第22話 時計棟の攻防
旧校舎の時計棟の屋根にて。
大雨と強風によって、視界がうまく開かない。
そして少し離れた先にはセレスティアが佇んでいた。
その物々しい様子に胸が騒めく。
すると彼女は壊れたおもちゃのように笑いだした。
「あはは!すごい!原作通りにしたのにこんなにうまくいかないなんて!小説で悪役令嬢の主人公は幸せになっていたのに!やっぱり中身が私だから?私だからうまくいかないの!?」
普段の口調とは違うセレスティアを呆然と見つめる。
そして彼女は私に向かって、無理矢理笑みを浮かべたまま叫んだ。
「私ね!前世の記憶があるの!この世界は小説とかアニメになっていて、それを見てたりしてたのよ!こんなこと貴女に言っても困るだけよね!」
やっぱり彼女も『転生者』だったのか。
けれど張り詰めた糸が切れてしまったのか、嵐の中でセレスティアは笑みを浮かべている。
そんな彼女に私はたまらなくなって叫んだ。
「───私もです!私も貴女と同じ、前世の記憶があるんです!」
風と雨で視界が滲む中、セレスティアが目を丸くしたのが分かった。
そのまま私は続ける。
「先程貴女は生家に脅されたわけではないと言っていたけれど………もし、そうではないのなら原作とは違う未来に進んで、自分が破滅するかもしれなかったのが怖かったんですか!?」
この世界がもし原作通り進まなかった場合、自分にどのような災厄が降りかかるか分からない。
この世界の主人公とはいえ、確定しない未来に怖くなってしまったのではないだろうか。
「王子とマリーが結ばれて、彼らの勘違いによってもし《悪役》にされたら自分の身が危ないと思って───」
しかしそれをセレスティアが笑い飛ばす。
「そんなわけないじゃない!もっと我儘で、理不尽な理由よ!何もせずとも好かれるマリーが気に入らなくて、それに無自覚に惹かれている王子にむかついただけ!」
さもおかしそうに笑うセレスティアに言葉を失ってしまう。
すると彼女は他者からの理解を望んでいないのか。
セレスティアは私の意も介さず叫んだ。
「でももう良いの!このままいけばどうせ私は生家共々破滅するんだから!だから───」
そしてそのまま、セレスティアはゆらりと足を進める。
その先には何もなくて、彼女が屋根から飛び降りようとしているのに気付いてしまった。
「──────セレスティア様!!」
彼女の身体が傾く。
屋根から飛び降りようとするセレスティアの姿に───見たこともないはずなのに、マンションの屋上から飛び降りて自殺した、前世の親友の姿が過る。
考える間もなく反射的に駆け寄り、躊躇なく身を投げ出すようにして手を伸ばした。
そしてギリギリのところで、その細い手を掴む。
だがセレスティアはすでに時計塔の屋根から半ば落ちており、必死にぶら下がるだけで精一杯だった。
下を覗けば、闇に沈む学園の中庭。
石畳が鈍く光り、落ちればひとたまりもない高さだ。
「はぁっ………はぁっ………!」
屋根の上で這いつくばりながら、腕に全力を込める。
雨でずるりと滑りそうになり、足元が危うい。
それでも決して手を離すまいと、爪が食い込むほどに握りしめた。
セレスティアの瞳は涙に揺れ、震えている。
笑ってたけど、本当は彼女も限界だったんだ。
いっぱいいっぱいになって、死ぬことしか選べなくなって、自分の起こしたことの大きさに絶望していたんじゃないか。
「ごめん、ごめんなさい………!でも、絶対に離さないから!」
自分に言い聞かせるように、声を震わせて叫ぶ。
強風が吹き抜け、髪が乱れる。
屋根の上を這いながら、体を前へ前へとじりじり押し出す。
指先が痺れる。
腕が焼けつくように痛む。
それでも、掴んだ手を放すことだけは絶対にできなかった。
───自分勝手だけれど、もう自分の手の届く範囲で誰かが死ぬのは見たくなかった。
しかしその時、雨に濡れた屋根に私の身体がずるりと傾いた。
(落ちる………!)
セレスティアと共に屋根から落下していく───その寸前。
私の身体を何者かががしりと何者かが掴んだ。
驚いて振り向けば、そこにはグレイ・キングズリーがいた。
「グレイ!」
「話はあとだ。今はセレスティア嬢を引き上げるぞ」
雨でびしょ濡れになった彼は、ものすごい力で私達を屋根から引き上げる。
そして茫然とするセレスティアが引き摺り上げられ、力なく座り込んだのを見た瞬間、私はようやく安堵することができた。
気付けば雨足は弱くなっている。
ふと顔を上げれば、雲の隙間から光が差し込んでいた。
読んでいただき、ありがとうございました!
もし良ければブクマや評価をつけていただけると、とても励みになります。




