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第5話 とある男爵令嬢の事情②




 

 私と母は、王都から南に離れた小さな村で暮らしていた。

 母は祖父から譲り受けた家で裁縫師として働き、私はその背を見て育った。

 

『ごめんね、マリー。もっと人の多い都会で生活できたら、貴女にも同年代のお友達が出来たでしょうに………』

『気にしないでよ。都会なんて家賃が高いし、友達も別に要らないわ』

『我が娘ながら良い子過ぎる………。お詫びにハンカチに薔薇の刺繍を付けちゃおうかな!何色が良い?』

 

 ちょっと挙動のおかしいところはあったけど、それを含めて面白くて。私は母のことが大好きだった。


 けれど私が15歳になってしばらく、母の持病が急変して帰らぬ人となった。

 そしてその数日後、私の家にギャザウェル男爵家の使いが現れる。


『マリー・エインズワース様でしょうか。ギャザウェル男爵家当主の命により、お迎えに上がりました』


 そう言われ、私は半ば無理矢理男爵家の屋敷に連れて行かれた。

 けれど当主───私の父親らしき男とは顔を合わすことすらなく『王都にある学園へ転入し、そこで礼儀作法を学んでこい』という手紙だけが渡された。


 そのあまりの対応の雑さに激怒しそうになったものの、実の父とはいえ貴族相手にどこまで盾突いていいのか分からない。

 

 だから裁縫師であった母に教わった技術で制服を勝手に改造し、抗議の意を込めて学園へ通い出したのだ。

 

 前代未聞の校則違反で学園から目を付けられれば、父である男爵家当主を困らせることができるだろう。

 もちろん生徒達からは浮きまくったし、予想通り先生には叱られた。


 けれど何故か、この国の第一王子──パトリック王子の目に止まってしまったのだ。

 

『君も頑固な子だね。そこまで我を通すのは生きづらくないかい?』

 

 心底不思議そうに尋ねてくる───何だか妙に浮世離れした青年を前に少しだけ緊張する。

 そしてこの国の王子にいつもの気の強い口調で答えることはできず、私にしては珍しく丁寧に返した。

 

『私はこの学園に来ることを望んでおりませんでした。その気持ちをこうして表しているだけです。生きづらいですが、その主張が無くなること自体が恐ろしいので変えるつもりはありません』

 

 正直理解はしてもらえないと思うし、そういったことも別に期待していない。

 

 けれどそれを聞いた彼は何故か楽し気に笑みを浮かべ、それ以来よく絡んでくるようになった。

 

 最初は恐れ多かったし、正直言って鬱陶しくもあったと思う。

 それに「婚約者がいるのに他の女の子と仲良くするとかありえないんだけど」と思って、分かりやすく避けていたこともあった。

 

 でも彼の婚約者であるセレスティア自身が、そんな私に「殿下のことを無視しないで頂戴」だなんて言ってくるものだから毒気が抜かれる。

 

 多分二人は私のことをちょっと毛色の違う野良犬かなんかだと思っているんだろう。

 でも、無理矢理入らされた学園だけど、彼らのおかげでそんなに悪くないなと思い始めた。

 

 反抗心の表れである改造制服も、二人に免じて指定の制服に戻そうかなと思えるくらい、ギャザウェル男爵への怒りも収まっていった───はずだった。

 

 しかしそれが変わったのは夏頃からだろうか。

 周囲の男の子達が何故か私に対し、愛を囁くようになったのだ。

 

 突然豹変した彼らの態度に驚きパトリック王子に相談したものの、彼も同じく私に対して「君は僕の『真実の愛』だ」なんて言ってくる。

 

 彼らの様子がおかしくて、周りの女の子達───セレスティアに頼ろうとしても、彼女の取り巻き達から「下劣な平民風情が」と罵られ、遠ざけられてしまった。


『男をたぶらかしておいて被害者面?』


『あれだけセレスティア様が目にかけていたというのになんて恩知らずなの』


 そんなつもり、全くなかった。

 けれどセレスティアにそう弁明することもできず、月日はどんどん過ぎていく。

 

 孤立する私を見かねた男の子達が女の子達が私をいじめていると思い込んで対立し、パトリック王子は学園を私物化してカリキュラムや校則を変えようとする。

 

 ───もう、訳が分からなかった。


 先生からは元々問題児として目を付けられていたし、セレスティアに相談しようにも周りの令嬢に邪魔されて声すらかけられない。

 

 王子や男の子達に暴走するのを止めようとしても「マリーは何も心配することはないよ」と見当違いな言葉をかけられ、ますます歯止めが効かなくなる。

 

 そして年度末のパーティーで、ついにパトリック王子は自分の婚約者であるセレスティアを断罪し、婚約破棄を宣言してしまった。

 

 私のことを『真実の愛』だと言う姿に眩暈がする。

 目の前で行われる断罪劇が、まるで演劇の舞台を見ているかのように遠く感じた。   

 

