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第29話 ブローチの礼と引き換えに




 あれから一月経った。

 私は変わらずマリーと過ごしており、今日も中庭のガーデンチェアで昼食をとっていると、彼女が「実はさ」と口を開く。


「ほら、見て。お母さんのブローチが返ってきたの」

「え!?」

 

 彼女の懐から赤い宝石がはめ込まれた美しいブローチが取り出される。

 そしてそれをマリーは得意げに掲げて見せた。

 

「この間、私宛に郵送されたのよ。同封してあった手紙に『調査が終わったため押収品は返却する』って書いてあったから、きっと今回事件を捜査していた人達が返してくれたのね」


 直接返しにきてくれればよいのにね。

 そんな風に言いながらもマリーはどこか嬉しそうな顔をしてブローチを眺める。


(ヴィンセント殿下が約束を守ってくれたんだ)


 廃棄されたと思っていたが、奇跡的に残っていたのか。

 それを探し出し返却してくれた調査機関の人達にも感謝しかない。


「もうこのブローチは学園で付けないけどね。冤罪は晴れたけど余計なトラブルは御免だわ」


 その方が良いだろう。

 マリーがブローチをいそいそと懐に戻す姿を見て、私もそう思う。


「返してもらってよかったね」

「ええ、これは私の宝物だから」


 朗らかに笑みを浮かべるマリーが眩い。


 私の前世の親友、相原美亜。

 不慮の事故で死に、この世界に先に転生した彼女は目の前にいるマリーという少女を産んだ。

 

 決してマリーを美亜の代わりに見ているというわけではないのだが、亡き親友の娘として改めてマリーを見ると、何だか………

 

「え!?ちょっと!何で涙ぐんでるのよ!?」

「ごめんね。あの、全然大したことじゃなくて、マリーが元気そうにしてくれているだけで嬉しくなっちゃって………」

「もーそんなに泣くと目が晴れるわよ。ほら、このハンカチ使って良いから」


 可愛らしい野薔薇の刺繍が施されたハンカチを顔に押し付けられる。

 そういえば、彼女に初めて会った時もこうやって強引にハンカチを押し付けられたなと思った。

 

「…………マリー、いつか貴女が住んでいたおうちに行かせてね」

「おうちって、エインズワース家の方?売りに出していないから、いつでも帰れるけど………貴族のお嬢様から見たらひっくり返る程小さいわよ?」

 

 不思議そうにするマリーに思わず苦笑する。

 本当は墓参りにも行きたかったけれど、それを言えば「何で?」と思われるだろう。


 それでも私は会いに行きたかった。

 

 これからどんなことがあっても、この子を守らせてほしいと美亜に伝えたかった。


「…………エニス、本当にありがとう」

「お目付役のこと?別にお礼を言われる程のことじゃないわ」


 私をじっと見つめたまま薄く微笑むマリーに首を傾げる。


 お目付役の間、確かに私は彼女に対して色々とサポートした。

 けれど正直苦労はしたことないし、礼を言われるまでもないのだ。

 

 するとマリーは困ったように苦笑する。

 そして彼女は「そういうことにしておくわ」と軽やかに言った。




 

 ◇



 


 セレスティアがいなくなってからというものの、スカーレット・クラークが女子達のまとめ役をするようになっていた。

 自席で次の授業の準備をしていると、彼女達の話し声が耳に入ってくる。

 

「皆さん、聞きまして?第二王子であるヴィンセント様がこの学園に編入するそうよ!」

「まあ!公務のお役目が終わったんですね。国内にいることが少ない御方ですから、まだお見かけになったことがないわ」

「私もよ。どんな方かしら?」


 華やぐ令嬢達にスカーレットは得意そうに口を開いた。


「噂によりますと先代国王陛下にとても似ているそうよ。深い夜のような黒髪に美しい金の瞳。屈強な背格好で、まるで騎士物語に出てくる騎士様のようなお方だと」

 

 そんな彼女の言葉に周囲は色めき立つが、そう言われてみれば旧校舎で出会ったグレイ、もといヴィンセント王子はパトリック王子とはまた違ったタイプの男前だったなと思い出す。

 

 けれどあんなことがあったとして。この学園に彼が入学しても私達は初対面のふりをするだけだ。

 ヴィンセント王子がグレイ・キングズリーとして在籍したことは秘匿され、私も無かったことにしなければならない。


 マリーのブローチを返してくれたという恩もあるのだ。

 口が裂けても言いふらすことなどしない。

 

(そもそも何で私と第二王子が知り合いなんだって話になるしね)


 するとその時、教室の扉がガラリと開いた。


 現れたのは緩くうねった黒髪を無造作にかき上げた、金の瞳を持つ青年で───ヴィンセント第二王子だった。


 最初は怪訝そうにしたものの、今しがた第二王子の特徴を口にしたスカーレットは彼の姿を見て驚いたように目を見開く。

 

 すると彼はきょろきょろとした後、私の方へ向かっていった。

 誰に用事があるんだろうとぼんやりと思いながら見ていると、ヴィンセント王子はそのまま私の目の前で立ち止まる。


 ………ん?

