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第19話 真相




 セレスティアのリュベル侯爵家とマリーのギャザウェル男爵家が密談していたということから───最初は彼女達が家ぐるみでパトリック王子を陥れるために、共謀していたのではと思っていた。

 

 でも、違う。

 

 もしそうであるのなら、マリーは修道院から学園に復学する必要はない。

 表向き修道院行きとし、そのまま雲隠れさせてしまった方が良いのだから。


 けれどそうせず、しかも『お目付役』まで付けるということは…………おそらくマリーは最初から何も知らされていなかったんじゃないだろうか。


 何も知らないマリーが何か(・・)重要な情報を手にしてしまった時に、すぐに処分できるよう、学園という檻に閉じ込め、監視役を付けられたのだ。


(始まりは多分、宗教絡みなんじゃないかな)


 始まりはきっと他国の国教に傾倒するパトリック第一王子を引きずり下ろす目的で、敬虔なアスガルド教信徒のリュベル侯爵家がギャザウェル男爵家と共謀したことだろう。


 そして生家からそれを聞かされた『転生者』セレスティアは、学園に男爵令嬢マリー・ギャザウェルを入学させれば何も問題はないと思ったはずだ。


 マリーが入学すれば、自ずとパトリック王子は篭絡され原作通りに自滅する。

 そして王位継承権を剝奪され、第二王子が王位継承権第一位となるはずだから。

 

 けれど何故か原作とは違い、マリーは思いの外反骨心があって王子に靡かない。


 その様子に原作を知っているであろう『転生者』のセレスティアは焦ったのではないだろうか。

 家の命令でパトリック王子を陥れなければならないのに、何のゴシップも生まれない。


 だからわざとマリーに王子と仲良くなるよう進言し《魅了の魔石》を用意した。


 去年の初夏の舞踏会。

 あのパヴィリオンの中庭の生垣に穴があったと、先生からすでに聞いていた。


『あそこの生垣の真下に穴が空いている部分が見つかって、去年の秋に慌てて整備したんだ。だから突貫工事になっていて、今回きちんと業者に整備してもらおうと思っていたんだよ』


 もしその穴が人一人潜れてしまうほどの空洞だったらどうだろう。

 生垣の陰で見えずらいその穴から魔石を持った侍女を侵入させても良いし、巡回する警備の目を掻い潜って、事前に《魅了の魔石》を置いていたって良い。


 そして魔石をを回収したセレスティアは、中庭でマリーからショールを貸してもらい───隙を見て付け替えた。


 《魅了の魔石》の力でパトリック王子や男子生徒達は篭絡され、何も知らないマリーは誰の助けを受けることもなく、断罪される。


 憶測にすぎないけれど、これが今回の事件の真実ではないだろうか。




 

 ◇




 

 頭が鈍く痛み、それによって意識が浮上した。

 辺りを見渡せば、薄暗い建物の中で埃っぽい。


 そしてぐらぐらする頭を押さえながら「どこだろう」と思っていれば、奥の暗闇から声が飛んでくる。


「ここは旧校舎の時計棟よ」

 

 現れたのはセレスティアだった。

 後ろにはローブのフードで顔を隠した大柄な男が二人控えていて、その異様な空間に背筋が冷える。

 

(一体何を………)

 

 そのまま茫然と座り込んでいれば、セレスティアがどこか遠くを見つめながら話し出した。

 

「最近何者かが我がリュベル家とギャザウェル男爵家について調査しているのを知っているわ。きっと去年の騒動の真犯人が誰か、目途が立っているのでしょうね」

 

 そしてセレスティアは鬱蒼と微笑む。

 

「貴女だって本当は気付いているんでしょう?男爵令嬢マリー・ギャザウェルが去年の騒動を起こすような子ではないことに」

「それは」

「もしかしてもう気付いているんじゃない?去年の騒動を誰が引き起こしたかということを」

 

 そんな彼女に言葉を失う。


 知っている。というよりも、憶測であるが気付いてしまったのだ。

 彼女が真犯人であることを。

 

「…………でも、貴女は生家に無理矢理命令されて、パトリック殿下を陥れなきゃいけなかったんですよね?マリーのブローチを《魅了の魔石》に付け替えたのも、リュベル侯爵家からの命令で───」

「違うわよ」

 

 セレスティアがぴしゃりと言い放つ。

 

 違う?違うのなら、何故。

 けれど彼女は私の疑問に返すことなく笑みを浮かべるだけだった。


 そして座り込む私のもとへ近寄り、腰を下ろす。

 

