく慎重に答えた。
「ギャザウェルさんを探していたんです。私は彼女のお目付け役ですので、水に濡れた彼女を放っておくことは流石にできません」
あくまで『お目付け役』という立場から彼女を探していたと言う。
けれどスカーレットが眉をひそめたものだから、きっとマリーをいじめようとしてタイミング悪く私が来ちゃったんだろうなと察した。
(で、後ろにいる男の子達は一体………)
スカーレットの後ろに控えるガラの悪い二人組の青年。
彼らはどうしてここに?と思ったが───そこでふと気付いてしまう。
もしかしてスカーレットは、彼らを使ってマリーに乱暴しようとしていたのだろうか。
(それは流石に、制裁の域を超えているような………)
どうしよう。どうやって切り抜けようか。
しかし口も上手くなく、特別賢いわけでもない私にできることは限られている。
唯一出来ることといえば、これくらいしかないだろう。
───謝罪だ。
「スカーレット様、もしマリー・ギャザウェルが貴女に何らかの危害が加えられたのでしたら、謝罪させてください。彼女はまだ更生の身。セレスティア様からお目付け役を賜ったこの私に監督義務があり全ての責任は私にあります。
具体的にどのような損害があったのか詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか?」
頭を垂れてそう言って見せれば、後ろに控えるマリーが息を呑むのが分かった。
スカーレットが私の対応に逆上して、男の子達を使って問答無用で襲わせようとするかもしれない。
すごく怖いけれど、私にはこの状況をうまく切り抜けられるような頭の回転の速さもなく、大して口もうまくない。
本当に情けないものの、こうやって相手が怒りを鎮めてくれるまで謝ることしかできなかった。
ちらりとスカーレットを見れば、頭を深く下げる私に対して煮えたぎらない表情をしている。
(意外と甘いところもあるんだよね)
普段セレスティアの取り巻きとしてクラスでも大きな顔をしている、プライドの高いスカーレット。
同じクラスメイトのよしみとして、ここはどうか見逃してもらえないだろうか。
するとしばらくして、スカーレットは「ああもう」と大きな溜め息を吐いて言い放った。
「分かったわよ!今日のところはエニスさんに免じて見逃してあげる。…………ただし、エニスさん?今後この女が反省しているかきちんと態度で示させなさい」
「はい。畏まりました」
良かった。話が通じた。
そう言ってスカーレットは不機嫌そうな顔をして、男の子達を引き連れて去っていった。
そして彼女の姿が見えなくなったところで顔を上げる。
廊下に残されたのは私とマリーだけで。
スカーレットが大人しく引き下がってくれたことにほっと安堵していれば、今度はマリーがわっと口をひらいた。
「ア、アンタが謝ることないじゃない!」
「でも場を収めることができるならいくらでも謝るよ。私の頭は軽いから」
それに貴族の令嬢として間違った対処かもしれなかったが、あいにくこれしか思いつかなかったのだ。
苦笑しながらそう言ってみせれば、マリーはウッと言葉を詰まらす。
そしてしばらくして、ぽつりとつぶやいた。
「…………私は別に頼んでないわよ。貴女に助けてって。それにこれでも私強いんだから。あんな男達二人どうにかできたわよ」
「そうなんだね」
「…………………それに私と一緒にいたら貴方までいじめられるかもしれないじゃない」
私から視線をそらし、俯く彼女につい笑みがこぼれてしまう。
原作のマリー・ギャザウェルは腹黒くて計算高い性格だから、もしかして私を同情させるために演技している可能性もある。
けれどもしそうだったら、きっともっと早くから………それこそ最初から私に助けを求めただろう。
もしかしたら実はそんなに器用なタイプの子じゃないのかなと思い始める。
小説で感じたマリーの印象と生身の印象は違うのかもしれない。
そんな彼女に私は呆れながら返した。
「別にこれは私の自己満足だから。だからもしこれでギャザウェルさんの報復に巻き込まれても貴女を責めないよ」
