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第13話 騎士団長の子息について




 調査をするとともに、普通の学園生活も送らねばならない。

 そんな中で、私はマリーに貴族としての基本的なマナーや所作を教えていた。


 裏庭のガーデンチェアにて。

 気持ちのよい午後の風が吹く中、うなじの見えるほど短く切り揃えた髪を揺らし、マリーは静かにノートを覗き込んでいる。

 

 今マリーに教えているのは貴族令嬢としてのマナーだ。

 入学前に貴族の子女が皆習う基礎的な教養で、家庭教師がついていた頃のノートを引っ張り出してきて、それを見せながら教えていた。


「うーん………ここなんだけど『舞踏会での退出のタイミング』って、どうして途中で帰るときに『会釈三回』なの?一回とか二回とかじゃ駄目なの?」

 

 マリーがノートを指差しながら言う。

 真剣な顔だが、眉根は少し困ったように寄っていた。


「三回の会釈は『招かれた客である』ことよ。二回だと謝罪の意味になってしまって、ホストに対して無礼になるの。それに会釈の方向にもルールがあって、それぞれ別方向に会釈してから退場するの」

「へえ……なるほど。ありがとう。───あ!だから去年の舞踏会でセレスティアが三回頭下げていたんだ!一応真似して私もやったけど、そういう意味だったのね」

 

 そういってふんふんと頷く彼女に感心する。

 ちゃんと筋道を立てて理解しようとする姿勢に「やっぱり頭は悪くないんじゃないかな」と思った。


 そもそもこの学園に入学できたのだ。

 下位クラスではあるが、勉強はできるのだろう。

 

 そしてそんな彼女を横目に、何だか懐かしい気持ちになってしまった。

 

 

 

『───  ちゃん!数学分かる!?このグラフの、交点で囲まれる部分の面積を求め方なんだけど………』


 

 

 数学のノートを手にしながら聞いてくる前世の親友の姿が何故か過る。


 どうしてだろう。

 何でこんなにマリーと親友の姿が重なるんだろう。


 最初は酷い制裁を受けるマリーと、高校でのいじめを受けて亡くなった親友との立場から彼女らを重ねてしまっていた部分がある。


 けれど今も尚、そんな風に思えてしまうのは何故だろう。


 姿形も性格も似ていないのに、何で。

 

「? どうしたの?エニス」

「………ううん、何でもないよ」

 

 そう言って首を振れば、マリーは再びノートに目を落とした。


 人に見せるためのものではなかったから、字が汚かったり、たまに走り書きで日本語のメモが書かれていたりする。


(きっとめちゃくちゃ汚い字だと思われているんだろうな)


 そんな彼女を横に、私はぼんやりと思案した。



 

 

 ◇



 


 マリーと共に宿舎へ帰ろうとした時、ちょうど先生に呼び止められてしまった。


 何でも剣技(選択授業)の先生から授業日程表の書類を貰ってきてほしいとのことで、彼のいる訓練場に行ってきてくれと頼まれてしまった。

 こういった雑用業務を頼まれることはほぼほぼないが、どうしても手が足りない時に「この子なら大丈夫かな」と任されることがある。


 ちなみにこれは決して先生達から頼りにされているということではなく、押しの弱そうな雰囲気の生徒を選んでいるのは理解していた。


 マリーに事情を話し、彼女には先に帰ってもらう。

 ちょうどその様子をグレイが遠目で見ていたから、マリーの下校時の監視は彼がしてくれるだろう。


(訓練場か。たまに騎士養成所にも通ってる生徒も授業の合間に走ったりしてるけど………)


 騎士養成所(プレカデット)とは、将来騎士団に入ることが約束された士官候補生達を育成する機関だ。

 王立学園で必要単位を取得しながら養成所に通う生徒もおり、とても忙しそうにしているのをよく見かける。


 そして訓練場へ続く石造りの道を歩きながら、ふと去年の学園舞踏会でマリーのエスコート役をした───容疑者の一人であるアーサー・ホークウッドを思い出した。


 王立騎士団団長の子息及びホークウッド伯爵家の嫡男───アーサー・ホークウッド。


 原作では確か、腹黒男爵令嬢マリー・ギャザウェルの演技にまんまと騙されて「ガラス細工のように繊細でか弱い彼女を騎士として守り抜く」という明後日な方向に決意する、猪突猛進タイプの真面目な青年だった。


 正直この世界のマリーはガラス細工というよりも丈夫なステンレスで出来たような少女であるため、そういった印象で惚れることはないと思うが───グレイの話によると彼も《魅了の魔石》によってマリーに魅了されていた内の一人で。

 王立学園の授業と騎士養成所の訓練で忙しいにも関わらず、マリーを付け回し、彼女に鬱陶しがられ、手酷く罵られていたと聞いていた。


『夏の学園舞踏会でエスコートをしてからギャザウェル嬢が自分の運命なのではと思うようになったらしい。

 だが《魅了の魔石》でパトリック殿下から寵愛を受けるギャザウェル嬢に叶わぬ恋を抱き───《俺は君の護衛、いや、愛の下僕として傍にいたい》と絶叫する姿を多くの生徒が見ていたそうだ』

 

 それは何という黒歴史な………。

 《魅了の魔石》で精神汚染がされていたとはいえ、あまりの黒歴史っぷりに同情する。

 

 ちなみに当時《魅了の魔石》で様子のおかしくなった男子生徒達に不思議に思わなかったのかと聞けば、グレイは「渦中にいるギャザウェル嬢を調査をしようとする度に、すぐ傍にいるパトリック殿下とホークウッドに邪魔された」とげんなりと答えられたため、彼自身にも深く同情する。


(アーサーは下位クラスに所属しているんだけど、養成所の訓練もあってあまり学園にいないし、授業を受けていたとしてもすぐに出てっちゃうらしいんだよね………)


 それもあって彼からの聞き込みが中々できないとグレイがぼやいていたのを思い出す。

 

 そんなことを考えていると、いつの間にか訓練場に辿り着いていた。


 すでに無数の足跡と剣戟の跡で荒れており、剣術部の生徒達が鍛錬している。

 周囲を囲むのは低い石壁と木柵で、隅の方に小さな石造りの建物が一つ。

 剣技の常任教師が詰める準備室であり、おそらくそこに目的の人物がいるであろうと当たりをつけた。


(書類を貰ってくるだけで良いんだよね。剣技の選択授業を取ったことないし、ちょっと怖そうな先生なんだよなあ)


 しかしその時、突如後ろから声をかけられた。

 

「───そこの君」

 

 ハッと振り返れば、そこには短く切りそろえられた赤銅色の髪の男子生徒が立っている。

 屈強そうな体躯の、いかにも『騎士』といった風貌の彼の手元には書類が一枚あった。


「君が書類を取りに来たという生徒か?剣術部の指導で先生が手を離せないため、俺が預かっていた。これを」

 

 そう言って渡されたのは、剣技の授業日程表だった。

 

 わざわざどうもご丁寧に……そうお礼を言おうとするものの、突然現れた彼の存在に思わず固まってしまう。

 

「? どうした?俺の顔に何か付いているのか?」

「あ、いえ。書類、ありがとうございました………」

 

 王立騎士団団長の子息及びホークウッド伯爵家の嫡男───アーサー・ホークウッド。


 当の本人が私の目の前にいた。




 






 


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