 立ち止まる?

 

 訳が分からず席に座り込んだまま、目の前のヴィンセント王子を見つめていると、彼は周囲に聞こえるようなはっきりとした声色で言い放った。

 


「水臭いじゃないか。編入初日の恋人に挨拶もしてくれないなんて」

 


(………………………は?)

 


 何故か若干気まずそうにしているものの、私に向かってそう言い放ったヴィンセント王子に呆然とする。


 は?恋人?

 私と…………ヴィンセント王子が?


 何だかデジャヴを感じるものの、今はそれを思い出す余裕もない。

 

 すると、話を聞いていたのだろう。

 スカーレットがこちらにつかつかとやって来て───ヴィンセント王子に優雅に一礼した後、私の肩をがしりと掴んだ。

 

「ちょっとエニスさん?貴女このお方はもしかしなくともヴィンセント殿下よね?それに貴女、確か下位クラスの辺境伯の男と恋人だったんじゃ………」


 ヴィンセント王子を背にそう尋ねてくるスカーレットに「あ、そういえばそんな設定あったな」と思い出す。

 しかしその時、背後のヴィンセント王子が話に割って入ってきた。

 

「そいつは俺の手の者だ。秘密裏に学園の様子を探らせていたのとエニス嬢が学園でトラブルに巻き込まれていないか、護衛として『恋人』と名乗らせるのを許可していたんだ」

 

 そんな彼の言葉に、よくもまあそんな嘘がすらすらと言えるなと思ってしまう。

 けれどヴィンセント王子の言葉をそのまま信じ込んでしまったのか。スカーレットは「あ、そうなんですの………」とよろめいている。


 いやいや、しっかりしてくれ!

 私だってこの状況がよく分からないんだから!


 教室中の生徒達の視線が私達にそそぐ。

 するとヴィンセント王子は「失礼」とだけ言って、私の腕をがしりと掴んだ。

 それに周囲の女子生徒達がきゃあ!と色めき立つ。


 そしてそのまま、私は彼に引き摺られる形で教室から出て行くこととなった。




 ・

 ・

 ・



 

 連れて行かれたのは人気のない廊下だった。

 がらんとした薄暗いそこで、ようやくヴィンセント王子が私の腕を放す。


 彼に会ったらマリーのブローチの件について(機会があれば)こっそりお礼を言おうと思っていた。

 けれどもうそれどころではない。

 さっきのあれ(・・)は一体何なんだ。

 聞きたいことが山程ある。


「ヴィンセント殿下、あれは一体どういうおつもりですか」

「マリー嬢のブローチを探し出したんだ。これくらいの礼はしてもらわないと」

「礼?」


 すると彼はどこか気まずそうな顔をしながら続けた。

 

「俺にはまだ婚約者が決まっていない。そんな中で学園に放り出されてみろ。令嬢達のいらぬ争いが起こり得るだろう。そのためにお前には俺の『恋人役』として盾になってもらいたい」


 確かにそれはそうかもしれないが………。

 ブローチの件で彼に大恩があるのは事実。

 しかしそれはそうとして、時期国王の恋人役はあまりにも、その………。


「あの、殿下?まさか私に遠回しに死ねと仰っています?」

「そんなわけないだろう。お前が他の令嬢と衝突しない立ち振る舞いができる者だと見越して頼んでいるんだ。それに、まあ、パトリックからの助言もあるしな………」

「パトリック殿下の!?」


 いや、もう意味が分からない。


 ヴィンセント王子の恋人役なんて大役過ぎるし、私への負荷が大きすぎる。

 多分色んな令嬢からやっかみを受けるだろうし、もしかしたら暗殺だってされてしまうかもしれない。


(………………でも)


 この人、私との約束を守ってマリーのブローチを返してくれたんだよなあ。

 美亜の形見が、娘であるマリーの手の中に戻ったのだ。


 それを考えると大恩あるヴィンセント王子の頼みを断り切ることができなかった。


「…………………………………早く正式な婚約者を決めてくださいね」

「俺が言うのも何だが本当にお人好しだな」


 しみじみとこぼすヴィンセント王子にうっすら苛立つものの、別にお人好しなんかじゃない。


 貸しを返さなければすっきりしない。


 それだけだ。





 

 


読んでいただき、ありがとうございました!

次の話で完結となります。

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