そして持っていたタオルをマリーの頭にかけてやる。
「ああ、もう、すごいびしょ濡れ。ちょっと乾いているみたいだけど、このままだと風邪を引くわ。一緒に医務室に行きましょう」
そしてマリーの手を取って、医務室へ向かおうとする。
しかし一向に動かない彼女に「あれ?」と首を傾げた。
どうしたんだろう。
もしかして具合でも悪いのだろうか。
「あの、ギャザウェルさん?」
ふとマリーの顔を覗き込めば、彼女はぼろぼろと大粒の涙を流していた。
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どうしよう。
マリー、すごく泣いているんだけど。
とりあえず医務室までマリー連れていき、そこにあった病人用のシャツとスラックスを彼女に着替えさせた。
保健医の先生がいないため、後で着替えを貸してもらったことを報告しなければならない。
そしてベッドに項垂れるマリーに、ハンカチで涙を拭ってやる。
(まあ、やっぱりいくらマリーでも全校生徒からいじめられるのはつらいよね)
自業自得だし元はと言えば全部マリーが元凶なんだろうけど、流石に心が折れちゃうよねと同情してしまう。
するとマリーはぽつりと口を開いた。
「…………私も本当は悪いと思っているの。平民出だからって男の子達の暴走を止められなかったことを。婚約者や恋人のいる女の子達には悪いと思っている」
この子にも反省するといった気持ちがあるのか。
それならば、その気持ちを一生抱えて償っていくしかないだろう。
どんなに辛くとも、結局はそうすることでしか償えないのだから。
「そうだね、ギャザウェルさん。申し訳ないなって思う気持ちが少しでもあるのなら、まず迷惑かけた人達に謝らなきゃいけないよね」
私の言葉にマリーが力なく頷く。
そして私にポツリポツリと話し出した。
「去年の夏くらいからなの。男の子達が急に私のことを好きになり始めて、暴走するようになったのは。
でも、そうよね。きっと私が何か思わせぶりな態度を取ったか。それこそ『こんな平民出の女一人口説けないなんて』とか思われて意地になって構われていたのかも」
「え?」
「私だってね、男の子達が暴走した時止めようと思ったのよ?そんなことしたら困るとか、嫌いになるとか、ドン引きしてるから絶対にやめろって。結構酷いことも言ったわ。
あとはそうね。それが無理って分かったら、徹底的に無視してみたり───」
「ご、ごめんなさい。ちょっと待って。ギャザウェルさん」
急に話を止める私にマリーがきょとんとする。
そんな彼女に私は呆然としながら聞いた。
「去年の夏くらいからって何?貴女は転入してから早々パトリック殿下や他の男の子達に………その、すり寄ろうとしたんじゃないの?」
「そんなわけないでしょう。むしろ孤立気味だったし、私も誰ともつるもうとは思っていなかったわ。まあ、毛色の違う野良犬扱いで王子やセレスティアが構ってくれていたけど」
その言葉に固まってしまう。
だって原作では、男爵令嬢マリー・ギャザウェルは転入早々パトリック王子や他の男子生徒達にすり寄り媚を売りまくっていたのだ。
目の前で倒れて見せたり、医療テープ(絆創膏)だらけの手でお菓子を渡してみせたり、そのワンピース型の改造制服のせいで女子からいじめられていると嘘をついて彼らの気を引こうとしていた。
しかしもし今マリーが言ってことが本当なら、原作の流れとは全く違う。
「…………目の前でこけてみせたり、ぼろぼろの手でお菓子渡したり、女の子達からいじめられて辛い……みたいな相談はしなかったの?」
「何そのひと昔前のアピール。今時そんなことする奴がいたらあからさま過ぎて引くでしょ」
そしてマリーが「そんな天然ぶってる女むかつかない?私だったら絶対やらないわ」といけしゃあしゃあと言ってみせる。
原作とは違う性格に、あるはずなのに無いガーネットのブローチ。
今まで彼女と接するたびに抱いてきた違和感が形となって形成されていく。
そして私はある一つの仮説を立てた。
もしかしてこの子は、私と同じ『転生者』なんじゃないだろうか。




