第20話 とある男爵令嬢の真実
私の母は、ギャザウェル男爵家の使用人だったらしい。
深酒した男爵に無理矢理手を出された母は田舎に住む元傭兵の祖父のもとに身を寄せ、私を妊娠していると分かるとこう叫んだらしい。
『あれ!?もしかして私、あのマリー・ギャザウェルのお母さん!?いや年代的に確実にそうだわ!!』
あの時の母は大分おかしくなっていて、今思えばマタニティーブルーというやつだったんだろうと祖父がぼやいていたのを覚えている。
そして私は母に《人の婚約者や恋人を取ってはいけません》だとか《自分の利益のために他人を利用してはいけません》だとか、口を酸っぱくして言い聞かされてきた。
『いい?マリー。貴女はすっごく良い子だから心配してないけど、他人を思いやれるような子になりなさい。絶対に誰かを蹴落とそうとしちゃだめよ。た、例えば人の婚約者をとろうとしたら絶対だめ!』
『そんなことするわけないでしょ』
母はすごく変な人だったけど、悪い人ではなかった。
物騒だから女の子も強い方が良いわよね……?と言って傭兵だった祖父に頼み私に剣を習わせたし、彼女自身からも将来できることが増えるようにと文字や数学、裁縫の技術等を教えてくれたのだ。
『マリーのあの原作の性格って、彼女のお母さんが男をとっかえひっかえしていたからよね?でも今は田舎に身を寄せてるし、私も遊んでないし、マリーのことが大好きだから大丈夫だと思うけど………』
けれどやっぱり母は少し変わっていて。
ちょっと挙動がおかしくなるたびに、まーたおかしくなったと落ち着かせてやるのが常だった。
そして私に剣を教えてくれた祖父が老衰で亡くなり、母と共に二人で生活をしていく中───やがて母も病に倒れてしまった。
病床に伏せた母の言葉を今でも覚えている。
『マリー、お母さんまた変なこと言ってるって思われるかもしれないけど、もしかしたら将来、貴女はギャザウェル男爵家に引き取られるかもしれない。
そこでね、貴族の子達が通う学園に入学させられることになるんだけど、絶対に人の婚約者をとろうとしちゃだめよ』
『そんなことするわけないでしょ。良いから休んでなよ』
『あ、あとね!これだけは覚えて!………もしお友達ができたら仲良くするのよ。お母さんも昔大切な友達がいたんだけど、すごく悲しませちゃったと思うから後悔しているの』
悲しませちゃった、ではなく、悲しませちゃったと思う?
不思議に思って首を傾げると、母はどこか悲しそうに微笑んだ。
そしてその数日後、母は息を引き取った。
近くの村に住む墓守に頼み、祖父と同じ墓に入れ、悲しむ間もなく手続きを済ませる。
それから母の言った通り。
私はギャザウェル男爵家に引き取られ、よく分からぬまま学園に入学させられた。
◇
薄暗い時計棟の内部にて。
私は戦闘の邪魔にならぬよう部屋の隅に佇みながら、大男相手にマリーが剣を持って立ち回るのを呆然と見つめていた。
ローブの男が振り下ろした刃を、マリーの剣が受け止め、火花が弾け、闇に瞬く。
男の攻撃は鋭く、狭い空間を埋め尽くすような猛攻だったが、マリーは一歩も退かない。
軽やかな足運びで床板を踏みしめ、刃を弾き、受け流し、時に鋭く突き返す。
金属が噛み合い、甲高い悲鳴をあげる。
押し込まれた瞬間、マリーは体を捻り、狭い床を蹴って男の死角に回り込んだ。
狭さを逆手に取った体捌き───その一撃は鋭い火花を散らし、ローブの袖を切り裂いた。
(マリーってこんなに強かったの?何でそんなに強いの?)
ローブの男と同等、いや、それ以上の動きをする彼女に混乱する。
そう戸惑っていると、反対側の部屋の隅にいるセレスティアがゆっくりと動き出そうとするのに気付いた。
そして上階へ繋がる階段へ登っていこうとする彼女にハッとする。
何故だか分からないけれど、無性に嫌な予感がしてならなかった。
慌ててセレスティアを追って階段を上がる。が、彼女の姿はどこにもいない。
しかしふと辺りを見渡せば、屋根へ続くだろう梯子を見つけた。
(まさか………)
動悸が止まらない。
冷や汗がじわりと滲む。
おそるおそる梯子を上れば、その先には───大雨と強い風のふく屋根の上でセレスティアがぼんやりと佇んでいた。
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