「私が貴女を『お目付け役』に選んだのは、こうなってしまった時のための保険(・・)よ。貴女の生家───ハボット伯爵家はうちの援助を受けているでしょう?」

 

 援助───生家ハボット伯爵家は一部の未開墾地の領地を開拓するため、セレスティアのリュベル侯爵家から多額の援助を受けている。

 

「もし私の家からの援助が無くなったらどうするつもり?未開墾地は開墾されぬまま、領民達への給金も払えず、王から賜った土地を持て余し、国王陛下の顔に泥を塗ることになるわよ」

 

 怖い。

 そしてセレスティアは私の胸ぐらをぐっと掴んだ。

 

「命令よ。全てマリー・ギャザウェルの犯行だと証言しなさい」


 その言葉にぞっと血の気が引いていく。


 セレスティアは、本気で私を脅しにきているのだ。

 自分からこの事件に巻き込まれた身だけれど、いざ危険な目に遭うとあまりの恐怖で力が抜けてしまいそうになる。

 

 そしてセレスティアの冷たい声音で囁いた。

 

「そうね。マリーが《魅了の魔石》で去年の騒動を起こしたと知ってしまったエニスさんが、逆上した彼女に襲われたという筋書きはどう?痛みもなく少し怪我をさせるだけだから」

「……………………絶対に嫌です」

「は?」

 

 でも、彼女の言うことは聞くことはできなかった。


 ここでもし私が言いなりになったとして、証拠隠滅として私は殺されてしまう可能性があるし、その生家であるハボット家がどんな目に遭うか分からない。

 リュベル侯爵家の圧力によって何をされるか分からないのだ。


 それに、嘘をついてまで、誰か(マリー)の人生をめちゃくちゃにしたくない。


 顔を上げてセレスティアを見据えれば、彼女はそんな私に冷めたように言う。

 

「へえ、そう。私の言う通りにすれば、せめて痛くないように怪我を負わせてあげられたのに」

 

 そしてセレスティアは鬱蒼と微笑んだ。

 

「でも大丈夫。貴女が言いなりにならないのなら、もう一つの手段を用意しているのだから」


 もう一つの手段?


 ───その時。

 薄暗かった部屋の扉が、キイと音を立てて開いた。


 振り返れば、そこには傘を差したマリーがいて。

 外ではいつの間にか雨が降っていたらしく、冷たい風が部屋に吹き込んだ。

 

 そしてマリーは座り込む私を見て、目を丸くする。


「エニス!!───セレスティア!これは一体どういうこと!?あんたが話したいことがあるって、手紙で呼び出したから来たのに………!」

「言うことを聞かないと、この子が怪我をするわよ。その扉を早く閉めて頂戴」

 

 セレスティアの言葉に、マリーが怪訝そうにしながらも言うことを聞く。


 次の瞬間、セレスティアの後ろに控えていた男の一人が無理矢理立たせ───帯刀していた剣を突き付けてきた。


 それに私もマリーも息を呑む。

 そんな私達にセレスティアが口を開いた。

 

「マリー・ギャザウェル、命令よ。この子の命が惜しくば《魅了の魔石》を用意していたのは自分だと証言しなさい」

 

 それに冷や汗が流れる。

 そして彼女のその言葉で全てはセレスティアが仕組んだことだと、はっきりと確信してしまった。


 マリーは、被害者だったのだ。

 私は彼女を心の中でずっと信じてやれずにいた。

 それなのに、マリーは私に「ありがとう」と言ってくれたのだ。

 

 ───私は、なんて。

 

「言うことを聞いちゃ駄目!今すぐ逃げて!」

 

 罪悪感に押しつぶされそうになりながら、たまらなくなってマリーに叫ぶ。

 しかしマリーは静かに言い放った。

 

「エニス、ごめん」

 

 そして彼女はくるりと傘を器用にたたむ。

 

 すると次の瞬間、彼女は傘を振りかぶり───目にもとまらぬ速さで槍のように投げた。

 それは私の背後で剣を突き付けていた男の身体に当たり、その反動で私は地面に落ちる。

 

 そして彼女はうずくまる男に目も向けず、奴の手から離れた剣をマリーは拾い、構えた。


 地面に座り込みながら、呆気にとられてしまう。

 セレスティアも目を見開いて呆然としていた。

 

「前に言ったでしょ。私、結構強いんだって」

 

 そういえば、スカーレット率いる男子生徒達から助け出した時にマリーがそう言っていた気がする。

 

 あの時はただ意地を張っていただけかと思っていたけど…………。


 転生者でもない。

 原作の男爵令嬢マリー・ギャザウェルでもない。


 この子は一体、何者なんだろうか。



 


 

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