 けれどセレスティアによる立ち回りで事態は収まる。

 そしてその後、国からの調査機関によって聞き取りが行われたのだが………その際に何故か母から貰ったガーネットのブローチについて色々と聞かれた。


『マリー・ギャザウェル。君はこれを一体どこで手に入れたんだ』

『? 亡くなった母からの誕生日プレゼントです。ガーネットの宝石で、王都のお店で買ったと………』

『そんなわけないだろう!なんせ、これは───』


 しかし他の大人がそれを遮り、結局何も知られないまま母のブローチは没収されてしまった。


 そして私は解放され、修道院行きが決まったのだが───初めて顔合わせた父親、ギャザウェル男爵家当主に告げられる。

 

『リュベル侯爵家も、そしてその他の名門も、お前に責任を取らせたがっている。贖罪する機会を与えてやった。光栄に思え』


 それから私は強制的に復学させられた。


 私が悪かったのだろうか。

 男の子達とそれなりの距離を取り、パトリック王子やセレスティアくらいしか話し相手もいなかった。


 どこかで思わせぶりな態度を取ってしまったんじゃないだろうかとか、色々考えたけれど分からない。


 段々と自分は異性を惑わすような女だと思えてきて。

 他人の婚約者や恋人は絶対に盗らないと勝手に思い込んでいただけの、最低な人間なんだと思ってしまいそうになる。

 

 机の中には脅迫めいたメモや汚物が仕込まれているのは日常茶飯事。

 私物は捨てられ、水瓶が偶然手を滑らせたという形で制服が濡らされる。

 すべて「事故」だという扱いで、教師すら、誰も止めようとはしない。


 母の形見も返されぬまま、私への報復はそれからずっと続いている。




 

 ◇  




 

 タオルと着替えを借りようと医務室に向かっていれば、一人の令嬢が私の前に立ちふさがった。

 

 豊かな赤髪に気の強そうな顔。

 セレスティアの取り巻きの一人──スカーレット・クラークが嘲笑う。

 

「こんなところに濡れ鼠がいるじゃない。殿方から助けてもらったらどう?まあ、それも無理でしょうけど」

「どいて。邪魔よ」

「やあだ!怖いわ!…………どうせ男には猫を被って誘惑していたんでしょう?本当に裏表のある女って怖いわね」


 違う。

 私はそんなことしていない。


 男の子達がおかしくなってから、私は彼らに「困るからやめてくれ」と何度も言ったし正直に迷惑だと、そういう奴は嫌いだともはっきりと告げた。


 それが効かないと分かると私は徹底的に無視をして、避けた。本当は一発ぶん殴ってやりたかったけれど、流石にそれはできなかった。


 そこまでして駄目だったのだ。

 距離をとっても、近付いてくる。


 まるで何かに呪われているかのように。

 

「噂によると、貴女が去年身につけていた赤いブローチ(・・・・・・)。あれに魅了の呪いがかけられていたんじゃないかって言われてるのよ。もしそうだとしたら立派な犯罪者ね!処刑よ、処刑!」


 嘲笑うスカーレットに顔がカッと熱くなる。

あのブローチは、正真正銘ただのブローチだ。


 母から貰った大事なもので、もし魔術的な呪いがかけられているとしたら、効果が去年の夏頃からという中途半端な時期に現れるのはおかしい。


 確かに調査機関には押収されてしまったが、きっとすぐ返ってくると信じている。


(何で、こんな…………)

 

 でももう、何だか限界になってきて。

 黙ったままではいられなくなっていた。

 口が勝手に動いていた。

 

「私は…………人の婚約者や恋人をとるような行為は絶対にしていないし、あのブローチは亡くなった母から貰った大切な形見よ。───私は、亡き母に顔見せできないようなことは絶対にしない」


 亡くなったお母さんがよく言っていた。

 人が大切にしているものは絶対に盗んでは駄目だと。


 セレスティアが大切に思っていたパトリック王子をとろうだなんて思わない。

 二人きりで会わないようにしていたし、彼もそこを弁えて接してくれていたはずだった。


 はずだったのに。

 

「この女、全く反省していないじゃない。…………来なさい!」

 

 スカーレットが声を上げると、廊下の陰から男子生徒が二人現れた。

 にやにやと笑いながら、私を見下ろしてくる。


「この子のことを好きにしていいわよ。男好きだし、ちょうど良いでしょう?」


 ここで声を上げたとしても誰も助けに来てくれないだろう。

 相手は二人。

 私は覚悟を決めて身構える。

 

 しかしその時、私の背後から場違いな声が飛び込んできた。

 

 

「───ここで何をしているのですか?」

 

 

 驚いて振り返ると、そこにはセレスティアによって任命された私のお目付け役の少女がいた。

 

 タオルを片手に不思議そうな顔をして見つめてくる───確か、エニス・ハボットだったろうか。


 そして彼女はゆっくりとスカーレットから守るように、私の前に立ち塞がった。





 

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